源氏物語 初音 原文全文

玉鬘 源氏物語
源氏全文
23帖
初音
胡蝶

 
 冒頭「年立ちかへる朝の空のけしき、名残なく曇らぬうららかげさには」から始まる源氏物語・初音の原文。要所で原文対訳に通じさせた。
 

源氏物語
原文目次
本巻冒頭、他巻へのジャンプにご活用下さい
1
桐壺
2
帚木
3
空蝉
4
夕顔
5
若紫
6
末摘花
7
紅葉賀
8
花宴
9
10
賢木
11
花散里
12
須磨
13
明石
14
澪標
15
蓬生
16
関屋
17
絵合
18
松風
19
薄雲
20
朝顔
21
乙女
22
玉鬘
23
初音
24
胡蝶
25
26
常夏
27
篝火
28
野分
29
行幸
30
藤袴
31
真木柱
32
梅枝
33
藤裏葉
34
若菜上
35
若菜下
36
柏木
37
横笛
38
鈴虫
39
夕霧
40
御法
41
42
匂兵部卿
43
紅梅
44
竹河
45
橋姫
46
椎本
47
総角
48
早蕨
49
宿木
50
東屋
51
浮舟
52
蜻蛉
53
手習
54
夢浮橋
           

 
※以上全て定家本系。
 重視される順に、定家(自筆)本明融(臨模)本、大島本。

 詳しくは、上位ページの源氏物語・写本理論の概要を参照。

 

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23 初音(大島本)

 
 
 →【あらすじ・原文対訳】《和歌抜粋・内訳


 【23-1-1

 年立ちかへる朝の空のけしき、名残なく曇らぬうららかげさには、数ならぬ垣根のうちだに、雪間の草若やかに色づきはじめ、いつしかとけしきだつ霞に、木の芽もうちけぶり、おのづから人の心ものびらかにぞ見ゆるかし。まして、いとど玉を敷ける御前の、庭よりはじめ見所多く、磨きましたまへる御方々のありさま、まねびたてむも言の葉足るまじくなむ。

 春の御殿の御前、とりわきて、梅の香も御簾のうちの匂ひに吹きまがひ、生ける仏の御国とおぼゆ。さすがにうちとけて、やすらかに住みなしたまへり。さぶらふ人びとも、若やかにすぐれたるは、姫君の御方にと選りたまひて、すこし大人びたる限り、なかなかよしよししく、装束ありさまよりはじめて、めやすくもてつけて、ここかしこに群れゐつつ、歯固めの祝ひして、餅鏡をさへ取り混ぜて、千年の蔭にしるき年のうちの祝ひ事どもして、そぼれあへるに、大臣の君さしのぞきたまへれば、懐手ひきなほしつつ、「いとはしたなきわざかな」と、わびあへり。

 「いとしたたかなるみづからの祝ひ事どもかな。皆おのおの思ふことの道々あらむかし。すこし聞かせよや。われことぶきせむ」

 とうち笑ひたまへる御ありさまを、年のはじめの栄えに見たてまつる。われはと思ひあがれる中将の君ぞ、

 「『かねてぞ見ゆる』などこそ、鏡の影にも語らひはんべりつれ。私の祈りは、何ばかりのことをか」

 など聞こゆ。

 朝のほどは人びと参り混みて、もの騒がしかりけるを、夕つ方、御方々の参座したまはむとて、心ことにひきつくろひ、化粧じたまふ御影こそ、げに見るかひあめれ。

 「今朝、この人びとの戯れ交はしつる、いとうらやましく見えつるを、上にはわれ見せたてまつらむ」

 とて、乱れたる事どもすこしうち混ぜつつ、祝ひきこえたまふ。

 「薄氷解けぬる池の鏡には

 世に曇りなき影ぞ並べる」

 げに、めでたき御あはひどもなり。

 「曇りなき池の鏡によろづ代を

 すむべき影ぞしるく見えける」

 何事につけても、末遠き御契りを、あらまほしく聞こえ交はしたまふ。今日は子の日なりけり。げに、千年の春をかけて祝はむに、ことわりなる日なり。


 【23-1-2

 姫君の御方に渡りたまへれば、童女、下仕へなど、御前の山の小松引き遊ぶ。若き人びとの心地ども、おきどころなく見ゆ。北の御殿より、わざとがましくし集めたる鬚籠ども、破籠などたてまつれたまへり。えならぬ五葉の枝に移る鴬も、思ふ心あらむかし。

