光源氏の和歌221首。全795首の約3分の1(28%)を占める圧倒的歌人。光源氏が一般通説的、光る源氏が有力学説的な表記。後者が本来と思う。
光る源氏、さらには源氏物語と著者・紫式部を代表する和歌を次の2首とする。
260 |
みをつくし恋ふるしるしにここまでも めぐり逢ひけるえには深しな |
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396 |
唐衣また唐衣唐衣 かへすがへすも唐衣なる |
260「めぐり逢ひ」は紫式部集1・百人一首57の枕詞、かつ源氏物語における唯一の「めぐり逢」で議論の余地がないほど運命恋歌歌風を表し、396「唐衣」で男性学者的にはありえない発想を示す。この「めぐり逢ひ」という歌詞が紫式部集先頭歌の枕詞にある以上、上記の源氏の用法を無視し、「はやうよりわらは友だちなりし人に、年ごろへて行きあひたるが、ほのかにて、十月十日のほど、月にきほひて帰りにければ」という詞書の「友だち」三文字のみから女友達というのは、ありえない本末転倒解釈。だから「ほのかにて」を、ほのかな(淡い)恋心の心象と解せず、時間的僅少性または視覚的不分明性などとアクロバティックにひねり回す即物的観念論を展開している。議論が深まったどころか、その方向の議論を深めるほど混迷が深まる。
また当時は和歌が上手いとモテた説は的外れなおじさん達の願望で、基本死が近づいたと感じた高齢者(昔は40歳前後)の遺言的趣味でしかない。仮にモテたことがあってもそれを一般化するのは、一つしかない例外を正当化するために立てられた業平並みにお馬鹿な一面的推論に過ぎず、一般にも光源氏のモテ要素は和歌能力と結び付けられていない。若者同士の恋歌贈答も、素養ある者が晩年になり人生の粋を集めて懐古的に戯曲化したもの。源氏物語も紫式部集もまさにそのような作品だし、源氏独詠最多の須磨と源氏最期の幻がほぼ同じ12首で、源氏の独詠割合が有意に高い(一人で物語全体の独詠110首の半分を占める)のも、以上のロジック全てひっくるめた象徴的投影といえる。
巻名 |
源氏の和歌:221首・巻別相手内訳 最初と最後の相手に色づけ |
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1 | 桐壺 | ― |
2 | 帚木 | 3(空蝉) |
3 | 空蝉 | 1(空蝉) |
4 | 夕顔 | 4(夕顔)、3(源氏)、2(空蝉)、1×2(中将の君、軒端荻) |
5 | 若紫 | 5(尼君=紫祖母)、1.1×2(僧都:尼君兄、源氏)、1×4(藤壺、少納言乳母、忍びて通ひたまふ所、紫の上)、0.1(聖) |
6 | 末摘花 | 4(末摘花)、3(源氏:うち一首に大輔命婦が独答)、1×2(頭中将、侍従の君) |
7 | 紅葉賀 | 3(源典侍)、2×2(藤壺、頭中将)、1×2(王命婦=藤壺付女房、源氏) |
8 | 花宴 | 4(朧月夜) |
9 | 葵 | 4(源氏)、2×3(紫の上、六条御息所、大宮=葵と頭中将の母)、1×3(源典侍、頭中将、朝顔) |
10 | 賢木 | 5(藤壺)、3(六条御息所)、2(朧月夜)、1.1(源氏)、1×4(斎宮、紫の上、朝顔、頭中将)、0.1×2(親王=藤壺兄、藤壺付女房:王命婦) |
11 | 花散里 | 1×2(花散里方女房、麗景殿女御=花散里姉) |
12 | 須磨 | 12.1(源氏)、2×5(紫の上、朧月夜、藤壺、六条御息所、頭中将)、1.1(右近将監)、1×4(大宮=葵と頭中将の母、花散里、冷泉院、五節)、0.1×2(良清、惟光) |
13 | 明石 | 8(明石の君)、3(源氏)、2×2(紫の上、明石入道)、1×2(朱雀院、五節) |
14 | 澪標 | 3(明石の君)、1×6(宣旨の娘、紫の上、花散里、惟光、源氏、斎宮) |
15 | 蓬生 | 1×2(源氏、末摘花) |
16 | 関屋 | 1(空蝉) |
17 | 絵合 | 1(紫の上) |
18 | 松風 | 1×3(明石尼君、明石の君、冷泉院)、0.1×3(源氏+頭中将②+左大弁) |
19 | 薄雲 | 2(明石の君)、1×3(紫の上、源氏、斎宮) |
20 | 朝顔 | 3×2(朝顔、源氏)、1×2(源典侍、紫の上) |
21 | 乙女 | 1×2(朝顔、五節)、0.1(源氏+朱雀+蛍宮+冷泉) |
22 | 玉鬘 | 1×3(玉鬘、源氏、末摘花) |
23 | 初音 | 1×2(紫の上、源氏) |
24 | 胡蝶 | 3(玉鬘)、1(蛍宮) |
25 | 蛍 | 1×2(花散里、玉鬘) |
26 | 常夏 | 1(玉鬘) |
27 | 篝火 | 1(玉鬘) |
28 | 野分 | 1(玉鬘) |
29 | 行幸 | 1×4(冷泉院、玉鬘、末摘花、頭中将) |
30 | 藤袴 | ― |
31 | 真木柱 | 3(玉鬘)、1(源氏) |
32 | 梅枝 | 1.1(蛍宮)、1(朝顔)、0.1×4(源氏+柏木+夕霧+紅梅) |
33 | 藤裏葉 | 1(頭中将) |
