| 段 | 冒頭 |
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| 準備 | |
| 1 | 御湯殿は酉の時とか |
| 2 | 尾張守知光 |
| 3 | 水仕二人、清子の命婦、播磨 |
| 4 | 薄物の表着 |
| 5 | 御湯殿は、宰相の君 |
| 移動 | |
| 6 | 宮は、殿抱きたてまつり |
| 7 | 唐衣は松の実の紋 |
| 8 | 少将の君は |
| 9 | 織物は限りありて |
| 開催 | |
| 10 | 殿の君達二ところ |
| 11 | 浄土寺の僧都護身に |
| 12 | 文読む博士、蔵人弁広業 |
| 13 | 弦打ち二十人 |
| 夜さり | |
| 14 | 夜さりの御湯殿とても |
| 15 | 御文の博士ばかりや |
| 16 | 又挙周は史記文帝の巻 |
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原文 (黒川本) |
現代語訳 (渋谷栄一) 〈適宜当サイトで改め〉 |
注釈 【渋谷栄一】 〈適宜当サイトで補注〉 |
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1 |
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御湯殿は 酉の時とか。 |
御湯殿の儀式は 酉の時であるとか。 |
〈酉の時：午後六時頃〉 |
| 火ともして、 | 灯火をともして、 | |
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宮のしもべ、 緑の衣の上に 白き当色着て 御湯まゐる。 |
中宮職の下級役人が、 緑色の袍の上に 下賜の白の袍を着て お湯をお運び申し上げる。 |
【緑の衣】－六・七位の官人が着る深緑・浅緑の袍〈ほう：束帯の上着〉。 【当色着て】－底本「たうしきて」。諸本、文意により「当色着て」と校訂する。特別な儀式・行事等に奉仕する官人に対して支給される一定の色の衣服。 |
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その桶、 据ゑたる台など、 |
その桶や 据えた台などは、 |
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みな白き おほひしたり。 |
みな白い 被いがしてある。 |
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2 |
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尾張守 知光、 |
尾張守 藤原知光や、 |
【尾張守近光】－底本「をはりのかみちかみつ」。『全注釈』は当時の尾張守は藤原中清であって該当しない、「ちかみつ」の名に近いものとして織部親光がいるとして、「織部正親光」を充てる。『集成』は本文「をはりのかみちかみつ」とし、頭注に「織部正親光か」とする。『新大系』は本文「尾張の守ちかみつ」、注に「藤原知光か」とする。『新編全集』は「尾張の守知光」とし、頭注に「美作守藤原為昭の子。東宮大進。ただし尾張守任官は寛弘七年（一〇一〇）二月」とある。『学術文庫』は「尾張守近光」とする。後の官職名の混乱があったものか。 |
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宮の侍の長なる 仲信 |
中宮職の侍長である 身人部仲信が |
【宮の侍の長なる仲信】－底本「をくなる」は「をさなる」の誤写。中宮職の下級官人で、雑事に奉仕する侍の頭。六人部仲信。 |
| かきて、 | かついで、 | 【かきて】－底本「きて」。諸本「か」の脱字とみて、校訂する。 |
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御簾のもとに 参る。 |
御簾の側まで 運び参る。 |
【もとに】－底本「ともに」。諸本、文意により語句の転換とみて、校訂する。 |
3 |
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水仕二人、 清子の命婦、 播磨、 |
お水取り役の二人、 清子命婦と 播磨の君が、 |
【清子の命婦】－中宮付きの女房。橘清子。 【播磨】－中宮付きの女房。 |
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取り次ぎて うめつつ、 |
お湯を取り次いで、 それに水を加えて 湯加減を見ながら、 |
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| 女房二人、 | 女房二人、すなわち | |
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大木工、 右馬、 |
大木工の君と 右馬の君が、 |
【大木工右馬】－大木工と右馬。いずれも中宮付きの女房。 |
| 汲みわたして、 | お湯を順々に汲み込んで、 | |
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御瓮十六に あまれば 入る。 |
御瓮の十六壺に 余ったお湯は 湯舟に入れる。 |
【入る】－底本「いか」。文意によって改める。 |
4 |
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薄物の表着、 かとりの裳、 唐衣、 釵子さして、 白き元結したり。 |
