源氏物語 総角:巻別和歌31首・逐語分析

椎本 源氏物語
和歌一覧
各巻別内訳
47帖 総角
早蕨

 
 源氏物語・総角(あげまき)巻の和歌31首を抜粋一覧化し、現代語訳と歌い手を併記、原文対訳の該当部と通じさせた。

 

 内訳:12(=柏木の子)、7(匂宮=今上三宮)、5(八宮長女=通称大君)、4(八宮次女=中の君)、1×3(宰相の中将、衛門督、宮大夫)※最初最後
 

総角・和歌の対応の程度と歌数
和歌間の文字数
即答 16首  40字未満
応答 3首  40~100字未満
対応 8首  ~400~1000字+対応関係文言
単体 4首  単一独詠・直近非対応

※分類について和歌一覧・総論部分参照。

 

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 上下の句に分割したバージョン。見やすさに応じて。

 なお、付属の訳はあくまで通説的理解の一例なので、訳が原文から離れたり対応していない場合、より精度の高い訳を検討されたい。
 


  原文
(定家本校訂)
現代語訳
(渋谷栄一)
653
あげまき
長き契りを
びこめ
同じ所に
縒りもはなむ
〔薫〕総角に
末長い契りを
結びこめて
一緒になって
会いたいものです
654
ぬきもへず
もろき涙の
玉の緒
長き契りを
いかがばむ
〔八宮長女:通称大君〕貫き止めることもできない
もろい涙の
玉の緒に
末長い契りを
どうして結ぶことができましょう
655
山里の
あはれ知らるる
声々に
とりあつめたる
朝ぼらけかな
〔薫〕山里の
情趣が思い知られます
鳥の声々に
あれこれと思いがいっぱいになる
朝け方ですね
656
鳥の音も
聞こえぬ山と
思ひしを
世の憂きことは
訪ね来にけり
〔八宮長女:女君〕鳥の声も
聞こえない山里と
思っていましたが
人の世の辛さは
後を追って来るものですね
657
おなじ枝を
分きてめける
山姫
いづれか深き
色と問はばや
〔薫〕同じ枝を
分けて染めた
山姫を
どちらが深い
色と尋ねましょうか
658
山姫
むる心は
わかねども
移ろふ方や
深きなるらむ
〔八宮長女〕山姫が
染め分ける心は
わかりませんが
色変わりしたほうに
深い思いを寄せているのでしょう
659
女郎花
咲ける大野を
ふせぎつつ
せばくや
しめを結ふらむ
〔匂宮:今上三宮〕女郎花が
咲いている大野に
人を入れまいと
どうして心狭く
縄を張り廻らしなさるのか
660
霧深き
朝の原の
女郎花
を寄せて
見る人ぞ見る
〔薫〕霧の深い
朝の原の
女郎花は
深い心を寄せて
知る人だけが見るのです
661
しるべせし
我やかへりて
惑ふべき
もゆかぬ
明けぐれの
〔薫〕道案内をした
わたしがかえって
迷ってしまいそうです
満ち足りない気持ちで帰る
明け方の暗い道を
662
かたがたに
くらす
思ひやれ
人やりならぬ
に惑はば
〔八宮長女:通称大君〕それぞれに
思い悩むわたしの気持ちを
思ってみてください
自分勝手に
道にお迷いならば
663
贈:
世の常に
思ひやすらむ
露深き
の笹原
分けて来つるも
〔匂宮→八宮次女:中君〕世にありふれたことと
思っていらっしゃるのでしょうか
露の深い
道の笹原を
分けて来たのですが
664
小夜衣
着て馴れきとは
言はずとも
かことばかり
かけずしもあらじ
〔薫〕小夜衣を
着て親しくなったとは
言いませんが
いいがかりくらいは
つけないでもありません
665
隔てなき
ばかり
通ふとも
馴れとは