34 | 若菜上 | 2×2(紫の上、朧月夜)、1×2(玉鬘、女三宮) |
35 | 若菜下 | 1×4(明石尼君、紫の上、女三宮、朧月夜) |
36 | 柏木 | 1(女三宮) |
37 | 横笛 | 1(源氏) |
38 | 鈴虫 | 2(女三宮)、1(冷泉院) |
39 | 夕霧 | ― |
40 | 御法 | 1×2(頭中将、斎宮)、0.1×3(紫の上、源氏、明石姫君) |
41 | 幻 | 12(源氏)、2(中将の君②)、1×5(蛍宮、明石の君、花散里、夕霧、導師) |
人名 |
歌数 唱:0.1 |
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1 | 源氏:独詠.唱和 | 50.7 | |
2 | 紫の上 | 16.1 | |
3 | 明石の君 | 15 | |
4 | 玉鬘 | 13 | |
5 | 朧月夜 | 11 | |
6 | 藤壺 | 10 | |
7 | 頭中将 | 10 | |
8 | 空蝉 | 7 | |
9 | 末摘花 | 7 | |
10 | 六条御息所 | 7 | |
11 | 朝顔 | 7 | |
上位10人・女率90% | |||
12 | 尼君=紫祖母 | 5 | |
13 | 源典侍 | 5 | |
14 | 女三宮 | 5 | |
15 | 冷泉院 | 4.1 | |
16 | 夕顔 | 4 | |
17 | 斎宮 | 4 | |
18 | 花散里 | 4 | |
19 | 蛍宮 | 3.2 | |
20 | 大宮=葵の母 | 3 | |
21 | 五節 | 3 | |
上位20人・女率85% | |||
22 | 明石入道 | 2 | |
23 | 明石尼君 | 2 | |
24 | 中将の君② | 2 | |
25 | 北山の僧都 | 1.1 | |
26 | 王命婦=藤壺付女房 | 1.1 | |
27 | 右近将監 | 1.1 | |
28 | 惟光 | 1.1 | |
29 | 朱雀院 | 1.1 | |
30 | 夕霧 | 1.1 | |
31 | 中将の君① | 1 | |
32 | 軒端荻 | 1 | |
33 | 少納言の乳母 | 1 | |
34 | 忍んで通う所 | 1 | |
35 | 侍従の君 | 1 | |
36 | 花散里方女房 | 1 | |
37 | 麗景殿:花散姉 | 1 | |
38 | 宣旨の娘 | 1 | |
39 | 導師 | 1 | |
40 | 北山の聖 | 0.1 | |
41 | 親王=藤壺兄 | 0.1 | |
42 | 良清 | 0.1 | |
43 | 頭中将② | 0.1 | |
44 | 左大弁 | 0.1 | |
45 | 柏木 | 0.1 | |
46 | 紅梅 | 0.1 | |
47 | 明石姫君 | 0.1 | |
女率62% | 214+7 |
上記の傾向から、唱和は男の場合は仕事、女の場合は家族的関係による。
原文 (定家本) |
現代語訳 (渋谷栄一) |
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桐壺(きりつぼ) 0/9首 |
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帚木(ははきぎ) 3/14首 |
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相手内訳:3(空蝉) | ||
19 贈 |
つれなきを 恨みも果てぬ しののめに とりあへぬまで おどろかすらむ |
〔空蝉←〕 あなたの冷たい態度に恨み言を十分に言わないうちに夜もしらみかけ 鶏までが取るものも取りあえぬまであわただしく鳴いてわたしを起こそうとするのでしょうか |
21 贈:独 |
見し夢を 逢ふ夜ありやと 嘆くまに 目さへあはでぞ ころも経にける |
〔空蝉←〕 夢が現実となったあの夜以来、再び逢える夜があろうかと嘆いているうちに 目までが合わさらないで眠れない夜を幾夜も送ってしまいました |
22 贈 |
帚木の 心を知らで 園原の 道にあやなく 惑ひぬるかな |
〔空蝉←〕近づけば消えるという帚木のような、あなたの心も知らないで 近づこうとして、園原への道に空しく迷ってしまったことです |
空蝉(うつせみ) 1/2首 |
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相手内訳:1(空蝉) | ||
24 贈:独 |
空蝉の 身をかへてける 木のもとに なほ人がらの なつかしきかな |
〔空蝉←〕 あなたは蝉が殻を脱ぐように、衣を脱ぎ捨てて逃げ去っていったが その木の下でやはりあなたの人柄が懐かしく思われますよ |
夕顔 11/19首 |
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相手内訳:4(夕顔)、3(源氏)、2(空蝉)、1×2(中将の君、軒端荻) | ||
27 答 |
寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 花の夕顔 |
〔夕顔→〕もっと近寄ってどなたかとはっきり見ましょう 黄昏時にぼんやりと見えた美しい花の夕顔を |
28 贈 |
咲く花に 移るてふ名は つつめども 折らで過ぎ憂き 今朝の朝顔 |
〔中将の君←〕 美しく咲いている花のようなそなたに心を移したという評判は憚られますが やはり手折らずには素通りしがたい今朝の朝顔の花です |
30 贈 |
優婆塞が 行ふ道を しるべにて 来む世も深き 契り違ふな |
〔夕顔←〕 優婆塞が勤行しているのを道しるべにして 来世にも深い約束に背かないで下さい |
32 贈 |
いにしへも かくやは人の 惑ひけむ 我がまだ知らぬ しののめの道 |
〔夕顔←〕昔の人もこのように恋の道に迷ったのだろうか わたしには経験したことのない明け方の道だ |
34 贈 |
夕露に 紐とく花は 玉鉾の たよりに見えし 縁にこそありけれ |
〔夕顔←〕 夕べの露を待って花開いて顔をお見せするのは 道で出逢った縁からなのですよ |
36 独 |
見し人の 煙を雲と 眺むれば 夕べの空も むつましきかな |
〔源氏〕 契った人の火葬の煙をあの雲かと思って見ると この夕方の空も親しく思われるよ |
38 答 |
空蝉の 世は憂きものと 知りにしを また言の葉に かかる命よ |
〔空蝉→〕あなたとのはかない仲は嫌なものと知ってしまいましたが またもあなたの言の葉に期待を掛けて生きていこうと思います |
39 贈 |
ほのかにも 軒端の荻を 結ばずは 露のかことを 何にかけまし |
〔軒端荻:空蝉の継娘←〕 一夜の逢瀬なりとも軒端の荻を結ぶ契りをしなかったら わずかばかりの恨み言も何を理由に言えましょうか |
41 独 |
泣く泣くも 今日は我が結ふ 下紐を いづれの世にか とけて見るべき |
〔源氏〕泣きながら今日はわたしが結ぶ袴の下紐を いつの世にかまた再会して心打ち解けて下紐を解いて逢うことができようか |
42 贈 |
逢ふまでの 形見ばかりと 見しほどに ひたすら袖の 朽ちにけるかな |
〔空蝉←〕再び逢う時までの形見の品ぐらいに思って持っていましたが すっかり涙で朽ちるまでになってしまいました |
44 独 |
過ぎにしも 今日別るるも 二道に 行く方知らぬ 秋の暮かな |
〔源氏〕亡くなった人も今日別れて行く人もそれぞれの道に どこへ行くのか知れない秋の暮れだなあ |
若紫 12/25首 |
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相手内訳:5(尼君=紫祖母)、1.1×2(僧都:尼君兄、源氏)、1×4(藤壺、少納言の乳母、忍びて通ひたまふ所、紫の上)、0.1(聖) | ||
47 贈 |
初草の 若葉の上を 見つるより 旅寝の袖も 露ぞ乾かぬ |
〔尼君=紫祖母←〕初草のごときうら若き少女を見てからは わたしの旅寝の袖は恋しさの涙の露ですっかり濡れております |
49 贈 |
吹きまよふ 深山おろしに 夢さめて 涙もよほす 滝の音かな |
〔僧都=尼君兄←〕 深山おろしの懺法の声に煩悩の夢が覚めて 感涙を催す滝の音であることよ |
51 唱 |
宮人に 行きて語らむ 山桜 風よりさきに 来ても見るべく |
〔源氏+僧都+聖〕大宮人に帰って話して聞かせましょう、この山桜の美しいことを 風の吹き散らす前に来て見るようにと |
54 贈 |
夕まぐれ ほのかに花の 色を見て 今朝は霞の 立ちぞわづらふ |
〔尼君=紫祖母←〕 昨日の夕暮時にわずかに美しい花を見ましたので 今朝は霞の空に立ち去りがたい気がします |
56 贈 |
面影は 身をも離れず 山桜 心の限り とめて来しかど |
〔尼君=紫祖母←〕 あなたの山桜のように美しい面影はわたしの身から離れません 心のすべてをそちらに置いて来たのですが |
58 贈 |
あさか山 浅くも人を 思はぬに など山の井の かけ離るらむ |
〔尼君=紫祖母←〕 浅香山のように浅い気持ちで思っているのではないのに どうして山の井に影が宿らないようにわたしからかけ離れていらっしゃるのでしょう |
60 贈 |
見てもまた 逢ふ夜まれなる 夢のうちに やがて紛るる 我が身ともがな |
〔藤壺←〕 お逢いしても再び逢うことの難しい夢のようなこの世なので 夢の中にそのまま消えてしまいとうございます |
62 贈:独 |
いはけなき 鶴の一声 聞きしより 葦間になづむ 舟ぞえならぬ |
〔尼君=紫祖母←〕 かわいい鶴の一声を聞いてから 葦の間を行き悩む舟はただならぬ思いをしています |
63 独 |
手に摘みて いつしかも見む 紫の 根にかよひける 野辺の若草 |
〔源氏〕 手に摘んで早く見たいものだ 紫草にゆかりのある野辺の若草を |
64 贈 |
あしわかの 浦にみるめは かたくとも こは立ちながら かへる波かは |
〔少納言の乳母←〕若君にお目にかかることは難しかろうとも 和歌の浦の波のようにこのまま立ち帰ることはしません |
66 贈 |
