源氏物語・竹河(たけかわ)巻の和歌24首を抜粋一覧化し、現代語訳と歌い手を併記、原文対訳の該当部と通じさせた。
内訳:5(薫)、5(蔵人少将=夕霧の子)、2×3(宰相君、藤侍従、鬚黒長女:通称大君)、1×8(内の人=簾中の女房(新大系)・玉鬘邸の侍女(全集)、鬚黒次女:中の君:内裏の君、大輔君:中の君方女房、中の君方童女、なれき=大君方童女、中将=中将の御許:大君方女房、※玉鬘:大君母vs中将の御許or大君侍女(通説)、内の人=うち:女房(新大系・集成)、大君侍女(全集))※最初と最後
即答 | 12首 | 40字未満 |
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応答 | 5首 | 40~100字未満 |
対応 | 6首 | ~400~1000字+対応関係文言 |
単体 | 1首 | 単一独詠・直近非対応 |
※分類について和歌一覧・総論部分参照。
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上下の句に分割したバージョン。見やすさに応じて。
なお、付属の訳はあくまで通説的理解の一例なので、訳が原文から離れたり対応していない場合、より精度の高い訳を検討されたい。
原文 (定家本校訂) |
現代語訳 (渋谷栄一) |
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595 贈 |
折りて見ば いとど匂ひも まさるやと すこし色めけ 梅の初花 |
〔宰相君:上臈の女房〕手折ってみたら ますます匂いも 勝ろうかと もう少し色づいてみてはどうですか、 梅の初花 |
596 答 |
よそにては もぎ木なりとや 定むらむ 下に匂へる 梅の初花 |
〔薫:柏木の子〕傍目には 枯木だと 決めていましょうが 心の中は咲き匂っている 梅の初花ですよ |
597 贈 |
人はみな 花に心を 移すらむ 一人ぞ惑ふ 春の夜の闇 |
〔蔵人少将:夕霧の子〕人はみな 花に心を 寄せているのでしょうが わたし一人は迷っております、 春の夜の闇の中で |
598 答 |
をりからや あはれも知らむ 梅の花 ただ香ばかりに 移りしもせじ |
〔内の人=簾中の女房(新大系)・玉鬘邸の侍女(全集)〕 時と場合によって 心を寄せるものです ただ梅の花の 香りだけに こうも引かれるものではありませんよ |
599 贈 |
竹河の 橋うちいでし 一節に 深き心の 底は知りきや |
〔薫〕竹河の 歌を謡ったあの文句の 一端から わたしの深い心の うちを知っていただけましたか |
600 答 |
竹河に 夜を更かさじと いそぎしも いかなる節を 思ひおかまし |
〔藤侍従:玉鬘の子・薫のいとこ〕竹河を謡って 夜を更かすまいと 急いでいらっしゃったのも どのようなことを 心に止めておけばよいのでしょう |
601 唱 |
桜ゆゑ 風に心の 騒ぐかな 思ひぐまなき 花と見る見る |
〔鬚黒長女:通称大君〕桜のせいで 吹く風ごとに 気が揉めます わたしを思ってくれない 花だと思いながらも |
602 唱 |
咲くと見て かつは散りぬる 花なれば 負くるを深き 恨みともせず |
〔宰相君:大君方女房〕咲いたかと見ると 一方では散ってしまう 花なので 負けて木を取られたことを 深く恨みません |
603 唱 |
風に散る ことは世の常 枝ながら 移ろふ花を ただにしも見じ |
〔鬚黒次女:中の君〕風に散る ことは世の常のことですが、 枝ごとそっくり こちらの木になった花を 平気で見ていられないでしょう |
604 唱 |
心ありて 池のみぎはに 落つる花 あわとなりても わが方に寄れ |
〔大輔君:中の君方女房〕こちらに味方して 池の汀に 散る花よ 水の泡となっても こちらに流れ寄っておくれ |
605 唱 |
大空の 風に散れども 桜花 おのがものとぞ かきつめて見る |
〔中の君方の童女〕大空の 風に散った 桜の花を わたしのものと思って 掻き集めて見ました |
606 唱 |
桜花 匂ひあまたに 散らさじと おほふばかりの 袖はありやは |
〔なれき:大君方の童女〕桜の花の はなやかな美しさを 方々に散らすまいとしても 大空を覆うほど 大きな袖がございましょうか |
607 贈:独 |
つれなくて 過ぐる月日を かぞへつつ もの恨めしき 暮の春かな |
〔薫→藤侍従〕わたしの気持ちを分かっていただけずに 過ぎてゆく年月を 数えていますと 恨めしくも 春の暮になりました |
608 贈 |
いでやなぞ 数ならぬ身に かなはぬは 人に負けじの 心なりけり |
〔蔵人少将:夕霧の子〕いったい何ということか、 物の数でもない身なのに かなえることができないのは 負けじ 魂だとは |
609 答 |
わりなしや 強きによらむ 勝ち負けを 心一つに いかがまかする |
〔中将=中将の御許:大君方女房(全集)〕無理なこと、 強い方が勝つ 勝負事を あなたのお心一つで どうなりましょう |
610 答 |
あはれとて 手を許せかし 生き死にを 君にまかする わが身とならば |
〔蔵人少将〕かわいそうだと思って、 姫君をわたしに許してください この先の生死は あなた次第の わが身と思われるならば |
611 贈 |
花を見て 春は暮らしつ 今日よりや しげき嘆きの 下に惑はむ |
〔蔵人少将→大君〕花を見て 春は過ごしました。 今日からは 茂った木の下で途方に 暮れることでしょう |
612 代答 |
今日ぞ知る 空を眺むる けしきにて 花に心を 移しけりとも |
〔玉鬘=御前:大君母※ ?「中将のおもとの代作であろう」(新大系。集成同旨)全集「別の女房の作か」〕 今日こそ分かりました、 空を眺めているような ふりをして 花に心を 奪われていらしたのだと |
613 贈 |
あはれてふ 常ならぬ世の 一言も いかなる人に かくるものぞは |
〔鬚黒長女:通称大君〕あわれという 一言も、 この無常の世に いったいどなたに 言い掛けたらよいのでしょう |
614 答 |
生ける世の 死には心に まかせねば 聞かでややまむ 君が一言 |
〔蔵人少将〕生きているこの世の 生死は思う 通りにならないので 聞かずに諦めきれましょうか、 あなたのあわれという一言を |
615 贈 |
手にかくる ものにしあらば 藤の花 松よりまさる 色を見ましや |
〔薫〕手に取ることが できるものなら、 藤の花の 松の緑より勝れた 色を空しく眺めていましょうか |
616 答 |
紫の 色はかよへど 藤の花 心にえこそ かからざりけれ |
〔藤侍従〕紫の色は同じだが、 あの藤の花は わたしの思う通りに できなかったのです |
617 贈 |
竹河の その夜のことは 思ひ出づや しのぶばかりの 節はなけれど |
〔内の人=うち:女房(新大系・集成)、大君侍女(全集)〕 竹河を 謡ったあの夜のことは 覚えていらっしゃいますか 思い出すほどの 出来事はございませんが |
618 答 |
流れての 頼めむなしき 竹河に 世は憂きものと 思ひ知りにき |
〔薫〕今までの期待も 空しいとことと分かって 世の中は嫌なものだと つくづく思い知りました |