かけじとぞ思ふ
〔八宮長女:通称大君〕隔てない
心だけは
通い合いましょうとも
馴れ親しんだ仲などとは
おっしゃらないでください
666
中絶えむ
ものならなくに
姫の
片敷く
夜半に濡らさむ
〔匂宮〕中が切れようと
するのでないのに
あなたは
独り敷く袖は
夜半に濡らすことだろう
667
絶えせじの
わが頼みにや
宇治
遥けきなかを
待ちわたるべき
〔八宮次女:中君〕切れないようにと
わたしは信じては
宇治橋の
遥かな仲を
ずっとお待ち申しましょう
668
いつぞやも
花の盛りに
一目見し
木のもとさへや
は寂しき
〔宰相の中将=蔵人少将(全集):夕霧の子〕
いつだったか
花の盛りに
一目見た
木のもとまでが
秋はお寂しいことでしょう
669
桜こそ
思ひ知らすれ
咲き匂ふ
花も紅葉も
常ならぬ世を
〔薫〕桜は知っているでしょう
咲き匂う
花も紅葉も
常ならぬこの世を
670
いづこより
は行きけむ
山里の
紅葉の蔭は
過ぎ憂きものを
〔衛門督:脇役〕どこから
秋は去って行くのでしょう
山里の
紅葉の蔭は
立ち去りにくいのに
671
見し人も
なき山里の
岩垣に
心長くも
這へる葛かな
〔宮大夫:脇役〕お目にかかったことのある方も
亡くなった山里の
岩垣に
気の長く
這いかかっている蔦よ
672
はてて
寂しさまさる
木のもとを
吹きな過ぐしそ
峰の松風
〔匂宮〕秋が終わって
寂しさがまさる
木のもとを
あまり烈しく吹きなさるな、
峰の松風よ
673
贈:
若草の
ね見むものとは
思はねど
むすぼほれたる
心地こそすれ
〔匂宮→女一の宮〕若草のように
美しいあなたと共寝をしてみようとは
思いませんが
悩ましく晴れ晴れしない
気がします
674
眺むる
同じ雲居を
いかなれば
おぼつかなさを
添ふる時雨ぞ
〔匂宮〕眺めているのは
同じ空なのに
どうしてこうも
会いたい気持ちを
つのらせる時雨なのか
675
霰降る
深山の里は
朝夕に
眺むる空も
かきくらしつつ
〔八宮次女:中君〕霰が降る
深山の里は
朝夕に
眺める空も
かき曇っております
676
さゆる
汀の千鳥
うちわびて
鳴く音悲しき
朝ぼらけかな
〔薫〕霜が冷たく凍る
汀の千鳥が
堪えかねて寂しく
鳴く声が悲しい、
明け方ですね
677
暁の
うち払ひ
鳴く千鳥
もの思ふ人の
をや知る
〔八宮次女:中君〕明け方の
霜を払って
鳴く千鳥も
悲しんでいる人の
心が分かるのでしょうか
678
かき曇り
日かげも見えぬ
奥山に
をくらす
ころにもあるかな
〔薫〕かき曇って
日の光も見えない
奥山で
心を暗くする
今日このごろだ
679
くれなゐに
落つる涙も
かひなきは
形見の色を
染めぬなりけり
〔薫〕紅色に
落ちる涙が
何にもならないのは
形見の喪服の色を
染めないことだ
680
おくれじと
空ゆく月
慕ふかな
つひに住むべき
この世ならねば
〔薫〕後れまいと
空を行く月が
慕われる
いつまでも住んでいられない
この世なので
681
恋ひわび
死ぬる薬
ゆかしきに
雪の山にや
跡を消なまし
〔薫〕恋いわびて
死ぬ薬が
欲しいゆえに
雪の山に分け入って
跡を晦ましてしまいたい
682
来し方を
思ひ出づるも
はかなきを
行く末かけて
なに頼むらむ
〔八宮次女:中君〕過ぎ去ったことを
思い出しても
頼りないのに
将来まで
どうして当てになりましょう
683
行く末
短きものと
思ひなば
目の前にだに
背かざらなむ
〔匂宮〕将来が
短いものと
思ったら
せめてわたしの前だけでも
背かないでほしい