朝ぼらけ 霧立つ空の まよひにも 行き過ぎがたき 妹が門かな |
〔(下仕え女返歌)忍びて通ひたまふ所←〕 曙に霧が立ちこめた空模様につけても 素通りし難い貴女の家の前ですね |
68 贈 |
ねは見ねど あはれとぞ思ふ 武蔵野の 露分けわぶる 草のゆかりを |
〔紫の上←〕 まだ一緒に寝てはみませんが愛しく思われます 武蔵野の露に難儀する紫のゆかりのあなたを |
末摘花(すえつむはな) 9/14首 |
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相手内訳:4(末摘花)、3(源氏:うち一首に大輔命婦(末摘花方に出入りする帝付き女房)独答)、1×2(頭中将、侍従の君=末摘花の乳母子) | ||
71 答 |
里わかぬ かげをば見れど ゆく月の いるさの山を 誰れか尋ぬる |
〔頭中将→〕 どの里も遍く照らす月は空に見えても その月が隠れる山まで尋ねて来る人はいませんよ |
72 贈 |
いくそたび 君がしじまに まけぬらむ ものな言ひそと 言はぬ頼みに |
〔末摘花←〕 何度あなたの沈黙に負けたことでしょう ものを言うなとおっしゃらないことを頼みとして |
74 答 |
言はぬをも 言ふにまさると 知りながら おしこめたるは 苦しかりけり |
〔侍従の君代答→〕何もおっしゃらないのは口に出して言う以上なのだとは知っていますが、 やはりずっと黙っていらっしゃるのは辛いものですよ |
75 贈 |
夕霧の 晴るるけしきも まだ見ぬに いぶせさそふる 宵の雨かな |
〔末摘花←〕 夕霧が晴れる気配をまだ見ないうちに、 さらに気持ちを滅入らせる宵の雨まで降ることよ。 |
77 贈:独 |
朝日さす 軒の垂氷は 解けながら などかつららの 結ぼほるらむ |
〔末摘花←〕 朝日がさしている軒のつららは解けましたのに どうしてあなたの心は氷のまま解けないでいるのでしょう |
78 独 |
降りにける 頭の雪を 見る人も 劣らず濡らす 朝の袖かな |
〔源氏〕 老人の白髪頭に積もった雪を見ると その人以上に、今朝は涙で袖を濡らすことだ |
80 独 |
なつかしき 色ともなしに 何にこの すゑつむ花を 袖に触れけむ |
〔(大輔命婦独答←)源氏〕 格別親しみを感じる花でもないのにどうしてこの 末摘花のような女に手をふれることになったのだろう |
82 答 |
逢はぬ夜を へだつるなかの 衣手に 重ねていとど 見もし見よとや |
〔末摘花←〕 逢わない夜が多いのに間を隔てる衣とは ますます重ねて見なさいということですか |
83 独 |
紅の 花ぞあやなく うとまるる 梅の立ち枝は なつかしけれど |
〔源氏〕 紅の花はわけもなく嫌な感じがする 梅の立ち枝に咲いた花は慕わしく思われるが |
紅葉賀(もみじのが) 9/17首 |
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相手内訳:3(源典侍)、2×2(藤壺、頭中将)、1×2(王命婦=藤壺付女房、源氏) | ||
84 贈 |
もの思ふに 立ち舞ふべくも あらぬ身の 袖うち振りし 心知りきや |
〔藤壺←〕つらい気持ちのまま立派に舞うことなどはとてもできそうもないわが身が 袖を振って舞った気持ちはお分りいただけましたでしょうか |
86 贈 |
いかさまに 昔結べる 契りにて この世にかかる なかの隔てぞ |
〔王命婦=藤壺付女房←〕 どのように前世で約束を交わした縁で この世にこのような二人の仲に隔てがあるのだろうか |
88 贈 |
よそへつつ 見るに心は なぐさまで 露けさまさる 撫子の花 |
〔藤壺←〕 思いよそえて見ているが、気持ちは慰まず、 涙を催させる撫子の花の花であるよ |
91 答 |
笹分けば 人やとがめむ いつとなく 駒なつくめる 森の木隠れ |
〔源典侍→〕笹を分けて入って逢いに行ったら人が注意しましょう、 いつでもたくさんの馬を手懐けている森の木陰では |
93 答 |
人妻は あなわづらはし 東屋の 真屋のあまりも 馴れじとぞ思ふ |
〔源典侍→〕 人妻はもう面倒です、 あまり親しくなるまいと思います |
95 答 |
隠れなき ものと知る知る 夏衣 着たるを薄き 心とぞ見る |
〔頭中将→〕この女との仲まで知られてしまうのを承知の上でやって来て 夏衣を着るとは、何と薄情で浅薄なお気持ちかと思いますよ |
97 答 |
荒らだちし 波に心は 騒がねど 寄せけむ磯を いかが恨みぬ |
〔源典侍→〕荒々しく暴れた波――頭中将には驚かないが、 それを寄せつけた磯――あなたをどうして恨まずにはいられようか |
98 贈 |
なか絶えば かことや負ふと 危ふさに はなだの帯を 取りてだに見ず |
〔頭中将←〕あなた方の仲が切れたらわたしのせいだと非難されようかと思ったが、 この縹の帯などわたしには関係ありません |
100 独 |
尽きもせぬ 心の闇に 暮るるかな 雲居に人を 見るにつけても |
〔源氏〕 尽きない恋の思いに何も見えない、 はるかに高い地位につかれる方を仰ぎ見るにつけても |