女房たちは 薄物の表着に、 かとりの裳を付け、 唐衣を着て、 釵子を頭にさして、 白い元結をしている。 |
〈釵子(さいし)：女官の髪飾り〉 |
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頭つき 映えて をかしく見ゆ。 |
髪の様子が 引き立って 趣き深く見える。 |
【頭つき】－底本「かしらつな」。文意によって改める。 |
5 |
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御湯殿は、 宰相の君、 |
御湯殿の役は、 宰相の君が、 |
【御湯殿は宰相の君】－産湯を使わせる主役。宰相の君は前出。〈藤原豊子〉 |
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御迎へ湯、 大納言の君 <源廉子>。 |
また御介添え役は、 大納言の君 源廉子が務める。 |
【御迎へ湯大納言の君】－底本「御むかへ内」。文意によって「御むかへゆ」と改める。産湯を使わせる介添え役。源廉子。左大弁源扶義の娘。〈前出。小少将の君の義姉〉 |
| 湯巻姿どもの、 | 二人は湯巻姿で、 | |
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例ならず さま ことにをかしげなり。 |
普段と違って 〈様子が〉 いかにも風情がある。 |
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6 |
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宮は、 殿抱きたてまつり たまひて、 |
若宮は 殿がお抱き申し上げ なさって、 |
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御佩刀、 小少将の君、 |
御佩刀を 小少将の君が持ち、 |
【小少将の君】－中宮付きの上臈の女房。〈前出〉 |
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虎の頭、 宮の内侍とりて |
虎の頭を 宮の内侍が持って |
【虎の頭】－剥製の虎の頭を湯に映して邪気を除くまじない。 |
| 御先に参る。 | 若宮のお先導を努める。 | |
7 |
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唐衣は 松の実の紋、 |
宮の内侍の 唐衣は 松笠の紋様で、 |
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裳は 海賦を 織りて、 大海の摺目に かたどれり。 |
裳は 海賦の刺繍を 織り出して 大海の摺目を かたどっている。 |
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腰は薄物、 唐草を縫ひたり。 |
腰の裳は薄物で 唐草の刺繍がしてある。 |
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8 |
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少将の君は、 秋の草むら、 蝶、鳥などを、 白銀して作り 輝かしたり。 |
小少将の君の裳は、 秋の草むらに 蝶や鳥などの模様を 銀糸で刺繍して 輝いている。 |
〈少将の君：8参照〉 |
9 |
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織物は 限りありて、 |
〈織物には 限りがあって、〉 |
×身分上の制限があって、 〈限り：身分上の制限とする説（旧大系・全集）とそうではなく好み・趣向とする説（全注釈・集成結論のみ）に分かれるが、その後で「例に違へる」とあり、制限の中で例（普段・通例）と違えるというのは不自然だから後説、というより好み趣向に限界はないので、文字通り存在・在庫には限りがある（無限ではない）意味と考える。ひるがえり、限りある「織物」も加工前提の素材の意味と見れる〉 |
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人の 心にしく べいやうの なければ、 |
誰も 思いのまま にも いかなかったので、 |
〈心にしくべいやう：「べい」は「べし」の音便で、連体形「べき」と同じ。主要諸本（新旧大系・全集・集成・全注釈）は何も説明しないが、源氏でも10例ほどで、そこまで当然の知識と思えないが、それでいいならいいでしょう〉 |
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腰ばかりを 例に 違へるなめり。 |
腰裳だけを 通例のものには 違えているようだ。 |
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10 |
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殿の君達 二ところ、 |
殿の御子息 お二人や |
【殿の君達二ところ】－道長の子息、頼通と教通。 |
| 源少将<雅通>など、 | 源少将雅通などが、 | |
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散米を投げ ののしり、 |
散米を 大声してうち撒きして、 |
【散米】－底本「うちさき」。文意によって改める。 |