 「年月を松にひかれて経る人に

 今日鴬の初音聞かせよ

 『音せぬ里の』」

 と聞こえたまへるを、「げに、あはれ」と思し知る。言忌もえしあへたまはぬけしきなり。

 「この御返りは、みづから聞こえたまへ。初音惜しみたまふべき方にもあらずかし」

 とて、御硯取りまかなひ、書かせたてまつりたまふ。いとうつくしげにて、明け暮れ見たてまつる人だに、飽かず思ひきこゆる御ありさまを、今までおぼつかなき年月の隔たりにけるも、「罪得がましう、心苦し」と思す。

 「ひき別れ年は経れども鴬の

 巣立ちし松の根を忘れめや」

 幼き御心にまかせて、くだくだしくぞあめる。


 【23-1-3

 夏の御住まひを見たまへば、時ならぬけにや、いと静かに見えて、わざと好ましきこともなくて、あてやかに住みたるけはひ見えわたる。

 年月に添へて、御心の隔てもなく、あはれなる御仲なり。今は、あながちに近やかなる御ありさまも、もてなしきこえたまはざりけり。いと睦ましくありがたからむ妹背の契りばかり、聞こえ交はしたまふ。御几帳隔てたれど、すこし押しやりたまへば、またさておはす。

 「縹は、げに、にほひ多からぬあはひにて、御髪などもいたく盛り過ぎにけり。やさしき方にあらぬと、葡萄鬘してぞつくろひたまふべき。我ならざらむ人は、見醒めしぬべき御ありさまを、かくて見るこそうれしく本意あれ。心軽き人の列にて、われに背きたまひなましかば」など、御対面の折々は、まづ、「わが心の長きも、人の御心の重きをも、うれしく、思ふやうなり」

 と思しけり。こまやかに、ふる年の御物語など、なつかしう聞こえたまひて、西の対へ渡りたまひぬ。


 【23-1-4

 まだいたくも住み馴れたまはぬほどよりは、けはひをかしくしなして、をかしげなる童女の姿なまめかしく、人影あまたして、御しつらひ、あるべき限りなれど、こまやかなる御調度は、いとしも調へたまはぬを、さる方にものきよげに住みなしたまへり。

 正身も、あなをかしげと、ふと見えて、山吹にもてはやしたまへる御容貌など、いとはなやかに、ここぞ曇れると見ゆるところなく、隈なく匂ひきらきらしく、見まほしきさまぞしたまへる。もの思ひに沈みたまへるほどのしわざにや、髪の裾すこし細りて、さはらかにかかれるしも、いとものきよげに、ここかしこいとけざやかなるさましたまへるを、「かくて見ざらましかば」と思すにつけても、えしも見過ぐしたまふまじ。

 かくいと隔てなく見たてまつりなれたまへど、なほ思ふに、隔たり多くあやしきが、うつつの心地もしたまはねば、まほならずもてなしたまへるも、いとをかし。

 「年ごろになりぬる心地して、見たてまつるにも心やすく、本意かなひぬるを、つつみなくもてなしたまひて、あなたなどにも渡りたまへかし。いはけなき初琴習ふ人もあめるを、もろともに聞きならしたまへ。うしろめたく、あはつけき心持たる人なき所なり」

 と聞こえたまへば、

 「のたまはせむままにこそは」

 と聞こえたまふ。さもあることぞかし。


 【23-1-5

 暮れ方になるほどに、明石の御方に渡りたまふ。近き渡殿の戸押し開くるより、御簾のうちの追風、なまめかしく吹き匂はして、ものよりことに気高く思さる。正身は見えず。いづらと見まはしたまふに、硯のあたりにぎははしく、草子どもなど取り散らしたるなど取りつつ見たまふ。唐の東京錦のことことしき端さしたる茵に、をかしげなる琴うち置き、わざとめきよしある火桶に、侍従をくゆらかして、物ごとにしめたるに、衣被香の香のまがへる、いと艶なり。手習どもの乱れうちとけたるも、筋変はり、ゆゑある書きざまなり。ことことしう草がちなどにもされ書かず、めやすく書きすましたり。

