「その中に王とおぼしき人」から、「空よりもおちぬべき心ちすと、かきおく」まで。
文章 番号 |
竹取物語 (國民文庫) |
竹とりの翁物語 (群書類從) |
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〔1132〕 | その中に王とおぼしき人、 | その中にわうとおぼしき人。 |
〔1133〕 | 「家に造麿まうでこ。」といふに、 | いへに宮つこまろまふでこといふに。 |
〔1134〕 | 猛く思ひつる造麿も、 | たけく思ひつる宮つこまろも。 |
〔1135〕 |
物に醉ひたる心ちして うつぶしに伏せり。 |
物におそひ[ゑひイ]たる心ちして うつぶしにふせり。 |
〔1136〕 | いはく、 | いはく。 |
〔1137〕 | 「汝をさなき人、 | 汝おさなき人。 |
〔1138〕 | 聊なる功徳を翁つくりけるによりて、 | いさゝかなるくどくを翁つくりけるによりて。 |
〔1139〕 | 汝が助にとて | 汝がたすけにとて。 |
〔1140〕 | 片時の程とて降しゝを、 | 片時の程とてくだしゝを。 |
〔1141〕 | そこらの年頃そこらの金賜ひて、 | そこの年比そこらのこがねたまひて。 |
〔1142〕 | 身をかへたるが如くなりにたり。 | みをかへたるがごと・[くイ]なりにけり。 |
〔1143〕 | かぐや姫は、罪をつくり給へりければ、 | かぐや姫はつみをつくり給へりければ。 |
〔1144〕 |
かく賤しきおのれが許に しばしおはしつるなり。 |
かくいやしきをの・[れイ]がもとに しばしおはしつる也。 |
〔1145〕 |
罪のかぎりはてぬれば、 かく迎ふるを、翁は泣き歎く、 |
つみの限はてぬれば かくむかふるを翁はなきなげく。 |
〔1146〕 | あたはぬことなり。 | あたはぬ事也。 |
〔1147〕 | はや返し奉れ。」といふ。 | はやいだ(かへイ)し奉れと云。 |
〔1148〕 | 翁答へて申す、 | 翁こたへて申。 |
〔1149〕 |
「かぐや姫を養ひ奉ること 二十年あまりになりぬ。 |
かぐや姫を養奉る事 廿餘年に成ぬ。 |
〔1150〕 |
片時との給ふに 怪しくなり侍りぬ。 |
かた時との給ふに あやしくなり侍りぬ。 |
〔1151〕 |
また他處(ことどころ)に かぐや姫と申す人ぞ おはしますらん。」といふ。 |
又こと所に かぐや姫と申人ぞ おはしますらんと云。 |
〔1152〕 |
「こゝにおはするかぐや姫は、 重き病をし給へば え出でおはしますまじ。」と申せば、 |
爱におはするかぐや姫は おもき病をしたまへば えいでおはすまじと申せば。 |
〔1153〕 | その返事はなくて、 | その返事はなくて。 |
〔1154〕 | 屋の上に飛車をよせて、 | 屋のうへにとぶ車よせて。 |
〔1155〕 | 「いざかぐや姫、 | いざかぐや姫。 |
〔1156〕 |
穢き所に いかでか久しくおはせん。」といふ。 |
きたなき所に いかでか久しくおはせむと云。 |
〔1157〕 |
立て籠めたる所の戸 即たゞあきにあきぬ。 |
たてこめたる所の戶 則たゞあきにあきぬ。 |
〔1158〕 | 格子どもゝ人はなくして開きぬ。 | かうしどもも人はなくしてあきぬ。 |
〔1159〕 |
嫗抱きて居たるかぐや姫 外(と)にいでぬ。 |
女いだきてゐたるかぐや姫 とに出ぬ。 |
〔1160〕 | えとゞむまじければ、 | えとゞむまじければ。 |
〔1161〕 | たゞさし仰ぎて泣きをり。 | たゞさしあふぎてなきをり。 |
〔1162〕 | 竹取心惑ひて泣き伏せる所に寄りて、 | 竹取心まどひてなきふせる所によりて。 |
〔1163〕 | かぐや姫いふ、 | かぐや姫云。 |
〔1164〕 |
「こゝにも心にもあらでかくまかるに、 昇らんをだに見送り給へ。」といへども、 |
こゝにも心にもあらでかくまかり のぼらんをだに見をくり給へといへども。 |
〔1165〕 | 「何しに悲しきに見送り奉らん。 | なにしに悲しきにみ送りたてまつらむ。 |
〔1166〕 |
我をばいかにせよとて、 棄てゝは昇り給ふぞ。 |
我をばいかにせよとて 捨てはのぼり給ふぞ。 |
〔1167〕 |
具して率ておはせね。」と、 泣きて伏せれば、 |
ぐしてゐておはせねと 啼てふせれば。 |
〔1168〕 | 御心惑ひぬ。 | 御心まどひぬ。 |
〔1169〕 | 「文を書きおきてまからん。 | ふみをかき置てまからむ。 |
〔1170〕 |
戀しからんをり\/、とり出でて見給へ。」 とて、うち泣きて書くことばは、 |
戀しからん折々とり出てみ給へ とて打なきてかく。 |
〔1171〕 | ことばは。 | |
〔1172〕 | 「この國に生れぬるとならば、 | この國にむまれぬるとならば。 |
〔1173〕 |
歎かせ奉らぬ程まで侍るべきを、 侍らで過ぎ別れぬること、 返す\〃/本意なくこそ覺え侍れ。 |
なげかせ奉らぬほどまで 侍らですぎ別侍(ぬイ)るこそ かへすがへすほいなくこそおぼえ侍れ。 |
〔1174〕 | 脱ぎおく衣(きぬ)をかたみと見給へ。 | ぬぎをくきぬをかたみとみ給へ。 |
〔1175〕 | 月の出でたらん夜は見おこせ給へ。 | 月の出たらむ夜は見をこせ給へ。 |
〔1176〕 | 見すて奉りてまかる | 見すて奉りてまかる。 |
〔1177〕 |
空よりもおちぬべき心ちす。」 と、かきおく。 |
そらよりもおちぬべき心ちする とかきをく。 |