源氏物語・宿木(やどりぎ)巻の和歌24首を抜粋一覧化し、現代語訳と歌い手を併記、原文対訳の該当部と通じさせた。
内訳:10(薫=柏木の子)、5(八宮次女=中の君)、2×2(匂宮、今上帝)、1×5(夕霧(通説)=頭中将(夕霧息子)代作、継母の宮=六の君(夕霧娘)継母=落葉宮、弁=老尼、按察の君=女三宮侍女、按察使大納言=紅梅大納言)※最初と最後
即答 | 12首 | 40字未満 |
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応答 | 2首 | 40~100字未満 |
対応 | 2首 | ~400~1000字+対応関係文言 |
単体 | 8首 | 単一独詠・直近非対応 |
※分類について和歌一覧・総論部分参照。
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上下の句に分割したバージョン。見やすさに応じて。
なお、付属の訳はあくまで通説的理解の一例なので、訳が原文から離れたり対応していない場合、より精度の高い訳を検討されたい。
原文 (定家本校訂) |
現代語訳 (渋谷栄一) |
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699 贈 |
世の常の 垣根に匂ふ 花ならば 心のままに 折りて見ましを |
〔薫〕世間一般の 家の垣根に咲いている 花ならば 思いのままに 手折って賞美すことができましょうものを |
700 答 |
霜にあへず 枯れにし園の 菊なれど 残りの色は あせずもあるかな |
〔今上帝〕霜に堪えかねて 枯れてしまった園の 菊であるが 残りの色は 褪せていないな |
701 独 |
今朝の間の 色にや賞でむ 置く露の 消えぬにかかる 花と見る見る |
〔薫〕今朝の間の 色を賞美しようか、 置いた露が 消えずに残っているわずかの間に咲く 花と思いながら |
702 贈 |
よそへてぞ 見るべかりける 白露の 契りかおきし 朝顔の花 |
〔薫〕あなたを姉君と思って 自分のものにしておくべきでした 白露が 約束しておいた 朝顔の花ですから |
703 答 |
消えぬまに 枯れぬる花の はかなさに おくるる露は なほぞまされる |
〔八宮次女:中の君〕露の消えない間に 枯れてしまう花の はかなさよりも 後に残る露は もっとはかないことです |
704 代贈 :独 |
大空の 月だに宿る わが宿に 待つ宵過ぎて 見えぬ君かな |
〔夕霧(通説)・頭中将(夕霧息子)代作→匂宮〕 大空の 月でさえ宿る わたしの邸に お待ちする宵が過ぎてもまだ お見えにならないあなたですね |
705 独 |
山里の 松の蔭にも かくばかり 身にしむ秋の 風はなかりき |
〔八宮次女:中の君〕山里の 松の蔭でも これほどに 身にこたえる秋の 風は経験しなかった |
706 代贈 :独 |
女郎花 しをれぞまさる 朝露の いかに置きける 名残なるらむ |
〔落葉宮代作→匂宮〕 女郎花が 一段と萎れています 朝露が どのように置いていった せいなのでしょうか |
707 |
おほかたに 聞かましものを ひぐらしの 声恨めしき 秋の暮かな |
〔八宮次女:中の君〕宇治にいたら何気なく 聞いただろうに 蜩の 声が恨めしい 秋の暮だこと |
708 贈 |
うち渡し 世に許しなき 関川を みなれそめけむ 名こそ惜しけれ |
〔按察の君=女三宮侍女〕いったいに 世間から認められない 仲なのに お逢いし続けているという 評判が立つのが辛うございます |
709 答 |
深からず 上は見ゆれど 関川の 下の通ひは 絶ゆるものかは |
〔薫〕深くないように 表面は見えますが 心の底では愛情の 絶えることはありません |
710 贈:独 |
いたづらに 分けつる道の 露しげみ 昔おぼゆる 秋の空かな |
〔薫→中の君〕無駄に 歩きました道の 露が多いので 昔が思い出されます 秋の空模様ですね |
711 贈 |
また人に 馴れける袖の 移り香を わが身にしめて 恨みつるかな |
〔匂宮〕他の人に 親しんだ袖の 移り香か わが身にとって深く 恨めしいことだ |
712 答 |
みなれぬる 中の衣と 頼めしを かばかりにてや かけ離れなむ |
〔八宮次女:中の君〕親しみ 信頼してきた 夫婦の仲も この程度の薫りで 切れてしまうのでしょうか |
713 贈:独 |
結びける 契りことなる 下紐を ただ一筋に 恨みやはする |
〔薫→中の君〕結んだ 契りの相手が違うので 今さらどうして一途に 恨んだりしようか |
714 贈 |
宿り木と 思ひ出でずは 木のもとの 旅寝もいかに さびしからまし |
〔薫:柏木の子〕宿木の昔泊まった家と 思い出さなかったら 木の下の 旅寝もどんなにか 寂しかったことでしょう |
715 答 |
荒れ果つる 朽木のもとを 宿りきと 思ひおきける ほどの悲しさ |
〔弁:尼君・柏木の乳母子〕荒れ果てた 朽木のもとを 昔の泊まった家と 思っていてくださる のが悲しいことです |
716 贈 |
穂に出でぬ もの思ふらし 篠薄 招く袂の 露しげくして |
〔匂宮〕外に現さないないが、 物思いをしているらしいですね 篠薄が 招くので、 袂の露がいっぱいですね |
717 答 |
秋果つる 野辺のけしきも 篠薄 ほのめく風に つけてこそ知れ |
〔八宮次女:中の君〕秋が終わる 野辺の景色も 篠薄が わずかに揺れている風に よって知られます |
718 唱 |
すべらきの かざしに折ると 藤の花 及ばぬ枝に 袖かけてけり |
〔薫〕帝の 插頭に折ろうとして 藤の花を わたしの及ばない 袖にかけてしまいました |
719 唱 |
よろづ世を かけて匂はむ 花なれば 今日をも飽かぬ 色とこそ見れ |
〔今上帝〕万世を 変わらず咲き匂う 花であるから 今日も見飽きない 花の色として見ます |
720 唱 |
君がため 折れるかざしは 紫の 雲に劣らぬ 花のけしきか |
〔薫。某(旧大系) ×夕霧の歌か(新大系。全集同旨)→解説〕 主君のため 折った插頭の花は 紫の 雲にも劣らない 花の様子です |
721 唱 |
世の常の 色とも見えず 雲居まで たち昇りたる 藤波の花 |
〔按察使(紅梅)大納言〕世間一般の 花の色とも見えません 宮中まで 立ち上った 藤の花は |
722 独 |
貌鳥の 声も聞きしに かよふやと 茂みを分けて 今日ぞ尋ぬる |
〔薫〕かお鳥の 声も昔聞いた声に 似ているかしらと 草の茂みを分け入って 今日尋ねてきたのだ |
721の「雲居まで立ち昇りたる藤(不死)」で竹取最後の煙(その山をふし(じ)の山とは名づけゝる。その煙いまだ雲の中へたち昇るとぞいひ傳へたる)。
上の句の「世の常の色とも見えず」「藤波の花」で、卑怯な車持皇子が鍛冶職人に作らせた蓬莱の玉の枝のエピソード。
この世のものと思えない、燃やして本物か確認しようか(本物なら燃えない火鼠の皮衣に掛けて)。
722の枕詞「貌鳥(かおどり)」は山部赤人の「雲居たなびき貌鳥の」(万葉3/372)。正体不明の鳥、ということで「声を聞きし」は聞いたような顔をしていることになる。これが薫が古歌の歌詞を多く用いる文脈。