藤壺(輝く日の宮)の和歌全11首※(贈2、答8、独詠1)。
相手内訳:源氏10、独詠1。
和歌の相手は全て源氏ということが第一(他同様、六条御息所、朧月夜、朝顔)。
第二に、同じ歌数の六条御息所の構成(贈7、答2、独詠2)と対照的に受動的(女性では割と普通)。
第三に、源氏に贈った和歌で源氏を月に見立てており(154)、これにより「輝く日の宮」に対し、光る君は月(独自)。
※通説は以上11首に加え絵合の「みるめこそうらふりぬらめ年経にし伊勢をの海人の名をや沈めむ」を藤壺と認定するが、これは100%誤認定と論証できるので除いた(詳しくは絵合の和歌で論じる)。
概要を述べると、当該和歌は主体が「宮」で人定が文脈読解に依存しているが、まず藤壺はその歌以前に源氏にしか歌を詠んでいないところ、これを複数人中の歌の配列のみから藤壺中宮と推測するのは無理で、藤壺たる必然が必要である。そして当該和歌の文脈を見ると、絵合巻と絵合せの主役で伊勢物語を擁護して勝利する文脈に基づけば、その「宮」は梅壺こと前伊勢斎宮と見るの順当である。藤壺の御前での絵合で、源氏にしか和歌を詠んでこなかった彼女が、華々しい絵合終盤の和歌連続に判定として突如自作を差し挟んだと当然のように見るのは、彼女の受動的な贈答割合と照らし合わせても無理があるし、女社会の頂点の中宮の判定に対し女達が乱りがはしく争った見るのは、光と並ぶ輝く日の宮に失礼に過ぎ、場当たりで常軌を逸した認定とすら言える。そうして他に選択肢がないならともかく前斎宮という文言が原文にあり、まして当該和歌は伊勢物語を勝たせようとする内容の和歌なのだから伊勢斎宮以外ありえない。だから単に「宮」としたという以外ないのだが。これは絵合での激しい論点となるように、伊勢物語を在五物語と定義する無秩序な認定による軽視・無理解にもよると思う(絵合では在五物語としていない。在五性を否定することが目的だから)。
原文 (定家本) |
現代語訳 (渋谷栄一) |
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若紫 1/25首 |
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61 答 |
世語りに 人や伝へむ たぐひなく 憂き身を覚めぬ 夢になしても |
〔源氏→〕 世間の語り草として語り伝えるのではないでしょうか この上なく辛い身の上を覚めることのない夢の中のこととしても |
紅葉賀(もみじのが) 2/17首 |
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85 答 |
唐人の 袖振ることは 遠けれど 立ち居につけて あはれとは見き |
〔源氏→〕 唐の人が袖振って舞ったことは遠い昔のことですが その立ち居舞い姿はしみじみと拝見いたしました |
89 答 |
袖濡るる 露のゆかりと 思ふにも なほ疎まれぬ 大和撫子 |
〔源氏→〕 袖を濡らしている方の縁と思うにつけても、 やはり疎ましくなってしまう大和撫子です |
花宴(はなのえん) 1/8首 |
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101 独 |
おほかたに 花の姿を 見ましかば つゆも心の おかれましやは |
何の関係もなく花のように美しいお姿を拝するのであったなら 少しも気兼ねなどいらなかろうものを |
賢木(さかき) 5/33首 |
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149 答 |
長き世の 恨みを人に 残しても かつは心を あだと知らなむ |
〔源氏→〕未来永劫の怨みをわたしに残したと言っても そのようなお心はまた一方ですぐに変わるものと知っていただきたい |
154 贈 |
九重に 霧や隔つる 雲の上の 月をはるかに 思ひやるかな |
〔源氏←〕宮中には霧が幾重にもかかっているのでしょうか 雲の上で見えない月をはるかにお思い申し上げますことよ |
159 答 |
ながらふる ほどは憂けれど 行きめぐり 今日はその世に 逢ふ心地して |
〔源氏→〕生きながらえておりますのは辛く嫌なことですが 一周忌の今日は、故院の在世中に出会ったような思いがいたしまして |
161 答 |
おほふかたの 憂きにつけては 厭へども いつかこの世を 背き果つべき |
〔源氏→〕世間一般の嫌なことからは離れたが、子どもへの煩悩は いつになったらすっかり離れ切ることができるのであろうか |
163 答 |
ありし世の なごりだになき 浦島に 立ち寄る波の めづらしきかな |
〔源氏→〕昔の俤さえないこの松が浦島のような所に 立ち寄る波も珍しいのに、立ち寄ってくださるとは珍しいですね |
須磨 2/48首 |
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178 贈 |
見しはなく あるは悲しき 世の果てを 背きしかひも なくなくぞ経る |
〔源氏←〕お連れ添い申した院は亡くなられ、生きておいでの方は悲しいお身の上の世の末を 出家した甲斐もなくわたしは泣きの涙で暮らしています |
191 答 |
塩垂るる ことをやくにて 松島に 年ふる海人も 嘆きをぞつむ |
〔源氏→〕涙に濡れているのを仕事として 出家したわたしも嘆きを積み重ねています |
絵合 0/9首※ |
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280 唱:答 |
みるめこそ うらふりぬらめ 年経にし 伊勢をの海人の 名をや沈めむ |
〔斎宮:梅壺=伊勢斎宮 ×藤壺:通説〕 ちょっと見た目には古くさく見えましょうが昔から名高い 伊勢物語【伊勢の無名の昔男】の名を【底の浅い業平の名で】落としめることができましょうか |