源氏物語 関屋 原文全文

蓬生 源氏物語
源氏全文
16帖
関屋
絵合

 
 冒頭「伊予介といひしは、故院崩れさせたまひて、またの年、常陸になりて」から始まる源氏物語・関屋の原文。要所で原文対訳に通じさせた。
 

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源氏物語
原文目次
本巻冒頭、他巻へのジャンプにご活用下さい
1
桐壺
2
帚木
3
空蝉
4
夕顔
5
若紫
6
末摘花
7
紅葉賀
8
花宴
9
10
賢木
11
花散里
12
須磨
13
明石
14
澪標
15
蓬生
16
関屋
17
絵合
18
松風
19
薄雲
20
朝顔
21
乙女
22
玉鬘
23
初音
24
胡蝶
25
26
常夏
27
篝火
28
野分
29
行幸
30
藤袴
31
真木柱
32
梅枝
33
藤裏葉
34
若菜上
35
若菜下
36
柏木
37
横笛
38
鈴虫
39
夕霧
40
御法
41
42
匂兵部卿
43
紅梅
44
竹河
45
橋姫
46
椎本
47
総角
48
早蕨
49
宿木
50
東屋
51
浮舟
52
蜻蛉
53
手習
54
夢浮橋
           

 
※以上全て定家本系。
 重視される順に、定家(自筆)本明融(臨模)本、大島本。

 詳しくは、上位ページの源氏物語・写本理論の概要を参照。

 

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16 関屋(大島本)

 
 
 →【あらすじ・原文対訳】《和歌抜粋・内訳

 
 【16-1-1

 伊予介といひしは、故院崩れさせたまひて、またの年、常陸になりて下りしかば、かの帚木もいざなはれにけり。須磨の御旅居も遥かに聞きて、人知れず思ひやりきこえぬにしもあらざりしかど、伝へ聞こゆべきよすがだになくて、筑波嶺の山を吹き越す風も、浮きたる心地して、いささかの伝へだになくて、年月かさなりにけり。限れることもなかりし御旅居なれど、京に帰り住みたまひて、またの年の秋ぞ、常陸は上りける。


 【16-1-2

 関入る日しも、この殿、石山に御願果しに詣でたまひけり。京より、かの紀伊守などいひし子ども、迎へに来たる人びと、「この殿かく詣でたまふべし」と告げければ、「道のほど騒がしかりなむものぞ」とて、まだ暁より急ぎけるを、女車多く、所狭うゆるぎ来るに、日たけぬ。

 打出の浜来るほどに、「殿は、粟田山越えたまひぬ」とて、御前の人びと、道もさりあへず来込みぬれば、関山に皆下りゐて、ここかしこの杉の下に車どもかき下ろし、木隠れに居かしこまりて過ぐしたてまつる。車など、かたへは後らかし、先に立てなどしたれど、なほ、類広く見ゆ。

 車十ばかりぞ、袖口、物の色あひなども、漏り出でて見えたる、田舎びず、よしありて、斎宮の御下りなにぞやうの折の物見車思し出でらる。殿も、かく世に栄え出でたまふめづらしさに、数もなき御前ども、皆目とどめたり。


 【16-1-3

 九月晦日なれば、紅葉の色々こきまぜ、霜枯れの草むらむらをかしう見えわたるに、関屋より、さとくづれ出でたる旅姿どもの、色々の襖のつきづきしき縫物、括り染めのさまも、さるかたにをかしう見ゆ。御車は簾下ろしたまひて、かの昔の小君、今、右衛門佐なるを召し寄せて、