 小松の御返りを、めづらしと見けるままに、あはれなる古事ども書きまぜて、

 「めづらしや花のねぐらに木づたひて

 谷の古巣を訪へる鴬

 声待ち出でたる」

 なども、

 「咲ける岡辺に家しあれば」

 など、ひき返し慰めたる筋など書きまぜつつあるを、取りて見たまひつつほほ笑みたまへる、恥づかしげなり。

 筆さし濡らして書きすさみたまふほどに、ゐざり出でて、さすがにみづからのもてなしは、かしこまりおきて、めやすき用意なるを、「なほ、人よりはことなり」と思す。白きに、けざやかなる髪のかかりの、すこしさはらかなるほどに薄らぎにけるも、いとどなまめかしさ添ひて、なつかしければ、「新しき年の御騒がれもや」と、つつましけれど、こなたに泊りたまひぬ。「なほ、おぼえことなりかし」と、方々に心おきて思す。

 南の御殿には、ましてめざましがる人びとあり。まだ曙のほどに渡りたまひぬ。かうしもあるまじき夜深さぞかしと思ふに、名残もただならず、あはれに思ふ。

 待ちとりたまへるはた、なまけやけしと思すべかめる心のうち、量られたまひて、

 「あやしきうたた寝をして、若々しかりけるいぎたなさを、さしもおどろかしたまはで」

 と、御けしきとりたまふもをかしく見ゆ。ことなる御いらへもなければ、わづらはしくて、そら寝をしつつ、日高く御殿籠もり起きたり。


 【23-1-6

 今日は、臨時客のことに紛らはしてぞ、面隠したまふ。上達部、親王たちなど、例の、残りなく参りたまへり。御遊びありて、引出物、禄など、二なし。そこら集ひたまへるが、我も劣らじともてなしたまへるなかにも、すこしなずらひなるだにも見えたまはぬものかな。とり放ちては、いと有職多くものしたまふころなれど、御前にては気圧されたまふも、悪しかし。何の数ならぬ下部どもなどだに、この院に参る日は、心づかひことなりけり。まして若やかなる上達部などは、思ふ心などものしたまひて、すずろに心懸想したまひつつ、常の年よりもことなり。

 花の香誘ふ夕風、のどやかにうち吹きたるに、御前の梅やうやうひもときて、あれは誰れ時なるに、物の調べどもおもしろく、「この殿」うち出でたる拍子、いとはなやかなり。大臣も時々声うち添へたまへる「さき草」の末つ方、いとなつかしくめでたく聞こゆ。何ごとも、さしいらへしたまふ御光にはやされて、色をも音をも増すけぢめ、ことになむ分かれける。


 【23-2-1

 かうののしる馬車の音を、もの隔てて聞きたまふ御方々は、蓮の中の世界に、まだ開けざらむ心地もかくやと、心やましげなり。まして、東の院に離れたまへる御方々は、年月に添へて、つれづれの数のみまされど、「世の憂きめ見えぬ山路」に思ひなずらへて、つれなき人の御心をば、何とかは見たてまつりとがめむ、その他の心もとなく寂しきことはたなければ、行なひの方の人は、その紛れなく勤め、仮名のよろづの草子の学問、心に入れたまはむ人は、また願ひに従ひ、ものまめやかにはかばかしきおきてにも、ただ心の願ひに従ひたる住まひなり。騒がしき日ごろ過ぐして渡りたまへり。

 常陸宮の御方は、人のほどあれば、心苦しく思して、人目の飾りばかりは、いとよくもてなしきこえたまふ。いにしへ、盛りと見えし御若髪も、年ごろに衰ひゆき、まして、滝の淀み恥づかしげなる御かたはらめなどを、いとほしと思せば、まほにも向かひたまはず。