花宴(はなのえん) 4/8首 |
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相手内訳:4(朧月夜) | ||
102 贈:独 |
深き夜の あはれを知るも 入る月の おぼろけならぬ 契りとぞ思ふ |
〔朧月夜←〕趣深い春の夜更けの情趣をご存知でいられるのも 前世からの浅からぬ御縁があったものと存じます |
104 答 |
いづれぞと 露のやどりを 分かむまに 小笹が原に 風もこそ吹け |
〔朧月夜→〕どなたであろうかと家を探しているうちに 世間に噂が立ってだめになってしまうといけないと思いまして |
105 贈:独 |
世に知らぬ 心地こそすれ 有明の 月のゆくへを 空にまがへて |
〔朧月夜←〕今までに味わったことのない気がする 有明の月の行方を途中で見失ってしまって |
107 贈 |
梓弓 いるさの山に 惑ふかな ほの見し月の 影や見ゆると |
〔朧月夜←〕月の入るいるさの山の周辺でうろうろと迷っています かすかに見かけた有明の月をまた見ることができようかと |
葵 13/24首 |
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相手内訳:4(源氏)、2×3(紫の上、六条御息所、大宮=葵と頭中将の母)、1×3(源典侍、頭中将、朝顔) | ||
110 贈 |
はかりなき 千尋の底の 海松ぶさの 生ひゆくすゑは 我のみぞ見む |
〔紫の上←〕限りなく深い海の底に生える海松のように 豊かに成長してゆく黒髪はわたしだけが見届けよう |
113 答 |
かざしける 心ぞあだに おもほゆる 八十氏人に なべて逢ふ日を |
〔源典侍→〕そのようにおっしゃるあなたの心こそ当てにならないものと思いますよ たくさんの人々に誰彼となく靡くものですから |
116 答 |
浅みにや 人はおりたつ わが方は 身もそぼつまで 深き恋路を |
〔六条御息所→〕袖が濡れるとは浅い所にお立ちだからでしょう わたしは全身ずぶ濡れになるほど深い泥(こひじ)――恋路に立っております |
118 独 |
のぼりぬる 煙はそれと わかねども なべて雲居の あはれなるかな |
〔源氏〕空に上った煙は雲と混ざり合ってそれと区別がつかないが おしなべてどの雲もしみじみと眺められることよ |
119 独 |
限りあれば 薄墨衣 浅けれど 涙ぞ袖を 淵となしける |
〔源氏〕きまりがあるので薄い色の喪服を着ているが 涙で袖は淵のように深く悲しみに濡れている |
121 答 |
とまる身も 消えしもおなじ 露の世に 心置くらむ ほどぞはかなき |
〔六条御息所→〕生き残った者も死んだ者も同じ露のようにはかない世に 心の執着を残して置くことはつまらないことです |
123 答 |
見し人の 雨となりにし 雲居さへ いとど時雨に かき暮らすころ |
〔頭中将→〕妻が雲となり雨となってしまった空までが ますます時雨で暗く泣き暮らしている今日この頃だ |
124 贈 |
草枯れの まがきに残る 撫子を 別れし秋の かたみとぞ見る |
〔大宮=葵の母←〕草の枯れた垣根に咲き残っている撫子の花を 秋に死別れたお方の形見と思って見ています |
126 贈 |
わきてこの 暮こそ袖は 露けけれ もの思ふ秋は あまた経ぬれど |
〔朝顔←〕とりわけ今日の夕暮れは涙に袖を濡らしております 今までにも物思いのする秋はたくさん経験してきたのですが |
128 独 |
なき魂ぞ いとど悲しき 寝し床の あくがれがたき 心ならひに |
〔源氏〕亡くなった人の魂もますます離れがたく悲しく思っていることだろう 共に寝た床をわたしも離れがたく思うのだから |
129 独 |
君なくて 塵つもりぬる 常夏の 露うち払ひ いく夜寝ぬらむ |
〔源氏〕あなたが亡くなってから塵の積もった床に 涙を払いながら幾晩独り寝をしたことだろうか |
130 贈:独 |
あやなくも 隔てけるかな 夜をかさね さすがに馴れし 夜の衣を |
〔紫の上←〕どうして長い間何でもない間柄でいたのでしょう 幾夜も幾夜も馴れ親しんで来た仲なのに |
131 贈 |
あまた年 今日改めし 色衣 着ては涙ぞ ふる心地する |
〔大宮=葵の母←〕何年来も元日毎に参っては着替えをしてきた晴着だが それを着ると今日は涙がこぼれる思いがする |
賢木(さかき) 16/33首 |
||
相手内訳:5(藤壺)、3(六条御息所)、2(朧月夜)、1.1(源氏)、1×4(斎宮、紫の上、朝顔、頭中将)、0.1×2(藤壺兄、藤壺付女房) | ||
134 答 |
少女子が あたりと思へば 榊葉の 香をなつかしみ とめてこそ折れ |
〔六条御息所→〕少女子がいる辺りだと思うと 榊葉が慕わしくて探し求めて参ったのです |
135 贈 |
暁の 別れはいつも 露けきを こは世に知らぬ 秋の空かな |
〔六条御息所←〕明け方の別れにはいつも涙に濡れたが 今朝の別れは今までにない涙に曇る秋の空ですね |
137 贈 |
八洲もる 国つ御神も 心あらば 飽かぬ別れの 仲をことわれ |
