竹取物語 (國民文庫) |
竹とりの翁物語 (群書類從) |
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39 | 世界の男(をのこ)、 | 世かいのをのこ。 |
40 |
貴なるも賤しきも、 いかでこのかぐや姫を得てしがな、 |
あてなるもいやしきも いかで此かぐや姫をえてしがな。 |
41 | 見てしがな。と、音に聞きめでて惑ふ。 | 見てしがなと音に聞愛てまどふ。 |
42 |
その傍(あたり)の垣にも 家のとにも居(を)る人だに、 |
其あたりの垣にも 家の戶にもをる人だに。 |
43 | 容易(たはやす)く見るまじきものを、 | たはやすくみるまじき物を。 |
44 | 夜は安きいもねず、 | 夜はやすきいもねず。 |
45 |
闇の夜に出でても穴を抉(くじ)り、 こゝかしこより覗き垣間見惑ひあへり。 |
闇の夜にも こゝかしこよりのぞきかいまみまどひあへり。 |
46 | さる時よりなんよばひとはいひける。 | さる時よりなん夜ばひとは云ける。 |
47 | 人の物ともせぬ處に惑ひありけども、 | 人も物ともせぬ所にまどひありけども。 |
48 | 何の効(しるし)あるべくも見えず。 | 何のしるしあるベくも見えず。 |
49 |
家の人どもに 物をだに言はんとていひかくれども、 |
家の人どもに 物をだにいはんとていひかくれども。 |
50 | ことゝもせず。 | ことともせず。 |
51 | 傍を離れぬ公達、 | あたりをはなれぬきんだち。 |
52 | 夜を明し日を暮す人多かり。 | 夜をあかし日をくらす人おほかり。 |
53 | 愚なる人は、 | をろかなる人は。 |
54 |
益(やう)なき歩行(ありき)は よしなかりけり。とて、來ずなりにけり。 |
ようなきありきは よしなかりけりとて こず成にけり。 |
55 | その中に猶いひけるは、 | その中になを云けるは。 |
56 | 色好といはるゝかぎり五人、 | 色好みといはるゝ限五人。 |
57 | 思ひ止む時なく夜晝來けり。 | 思ひやむ時なく夜ひる來けり。 |
58 | その名 | 其名ども。 |
59 | 一人は石作皇子、 | 石作りの御子。 |
60 | 一人は車持(くらもち)皇子、 | くらもちの御子。 |
61 | 一人は右大臣阿倍御主人(みうし)、 | 左大臣安倍のみむらじ。 |
62 | 一人は大納言大伴御行、 | 大納言大とも(伴イ)のみゆき。 |
63 | 一人は中納言石上(いそかみ)麿呂、 | 中納言いそのかみのもろたり(かイ)。 |
64 | たゞこの人々なりけり。 | 此人々なりけり。 |
65 | 世の中に多かる人をだに、 | 世中におほかる人をだに。 |
66 | 少しもかたちよしと聞きては、 | すこしも形よしと聞ては。 |
67 | 見まほしうする人々なりければ、 | 見まほしくする人ども(たちイ)也ければ。 |
68 | かぐや姫を見まほしうして、 | かのかぐや姫をみまほしくて。 |
69 | 物も食はず思ひつゝ、 | 物もくはず思ひつゝ。 |
70 |
かの家に行きてたたずみありきけれども、 かひあるべくもあらず。 |
かの家に行てたゝずみありきけれども(イ无) かひあるべくもあらず。 |
71 | 文を書きてやれども、返事もせず、 | 文を書てやれども返事もせず。 |
72 |
わび歌など書きて遣れども、 かへしもせず。 |
侘歌など書てをこすれども。 |
73 | かひなし。と思へども、 | かひなしと思へど。 |
74 | 十一月(しもつき)十二月のふりこほり、 | 霜月しはすの降氷。 |
75 | 六月の照りはたゝくにもさはらず來けり。 | 水無月のてりはたゝくにもさはらずきたり。 |
76 | この人々、或時は | 此人々ある時は。 |
77 |
竹取を呼びいでて、娘を我にたべ。と 伏し拜み、手を摩りの給へど、 |
竹取を喚てむすめを我にたべと ふし拜み手をすりのたまへど。 |
78 | 己(おの)がなさぬ子なれば、 | をのがなさぬ子なれば。 |
79 |
心にも從はずなんある。 といひて、月日を過す。 |
心にも隨はずなむある と云て月日を過す。 |
80 | かゝればこの人々、家に歸りて | かゝれば此人々家に歸りて。 |
81 | 物を思ひ、祈祷(いのり)をし、願をたて、 | 物を思ひ祈りをし願をたつ。 |