 柳は、げにこそすさまじかりけれと見ゆるも、着なしたまへる人からなるべし。光もなく黒き掻練の、さゐさゐしく張りたる一襲、さる織物の袿着たまへる、いと寒げに心苦し。襲の衣などは、いかにしなしたるにかあらむ。

 御鼻の色ばかり、霞にも紛るまじうはなやかなるに、御心にもあらずうち嘆かれたまひて、ことさらに御几帳引きつくろひ隔てたまふ。なかなか、女はさしも思したらず、今は、かくあはれに長き御心のほどを、おだしきものにうちとけ頼みきこえたまへる御さま、あはれなり。

 かかる方にも、おしなべての人ならず、いとほしく悲しき人の御さまに思せば、あはれに、我だにこそはと、御心とどめたまへるも、ありがたきぞかし。御声なども、いと寒げに、うちわななきつつ語らひきこえたまふ。見わづらひたまひて、

 「御衣どもの事など、後見きこゆる人ははべりや。かく心やすき御住まひは、ただいとうちとけたるさまに、含みなえたるこそよけれ。うはべばかりつくろひたる御よそひは、あいなくなむ」

 と聞こえたまへば、こちごちしくさすがに笑ひたまひて、

 「醍醐の阿闍梨の君の御あつかひしはべるとて、衣どももえ縫ひはべらでなむ。皮衣をさへ取られにし後、寒くはべる」

 と聞こえたまふは、いと鼻赤き御兄なりけり。心うつくしといひながら、あまりうちとけ過ぎたりと思せど、ここにては、いとまめにきすくの人にておはす。

 「皮衣はいとよし。山伏の蓑代衣に譲りたまひてあへなむ。さて、このいたはりなき白妙の衣は、七重にも、などか重ねたまはざらむ。さるべき折々は、うち忘れたらむこともおどろかしたまへかし。もとよりおれおれしく、たゆき心のおこたりに。まして方々の紛らはしき競ひにも、おのづからなむ」

 とのたまひて、向かひの院の御倉開けさせたまひて、絹、綾などたてまつらせたまふ。

 荒れたる所もなけれど、住みたまはぬ所のけはひは静かにて、御前の木立ばかりぞいとおもしろく、紅梅の咲き出でたる匂ひなど、見はやす人もなきを見わたしたまひて、

 「ふるさとの春の梢に訪ね来て

 世の常ならぬ花を見るかな」

 と独りごちたまへど、聞き知りたまはざりけむかし。


 【23-2-2

 空蝉の尼衣にも、さしのぞきたまへり。うけばりたるさまにはあらず、かごやかに局住みにしなして、仏ばかりに所得させたてまつりて、行なひ勤めけるさまあはれに見えて、経、仏の御飾り、はかなくしたる閼伽の具なども、をかしげになまめかしう、なほ心ばせありと見ゆる人のけはひなり。

 青鈍の几帳、心ばへをかしきに、いたくゐ隠れて、袖口ばかりぞ色ことなるしもなつかしければ、涙ぐみたまひて、

 「『松が浦島』をはるかに思ひてぞやみぬべかりける。昔より心憂かりける御契りかな。さすがにかばかりの御睦びは、絶ゆまじかりけるよ」

 などのたまふ。尼君も、ものあはれなるけはひにて、

 「かかる方に頼みきこえさするしもなむ、浅くはあらず思ひたまへ知られはべりける」

 と聞こゆ。

 「つらき折々重ねて、心惑はしたまひし世の報いなどを、仏にかしこまりきこゆるこそ苦しけれ。思し知るや。かくいと素直にもあらぬものをと、思ひ合はせたまふこともあらじやはとなむ思ふ」

 とのたまふ。「かのあさましかりし世の古事を聞き置きたまへるなめり」と、恥づかしく、

 「かかるありさまを御覧じ果てらるるよりほかの報いは、いづくにかはべらむ」

 とて、まことにうち泣きぬ。いにしへよりももの深く恥づかしげさまさりて、かくもて離れたること、と思すしも、見放ちがたく思さるれど、はかなきことをのたまひかくべくもあらず、おほかたの昔今の物語をしたまひて、「かばかりの言ふかひだにあれかし」と、あなたを見やりたまふ。