〔斎宮←〕大八洲をお守りあそばす国つ神もお情けがあるならば 尽きぬ思いで別れなければならないわけをお聞かせ下さい |
140 贈 |
振り捨てて 今日は行くとも 鈴鹿川 八十瀬の波に 袖は濡れじや |
〔六条御息所←〕わたしを振り捨てて今日は旅立って行かれるが、鈴鹿川を 渡る時に袖を濡らして後悔なさいませんでしょうか |
142 独 |
行く方を 眺めもやらむ この秋は 逢坂山を 霧な隔てそ |
〔源氏〕あの行った方角を眺めていよう、今年の秋は 逢うという逢坂山を霧よ隠さないでおくれ |
144 唱 |
さえわたる 池の鏡の さやけきに 見なれし影を 見ぬぞ悲しき |
〔親王(藤壺兄)+源氏+王命婦(藤壺付女房)〕氷の張りつめた池が鏡のようになっているが 長年見慣れたそのお姿を見られないのが悲しい |
147 答 |
嘆きつつ わが世はかくて 過ぐせとや 胸のあくべき 時ぞともなく |
〔朧月夜→〕嘆きながら一生をこのように過ごせというのでしょうか 胸の思いの晴れる間もないのに |
148 贈 |
逢ふことの かたきを今日に 限らずは 今幾世をか 嘆きつつ経む |
〔藤壺←〕お逢いすることの難しさが今日でおしまいでないならば いく転生にわたって嘆きながら過すことでしょうか |
150 贈 |
浅茅生の 露のやどりに 君をおきて 四方の嵐ぞ 静心なき |
〔紫の上←〕浅茅生に置く露のようにはかないこの世にあなたを置いてきたので まわりから吹きつける世間の激しい風を聞くにつけ気ががりでなりません |
152 贈 |
かけまくは かしこけれども そのかみの 秋思ほゆる 木綿欅かな |
〔朝顔←〕口に上して言うことは恐れ多いことですけれど その昔の秋のころのことが思い出されます |
155 答 |
月影は 見し世の秋に 変はらぬを 隔つる霧の つらくもあるかな |
〔藤壺→〕月の光は昔の秋と変わりませんのに 隔てる霧のあるのがつらく思われるのです |
157 答 |
あひ見ずて しのぶるころの 涙をも なべての空の 時雨とや見る |
〔朧月夜→〕お逢いできずに恋い忍んで泣いている涙の雨までを ありふれた秋の時雨とお思いなのでしょうか |
158 贈 |
別れにし 今日は来れども 見し人に 行き逢ふほどを いつと頼まむ |
〔藤壺←〕故院にお別れ申した日がめぐって来ましたが、雪は降っても その人にまた行きめぐり逢える時はいつと期待できようか |
160 贈 |
月のすむ 雲居をかけて 慕ふとも この世の闇に なほや惑はむ |
〔藤壺←〕月のように心澄んだ御出家の境地をお慕い申しても なおも子どもゆえのこの世の煩悩に迷い続けるのであろうか |
162 贈 |
ながめかる 海人のすみかと 見るからに まづしほたるる 松が浦島 |
〔藤壺←〕海人が住む松が浦島という、 物思いに沈んでいらっしゃるお住まいかと存じますと何より先に涙に暮れてしまいます |
165 答 |
時ならで 今朝咲く花は 夏の雨に しをれにけらし 匂ふほどなく |
〔頭中将→〕時節に合わず今朝咲いた花は夏の雨に 萎れてしまったらしい、美しさを見せる間もなく |
花散里(はなちるさと) 2/4首 |
||
相手内訳:1×2(花散里方女房、麗景殿女御:花散里姉) | ||
166 贈 |
をちかへり えぞ忍ばれぬ ほととぎす ほの語らひし 宿の垣根に |
〔花散里方女房←〕昔にたちかえって懐かしく思わずにはいられない、ほととぎすの声だ かつてわずかに契りを交わしたこの家なので |
168 贈 |
橘の香を なつかしみ ほととぎす 花散る里を たづねてぞとふ |
〔麗景殿女御:花散里姉←〕昔を思い出させる橘の香を懐かしく思って ほととぎすが花の散ったこのお邸にやって来ました |
須磨 28/48首 |
||
相手内訳:12.1(源氏)、2×5(紫の上、朧月夜、藤壺、六条御息所、頭中将)、1.1(右近将監)、1×4(大宮=葵の母、花散里、冷泉院、五節)、0.1×2(良清、惟光) | ||
170 贈 |
鳥辺山 燃えし煙も まがふやと 海人の塩焼く 浦見にぞ行く |
〔大宮=葵の母←〕あの鳥辺山で火葬にした妻の煙に似てはいないかと 海人が塩を焼く煙を見に行きます |
172 贈 |
身はかくて さすらへぬとも 君があたり 去らぬ鏡の 影は離れじ |
〔紫の上←〕たとえわが身はこのように流浪しようとも 鏡に映った影はあなたの元を離れずに残っていましょう |
175 答 |
行きめぐり つひにすむべき 月影の しばし雲らむ 空な眺めそ |
〔花散里→〕大空を行きめぐって、ついには澄むはずの月の光ですから しばらくの間曇っているからといって悲観なさいますな |
176 贈 |
逢ふ瀬なき 涙の河に 沈みしや 流るる澪の 初めなりけむ |
〔朧月夜←〕あなたに逢えないことに涙を流したことが 流浪する身の上となるきっかけだったのでしょうか |
179 答 |
別れしに 悲しきことは 尽きにしを またぞこの世の 憂さはまされる |