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われ高う うち鳴らさむと 争ひ騒ぐ。 |
自分こそ音高く 鳴り響かそうと 騒いで競争をする。 |
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11 |
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浄土寺の僧都 護身に さぶらひたまふ、 |
浄土寺の僧都が 護身の法を行うために 伺候なさているが、 |
【浄土寺の僧都】－底本「へんちし」。前出、前権少僧都明救。『集成』と『新大系』は「浄土寺の僧都明救の誤りか」と注しながら本文では「へんち寺」のままとする。 |
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頭にも目にも 当たるべければ、 |
その頭にも目にも 当たりそうなので、 |
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扇を捧げて、 |
それを避けようと 扇をかざして、 |
【扇】－底本「あふ事」。文意に従って改める。 |
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若き人に 笑はる。 |
若き女房たちに 笑われる。 |
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12 |
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文読む博士、 蔵人弁広業、 |
読書に奉仕する博士は 蔵人弁藤原広業で、 |
【文読む博士】－読書博士。紀伝・明経道の博士が御湯殿の儀に際して漢籍のめでたい一節を読み上げる。 【蔵人弁広業】－前出、藤原広業。紀伝博士。 |
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高欄の もとに立ちて、 |
高欄の 側に立って、 |
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『史記』の 一巻を読む。 |
『史記』の 第一巻を読む。 |
【史記の一巻】－司馬遷著『史記』130巻の第1巻。「五帝本紀」の黄帝の一節を読む。ただし、『御堂関白記』では『孝経』とする。 |
13 |
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| 弦打ち二十人、 | 弦打ちは二十人で、 | 【弦打ち】－鳴弦。弓の弦を弾いて音を出す魔除けのまじない。 |
| 五位十人、 | 五位が十人、 | |
| 六位十人、 | 六位が十人で、 | |
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二列に 立ちわたれり。 |
二列に 立ち並んでいた。 |
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14 |
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夜さりの 御湯殿とても、 |
夕刻の 御湯殿の儀といっても、 |
【夜さりの御湯殿】－御湯殿の儀は朝夕二度行われる。若宮の誕生は午の刻であったため、第一回目朝の儀が酉の刻に行われ、第二回目夕の儀は子の刻に行われた。 |
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様ばかり しきりてまゐる。 |
形式的に 繰り返して奉仕する。 |
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| 儀式同じ。 | 儀式は前と同じである。 | |
15 |
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御文の博士ばかりや 替はりけむ。 |
読書の博士だけが 交替したのであろうか。 |
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伊勢守 致時の博士とか。 |
伊勢守 中原致時の博士であったとか。 |
【伊勢守致時】－伊勢守従四位上中原致時。明経博士。 |
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例の『孝経』 なるべし。 |
恒例によって『孝経』 であろう。 |
【孝経】－『孝経』天子章の一節を読む。〈孔子の教えを記した書〉 |
16 |
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又挙周は、 『史記』 文帝の巻をぞ 読むなりし。 |
又大江挙周は 『史記』 文帝の巻を 読むようであった。 |
【挙周】－散位従五位下大江挙周。匡衡の子。母は赤染衛門。紀伝博士。 【史記文帝の巻】－『史記』巻第十「孝文本紀第十」のことか。『全注釈』は「「漢書文帝の巻」というべきところを「史記文帝の巻」と誤ったもの」と注す。 |
| 七日のほど、 | 七日の間、 | 【七日のほど】－御湯殿の儀のは朝夕二回ずつ七日間行われ、読書の博士も交替でそれに奉仕する。 |
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替はる替はる。 |
この三人が 交替でおこなった。 |
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