 かやうにても、御蔭に隠れたる人びと多かり。皆さしのぞきわたしたまひて、

 「おぼつかなき日数つもる折々あれど、心のうちはおこたらずなむ。ただ限りある道の別れのみこそうしろめたけれ。『命を知らぬ』」

 など、なつかしくのたまふ。いづれをも、ほどほどにつけてあはれと思したり。我はと思しあがりぬべき御身のほどなれど、さしもことことしくもてなしたまはず、所につけ、人のほどにつけつつ、さまざまあまねくなつかしくおはしませば、ただかばかりの御心にかかりてなむ、多くの人びと年を経ける。


 【23-3-1

 今年は男踏歌あり。内裏より朱雀院に参りて、次にこの院に参る。道のほど遠くなどして、夜明け方になりにけり。月の曇りなく澄みまさりて、薄雪すこし降れる庭のえならぬに、殿上人なども、物の上手多かるころほひにて、笛の音もいとおもしろう吹き立てて、この御前はことに心づかひしたり。御方々物見に渡りたまふべく、かねて御消息どもありければ、左右の対、渡殿などに、御局しつつおはさす。

 西の対の姫君は、寝殿の南の御方に渡りたまひて、こなたの姫君に御対面ありけり。上も一所におはしませば、御几帳ばかり隔てて聞こえたまふ。

 朱雀院の后の御方などめぐりけるほどに、夜もやうやう明けゆけば、水駅にてこと削がせたまふべきを、例あることより、ほかにさまことに加へて、いみじくもてはやさせたまふ。

 影すさまじき暁月夜に、雪はやうやう降り積む。松風木高く吹きおろし、ものすさまじくもありぬべきほどに、青色のなえばめるに、白襲の色あひ、何の飾りかは見ゆる。

 插頭の綿は、何の匂ひもなきものなれど、所からにやおもしろく、心ゆき、命延ぶるほどなり。

 殿の中将の君、内の大殿の君達ぞ、ことにすぐれてめやすくはなやかなる。

 ほのぼのと明けゆくに、雪やや散りて、そぞろ寒きに、「竹河」謡ひて、かよれる姿、なつかしき声々の、絵にも描きとどめがたからむこそ口惜しけれ。

 御方々、いづれもいづれも劣らぬ袖口ども、こぼれ出でたるこちたさ、物の色あひなども、曙の空に、春の錦たち出でにける霞のうちかと見えわたさる。あやしく心のうちゆく見物にぞありける。

 さるは、高巾子の世離れたるさま、寿詞の乱りがはしき、をこめきたることを、ことことしくとりなしたる、なかなか何ばかりのおもしろかるべき拍子も聞こえぬものを。例の、綿かづきわたりてまかでぬ。


 【23-3-2

 夜明け果てぬれば、御方々帰りわたりたまひぬ。大臣の君、すこし御殿籠もりて、日高く起きたまへり。

 「中将の声は、弁少将にをさをさ劣らざめるは。あやしう有職ども生ひ出づるころほひにこそあれ。いにしへの人は、まことにかしこき方やすぐれたることも多かりけむ、情けだちたる筋は、このころの人にえしもまさらざりけむかし。中将などをば、すくすくしき朝廷人にしなしてむとなむ思ひおきてし、みづからのいとあざればみたるかたくなしさを、もて離れよと思ひしかども、なほ下にはほの好きたる筋の心をこそとどむべかめれ。もてしづめ、すくよかなるうはべばかりは、うるさかめり」

 など、いとうつくしと思したり。「万春楽」と、御口ずさみにのたまひて、

 「人びとのこなたに集ひたまへるついでに、いかで物の音こころみてしがな。私の後宴すべし」

 とのたまひて、御琴どもの、うるはしき袋どもして秘めおかせたまへる、皆引き出でて、おし拭ひ、ゆるべる緒、調へさせたまひなどす。御方々、心づかひいたくしつつ、心懸想を尽くしたまふらむかし。