〔藤壺→〕父院にお別れした折に悲しい思いを尽くしたと思ったはずなのに またもこの世のさらに辛いことに遭います |
181 答 |
憂き世をば 今ぞ別るる とどまらむ 名をば糺の 神にまかせて |
〔右近の将監の蔵人←〕辛い世の中を今離れて行きます、後に残る 噂の是非は、糺の神にお委ねして |
182 独 |
亡き影や いかが見るらむ よそへつつ 眺むる月も 雲隠れぬる |
〔源氏〕亡き父上はどのように御覧になっていらっしゃることだろうか 父上のように思って見ていた月の光も雲に隠れてしまった |
183 贈 |
いつかまた 春の都の 花を見む 時失へる 山賤にして |
〔冷泉院(藤壺と源氏の子)←〕いつ再び春の都の花盛りを見ることができましょうか 時流を失った山賤のわが身となって |
185 贈 |
生ける世の 別れを知らで 契りつつ 命を人に 限りけるかな |
〔紫の上←〕生きている間にも生き別れというものがあるとは知らずに 命のある限りは一緒にと信じていましたことよ |
187 独 |
唐国に 名を残しける 人よりも 行方知られぬ 家居をやせむ |
〔源氏〕唐国で名を残した人以上に 行方も知らない侘住まいをするのだろうか |
188 独 |
故郷を 峰の霞は 隔つれど 眺むる空は 同じ雲居か |
〔源氏〕住みなれた都の方を峰の霞は遠く隔てているが わたしが悲しい気持ちで眺めている空は都であの人が眺めているのと同じ空なのだ |
189 贈 |
松島の 海人の苫屋も いかならむ 須磨の浦人 しほたるるころ |
〔藤壺←〕私の帰りを待っていらっしゃる出家されたあなた様はいかがお過ごしでしょうか わたしは須磨の浦で涙に泣き濡れております今日このごろです |
190 贈 |
こりずまの 浦のみるめの ゆかしきを 塩焼く海人や いかが思はむ |
〔朧月夜←〕性懲りもなくお逢いしたく思っていますが あなた様はどう思っておいででしょうか |
196 答 |
伊勢人の 波の上 漕ぐ小舟にも うきめは刈らで 乗らましものを |
〔六条御息所→〕伊勢人が波の上を漕ぐ舟に一緒に乗ってお供すればよかったものを 須磨で浮海布など刈って辛い思いをしているよりは |
197 答 |
海人がつむ なげきのなかに 塩垂れて いつまで須磨の 浦に眺めむ |
〔六条御息所→〕海人が積み重ねる投げ木の中に涙に濡れて いつまで須磨の浦にさすらっていることでしょう |
199 独 |
恋ひわびて 泣く音にまがふ 浦波は 思ふ方より 風や吹くらむ |
〔源氏〕恋いわびて泣くわが泣き声に交じって波音が聞こえてくるが それは恋い慕っている都の方から風が吹くからであろうか |
200 唱 |
初雁は 恋しき人の 列なれや 旅の空飛ぶ 声の悲しき |
〔源氏+良清+惟光+前右近将督〕初雁は恋しい人の仲間なのだろうか 旅の空を飛んで行く声が悲しく聞こえる |
204 独 |
見るほどぞ しばし慰む めぐりあはむ 月の都は 遥かなれども |
〔源氏〕見ている間は暫くの間だが心慰められる また廻り逢おうと思う月の都は、遥か遠くではあるが |
205 独 |
憂しとのみ ひとへにものは 思ほえで 左右にも 濡るる袖かな |
〔源氏〕辛いとばかり一途に思うこともできず 恋しさと辛さとの両方に濡れるわが袖よ |
207 答 |
心ありて 引き手の綱の たゆたはば うち過ぎましや 須磨の浦波 |
〔五節←〕わたしを思う心があって引手綱のように揺れるというならば 通り過ぎて行きましょうか、この須磨の浦を |
208 独 |
山賤の 庵に焚ける しばしばも 言問ひ来なむ 恋ふる里人 |
〔源氏〕賤しい山人が粗末な家で焼いている柴のように しばしば便りを寄せてほしいわが恋しい都の人よ |
209 独 |
いづ方の 雲路に我も 迷ひなむ 月の見るらむ ことも恥づかし |
〔源氏〕どの方角の雲路にわたしも迷って行くことであろう 月が見ているだろうことも恥ずかしい |
210 独 |
友千鳥 諸声に鳴く 暁は ひとり寝覚の 床も頼もし |
〔源氏〕友千鳥が声を合わせて鳴いている明け方は 独り寝覚めて泣くわたしも心強い気がする |
211 独 |
いつとなく 大宮人の 恋しきに 桜かざしし 今日も来にけり |
〔源氏〕いつと限らず大宮人が恋しく思われるのに 桜をかざして遊んだその日がまたやって来た |
212 贈 |
故郷を いづれの春か 行きて見む うらやましきは 帰る雁がね |
〔頭中将←〕ふる里をいつの春にか見ることができるだろう 羨ましいのは今帰って行く雁だ |
214 贈 |
雲近く 飛び交ふ鶴も 空に見よ 我は春日の 曇りなき身ぞ |
〔頭中将←〕雲の近くを飛びかっている鶴よ、雲上人よ、はっきりとご照覧あれ わたしは春の日のようにいささかも疚しいところのない身です |
216 独 |
知らざりし 大海の原に 流れ来て ひとかたにやは ものは悲しき |
〔源氏〕見も知らなかった大海原に流れきて 人形に一方ならず悲しく思われることよ |
217 独 |
八百よろづ 神もあはれと 思ふらむ 犯せる罪の それとなければ |