 「今日の御関迎へは、え思ひ捨てたまはじ」

 などのたまふ御心のうち、いとあはれに思し出づること多かれど、おほぞうにてかひなし。女も、人知れず昔のこと忘れねば、とりかへして、ものあはれなり。

 「行くと来とせき止めがたき涙をや

 絶えぬ清水と人は見るらむ

 え知りたまはじかし」と思ふに、いとかひなし。


 【16-2-1

 石山より出でたまふ御迎へに右衛門佐参りてぞ、まかり過ぎしかしこまりなど申す。昔、童にて、いとむつましうらうたきものにしたまひしかば、かうぶりなど得しまで、この御徳に隠れたりしを、おぼえぬ世の騷ぎありしころ、ものの聞こえに憚りて、常陸に下りしをぞ、すこし心置きて年ごろは思しけれど、色にも出だしたまはず、昔のやうにこそあらねど、なほ親しき家人のうちには数へたまひけり。

 紀伊守といひしも、今は河内守にぞなりにける。その弟の右近将監解けて御供に下りしをぞ、とりわきてなし出でたまひければ、それにぞ誰も思ひ知りて、「などてすこしも、世に従ふ心をつかひけむ」など、思ひ出でける。


 【16-2-2

 佐召し寄せて、御消息あり。「今は思し忘れぬべきことを、心長くもおはするかな」と思ひゐたり。

 「一日は、契り知られしを、さは思し知りけむや。

 わくらばに行き逢ふ道を頼みしも

 なほかひなしや潮ならぬ海

 関守の、さもうらやましく、めざましかりしかな」

 とあり。

 「年ごろのとだえも、うひうひしくなりにけれど、心にはいつとなく、ただ今の心地するならひになむ。好き好きしう、いとど憎まれむや」

 とて、賜へれば、かたじけなくて持て行きて、

 「なほ、聞こえたまへ。昔にはすこし思しのくことあらむと思ひたまふるに、同じやうなる御心のなつかしさなむ、いとどありがたき。すさびごとぞ用なきことと思へど、えこそすくよかに聞こえ返さね。女にては、負けきこえたまへらむに、罪ゆるされぬべし」

 など言ふ。今は、ましていと恥づかしう、よろづのこと、うひうひしき心地すれど、めづらしきにや、え忍ばれざりけむ、

 「逢坂の関やいかなる関なれば

 しげき嘆きの仲を分くらむ

 夢のやうになむ」

 と聞こえたり。あはれもつらさも、忘れぬふしと思し置かれたる人なれば、折々は、なほ、のたまひ動かしけり。


 【16-3-1

 かかるほどに、この常陸守、老いの積もりにや、悩ましくのみして、もの心細かりければ、子どもに、ただこの君の御ことをのみ言ひ置きて、

 「よろづのこと、ただこの御心にのみ任せて、ありつる世に変はらで仕うまつれ」

 とのみ、明け暮れ言ひけり。

 女君、「心憂き宿世ありて、この人にさへ後れて、いかなるさまにはふれ惑ふべきにかあらむ」と思ひ嘆きたまふを見るに、

 「命の限りあるものなれば、惜しみ止むべき方もなし。いかでか、この人の御ために残し置く魂もがな。わが子どもの心も知らぬを」

 と、うしろめたう悲しきことに、言ひ思へど、心にえ止めぬものにて、亡せぬ。


 【16-3-2

 しばしこそ、「さのたまひしものを」など、情けつくれど、うはべこそあれ、つらきこと多かり。とあるもかかるも世の道理なれば、身一つの憂きことにて、嘆き明かし暮らす。ただ、この河内守のみぞ、昔より好き心ありて、すこし情けがりける。

 「あはれにのたまひ置きし、数ならずとも、思し疎までのたまはせよ」

 など追従し寄りて、いとあさましき心の見えければ、

 「憂き宿世ある身にて、かく生きとまりて、果て果ては、めづらしきことどもを聞き添ふるかな」と、人知れず思ひ知りて、人にさなむとも知らせで、尼になりにけり。

 ある人びと、いふかひなしと、思ひ嘆く。守も、いとつらう、

 「おのれを厭ひたまふほどに。残りの御齢は多くものしたまふらむ。いかでか過ぐしたまふべき」

 などぞ、あいなのさかしらやなどぞ、はべるめる。