原文 (黒川本) |
現代語訳 (渋谷栄一) 〈適宜当サイトで改め〉 |
注釈 【渋谷栄一】 〈適宜当サイトで補注〉 |
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1 |
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行幸 近くなりぬ とて、 |
行幸が 近くなった ということで、 |
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殿の内を いよいよ 繕ひ 磨かせ たまふ。 |
殿は邸内を ますます 手入れさせ 立派にさせ なさる。 |
【繕ひ】-底本「つくり」。『絵詞』には「つくろひ」とある。『全注釈』『集成』『新大系』は「つくろひ」と改める。『新編全集』と『学術文庫』は底本のまま。 |
世におもしろき 菊の根を 尋ねつつ 掘りてまゐる。 |
世にも美しい 菊の根株を 探しては 掘り出して持ってくる。 |
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2 |
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色々 移ろひたるも、 |
色とりどりに 色変わりしているのも、 |
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黄なるが 見どころあるも、 |
また黄色であるのが 見どころあるのも、 |
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さまざまに 植ゑたてたるも、 |
さまざまに 植えてあるのも、 |
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朝霧の 絶え間に 見わたしたるは、 |
朝霧の 絶え間から 見わたされるのは、 |
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げに 老も しぞきぬべき 心地するに、 |
なるほど 老いも 取り除ける 心地がするの〈に〉で、 |
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なぞや、 | どうしてか、 | |
2a |
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まして 思ふことの すこしも なのめなる 身ならましかば、 |
まして 悩みごとが すこしでも 普通の人程度 〈の身〉であったならば、 |
【身ならましかば】-底本「事ならましかは」。『絵詞』には「身ならましかは」とある。「事」は「身」の誤写である。 |
すきずきしくも もてなし 若やぎて、 |
一緒に風流めかして 振る舞って 若やいで、 |
〈渋谷訳「若やいで振舞って」から順変更〉 |
常なき世をも 過ぐして まし、 |
無常の世をも 過ごすことが できようものを、 |
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2b |
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めでたきこと おもしろきことを 見聞く につけても、 |
おめでたいことや 興趣あることを 見たり聞いたりすること につけても、 |
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ただ 思ひかけたりし 心のひくかた のみつよくて もの憂く、 |
ただ 心に掛けてきた方面の事柄に 心ひかれること ばかりが強くて 憂鬱なので、 |
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思はずに 嘆かしきことの まさるぞ、 いと苦しき。 |
思いの外に 嘆かわしいことが 多くなるのが、 とても苦しいのだ。 |
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3 |
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いかで 今はなほ もの忘れしなむ、 |
何とかして 今はやはり すべて忘れてしまおう、 |
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思ふかひもなし、 罪も深かんなり など、 |
考えても意味がないし、 罪障も深いことだ などと、 |
【思ふかひ】-「絵詞」は「おもふかひ」とある。『全注釈』『集成』『新大系』は「思ふかひ」と改める。『新編全集』と『学術文庫』は底本のまま。 |
【深かなり】-底本「ふかくなり」とある。『絵詞』には「ふかゝんなり」とある。『全注釈』は「深かんなり」と校訂。『集成』『新大系』『新編全集』『学術文庫』は「深かなり」と校訂する。「深かんなり」は「深かるなり」の「る」が撥音便化した語形。 | ||
明けたてば うちながめて、 |
夜が明ければ ぼおっと物思いに耽って、 |
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水鳥どもの 思ふこと なげに 遊びあへる を見る。 |
池の水鳥たちが 何の思い悩むことも なさそうに 遊びあっている のを見る。 |
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4 |
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【水鳥を水の上とやよそに見むわれも浮きたる世を過ぐしつつ】-紫式部の詠歌。『千載集』(巻六 四三〇)に「題しらず」「紫式部」として入集。 | ||
水鳥を 水の上とや よそに見む われも浮きたる 世を過ぐしつつ |
あの水鳥たちを ただ水の上で遊んでいる鳥だと 他人事と思われようか わたしも同じように浮いたような嫌な 人生を過ごしているのだから |
「過ぐし」に関して、底本「すこし」。『絵詞』には「すくし」とある。諸校訂本は「過ぐし」と校訂する。 |
5 |
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かれも さこそ 心をやりて 遊ぶと 見ゆれど、 |
あの水鳥たちも あれほど 満足げに 遊んでいると 見えても、 |
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身はいと 苦しかんなりと、 思ひよそへらる。 |
内心ではとても 苦しいのだろうと、 ついわが身に 思いひき比べられてしまう。 |