82 | 思やめんとすれども止むべくもあらず。 | 思ひやむべくもあらず。 |
83 |
さりとも遂に男合せざらんやは。 と思ひて、頼をかけたり。 |
さりとも終に男あはせざらんやは とおもひて賴をかけたり。 |
84 | 強(あながち)に志を見えありく。 | あながちに心ざしをみえありく。 |
85 | これを見つけて、 | 是を見つけて。 |
86 | 翁かぐや姫にいふやう、 | 翁かぐや姫に云樣。 |
87 | 我子の佛變化の人と申しながら、 | 我子のほとけへんげの人と申ながら。 |
88 |
こゝら大さまで養ひ奉る 志疎(おろか)ならず。 |
こゝらおほきさまでやしなひたてまつる 志をろかならず。 |
89 |
翁の申さんこと聞き給ひてんや。 といへば、 |
翁の申さん事を聞給ひてんや といへば。 |
90 | かぐや姫、 | かぐや姫。 |
91 |
何事をか宣はん事を 承らざらん。 |
何事をかのたまはむ事を(はイ) 承はらざらむ。 |
92 | 變化の者にて侍りけん身とも知らず、 | 變化の物にてはんべりけん身ともしらず。 |
93 | 翁 | 翁。 |
94 | 嬉しくも宣ふものかな。といふ。 | うれしくもの給ふ物かなと云。 |
95 | 翁年七十(なゝそぢ)に餘りぬ。 | 翁年七十にあまりぬ。 |
96 | 今日とも明日とも知らず。 | 今日ともあすともしらず。 |
97 | この世の人は、 | 此世の人は。 |
98 | 男は女にあふことをす。 | おとこは女に逢。 |
99 | 女は男に合ふことをす。 | 女は男にあふ事をす。 |
100 | その後なん門も廣くなり侍る。 | 其後なむ門もひろくもなり侍る。 |
101 |
いかでかさる事なくては おはしまさん。 |
いかでかさる事なくては おはしまさむ(せんイ)。 |
102 | かぐや姫のいはく、 | かぐや姫のいはく。 |
103 |
なでふさることかしはべらん。 といへば、 |
なむでうさる事かし侍らん と云ば。 |
104 | 變化の人といふとも、 | 變化の人といふとも。 |
105 | 女の身もち給へり。 | 女の身持給へり。 |
106 | 翁のあらん限は、 | 翁のあらんかぎりは。 |
107 | かうてもいますかりなんかし。 | かうてもいますかりなんかし。 |
108 | この人々の年月を經て、 | 此人々の年月を經て。 |
109 |
かうのみいましつつ、 宣ふことを思ひ定めて、 |
かうのみいましつゝ のたまふ事をおもひ定て。 |
110 | 一人々々にあひ奉り給ひね。といへば、 | 獨々にあひ奉り給ひねといへば。 |
111 | かぐや姫いはく、 | かぐや姫いはく。 |
112 | よくもあらぬ容を、 | よくもあらぬ形を。 |
113 |
深き心も知らで、 あだ心つきなば、 後悔しきこともあるべきを。 と思ふばかりなり。 |
ふかき心もしらで あだ心つきなば 後くやしき事も有ベきを と思ふばかり也。 |
114 | 世のかしこき人なりとも、 | 世の賢き人成とも。 |
115 |
深き志を知らでは、あひ難し となん思ふ。といふ。 |
ふかき志をしらではあひがたし となひ思ふと云。 |
116 | 翁いはく、 | 翁いはく。 |
117 | 思の如くものたまふかな。 | 思ひのごとくもの給ふかな。 |
118 |
そも\/いかやうなる 志あらん人にかあはんと思す。 |
そもそもいかやうなる 志あらん人にはあはんとおぼす。 |
119 |
かばかり志疎ならぬ人々 にこそあンめれ。 |
かばかりの心ざしをろかならぬ人々 にこそあめれ。 |
120 | かぐや姫のいはく、 | かぐや姫のいはく。 |
121 | 何ばかりの深きをか見んといはん。 | なにばかりのふかきをかみんといはむ。 |
122 | いさゝかのことなり。 | いさゝかの事也。 |
123 | 人の志ひとしかンなり。 | 人の心ざしひとしかんなり。 |
124 | いかでか中に劣勝(おとりまさり)は知らん。 | いかでか中にをとりまさりはしらむ。 |
125 |
五人の中にゆかしき物見せ給へらんに、 御志勝りたり。とて仕うまつらん。と、 |
五人のひとの中にゆかしき物みせ給へらんに 御志まさりたりとてつかふまつらんと。 |
126 |
そのおはすらん人々に 申(まを)し給へ。といふ。 |
そのおはすらん人々に 申給へといふ。 |
127 | よきことなり。とうけつ。 | よき事なりとうけつ。 |