原文 (実践女子大本) |
現代語訳 (渋谷栄一) |
注釈 【渋谷栄一】 |
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「文散らしけり」 | 「わたしの送った手紙を他人に見せた」 | 【散らしけり】-紫式部の手紙を他人に見せたということ。 |
と聞きて、 | と聞いたので、 | |
「ありし文ども、 | 「いままでのわたしの手紙を、 | 【おこせずは】-実践本「をこす」は定家の仮名遣い。 |
とり集めておこせずは、 | すべて集めて返さなければ、 | |
返り事書かじ」と、 | もう返事は書きません」と、 | |
言葉にてのみ | 使者に口上で | 【言葉にてのみ】-口上で。使者に言わせたもの。 |
言ひやりければ、 | 言わせたところ、 | |
「みなおこす」とて、 | 「すべてお返しします」と言って、 | 【おこす】-「をこす」は定家の仮名遣い。 |
いみじく怨じたりければ、 | ひどく恨んでいたので、 | 【いみじく怨じたりければ】-主語は相手宣孝。 |
睦月十日ばかりのことなりけり。 | それは睦月十日ころのことであった。 | |
閉ぢたりし | 春になって閉ざされていた | 【閉ぢたりし上の薄氷】-作者の心、態度を譬喩する。 |
上の薄氷 | 谷川の薄氷も | |
解けながら | せっかく解け出したというのに | 【解けながら】-宣孝との結婚成立〈少し打ち解けること〉をいう。 |
さは絶えねとや | それでは絶えてしまえとおっしゃるのですか |
【さは】-連語「さは」(副詞「さ」+係助詞「は」)それでは。 【絶えねとや】-ヤ下二「絶え」連用形+完了の助動詞「ね」命令形、格助詞「と」、間投助詞「や」詠嘆。 |
山の下水 | 川の水のように〈見ず知らずの関係に戻りましょうか〉 |
【山の下水】-谷川の水。夫婦仲を譬喩。 〈山の下水は伏流の地下水に掛け、見ず知らずの関係を象徴すると解する(独自説)。 ×山のかげを流れる水。隠れた恋情を比喩(新大系)。下水は表面的には見えない仲で夫婦は不適。渋谷注は訳と整合しない。新大系の恋情説は文言に根拠がない〉 |