〔源氏〕八百万の神々もわたしを哀れんでくださるでしょう これといって犯した罪はないのだから |
明石 17/30首 |
||
相手内訳:8(明石の君)、3(源氏)、2×2(紫の上、明石入道)、1×2(朱雀院、五節) | ||
219 独 |
海にます 神の助けに かからずは 潮の八百会に さすらへなまし |
〔源氏〕海に鎮座まします神の御加護がなかったならば 潮の渦巻く遥か沖合に流されていたことであろう |
220 贈:独 |
遥かにも 思ひやるかな 知らざりし 浦よりをちに 浦伝ひして |
〔紫の上←〕遥か遠くより思いやっております 知らない浦からさらに遠くの浦に流れ来ても |
221 独 |
あはと見る 淡路の島の あはれさへ 残るくまなく 澄める夜の月 |
〔源氏〕ああと、しみじみ眺める淡路島の悲しい情趣まで すっかり照らしだす今宵の月であることよ |
223 答 |
旅衣 うら悲しさに 明かしかね 草の枕は 夢も結ばず |
〔明石入道→〕旅の生活の寂しさに夜を明かしかねて 安らかな夢を見ることもありません |
224 贈 |
をちこちも 知らぬ雲居に 眺めわび かすめし宿の 梢をぞ訪ふ |
〔明石の君←〕何もわからない土地にわびしい生活を送っていましたが お噂を耳にしてお便りを差し上げます |
226 贈 |
いぶせくも 心にものを 悩むかな やよやいかにと 問ふ人もなみ |
〔明石の君←〕悶々として心の中で悩んでおります いかがですかと尋ねてくださる人もいないので |
228 独 |
秋の夜の 月毛の駒よ 我が恋ふる 雲居を翔れ 時の間も見む |
〔源氏〕秋の夜の月毛の駒よ、わが恋する都へ天翔っておくれ 束の間でもあの人に会いたいので |
229 贈 |
むつごとを 語りあはせむ 人もがな 憂き世の夢も なかば覚むやと |
〔明石の君←〕睦言を語り合える相手が欲しいものです この辛い世の夢がいくらかでも覚めやしないかと |
231 贈 |
しほしほと まづぞ泣かるる かりそめの みるめは海人の すさびなれども |
〔紫の上←〕あなたのことが思い出されて、さめざめと泣けてしまいます かりそめの恋は海人のわたしの遊び事ですけれども |
233 贈 |
このたびは 立ち別るとも 藻塩焼く 煙は同じ 方になびかむ |
〔明石の君←〕今はいったんお別れしますが、藻塩焼く 煙が同じ方向にたなびいているようにいずれは一緒に暮らしましょう |
236 答 |
逢ふまでの かたみに契る 中の緒の 調べはことに 変はらざらなむ |
〔明石の君→〕今度逢う時までの形見に残した琴の中の緒の調子のように 二人の仲の愛情も、格別変わらないでいて欲しいものです |
237 贈 |
うち捨てて 立つも悲しき 浦波の 名残いかにと 思ひやるかな |
〔明石の君←〕あなたを置いて明石の浦を旅立つわたしも悲しい気がしますが 後に残ったあなたはさぞやどのような気持ちでいられることかお察しします |
240 答 |
かたみにぞ 換ふべかりける 逢ふことの 日数隔てむ 中の衣を |
〔明石の君→〕お互いに形見として着物を交換しましょう また逢える日までの間の二人の仲の、この中の衣を |
242 答 |
都出でし 春の嘆きに 劣らめや 年経る浦を 別れぬる秋 |
〔明石入道→〕都を立ち去ったあの春の悲しさに決して劣ろうか 年月を過ごしてきたこの浦を離れる悲しい秋は |
243 贈 |
わたつ海に しなえうらぶれ 蛭の児の 脚立たざりし 年は経にけり |
〔朱雀院←〕海浜でうちしおれて落ちぶれながら蛭子のように 立つこともできず三年を過ごして来ました |
245 贈:独 |
嘆きつつ 明石の浦に 朝霧の 立つやと人を 思ひやるかな |
〔明石の君←〕お嘆きになりながら暮らしていらっしゃる明石の浦には 嘆きの息が朝霧となって立ちこめているのではないかと思いやっています |
247 答 |
帰りては かことやせまし 寄せたりし 名残に袖の 干がたかりしを |
〔五節→〕かえってこちらこそ愚痴を言いたいくらいです、ご好意を寄せていただいて それ以来涙に濡れて袖が乾かないものですから |
澪標(みおつくし) 9/17首 |
||
相手内訳:3(明石の君)、1×6(宣旨の娘、紫の上、花散里、惟光、源氏、斎宮) | ||
248 贈 |
かねてより 隔てぬ仲と ならはねど 別れは惜しき ものにぞありける |
〔宣旨の娘=明石姫君乳母←〕以前から特に親しい仲であったわけではないが 別れは惜しい気がするものであるよ |
250 贈 |
いつしかも 袖うちかけむ をとめ子が 世を経て撫づる 岩の生ひ先 |
〔明石の君←〕早くわたしの手元に姫君を引き取って世話をしてあげたい 天女が羽衣で岩を撫でるように幾千万年も姫の行く末を祝って |
253 答 |
誰れにより 世を海山に 行きめぐり 絶えぬ涙に 浮き沈む身ぞ |
〔紫の上→〕いったい誰のために憂き世を海や山にさまよって 止まることのない涙を流して浮き沈みしてきたのでしょうか |
254 贈 |
海松や 時ぞともなき 蔭にゐて 何のあやめも いかにわくらむ |
〔明石の君←〕海松は、いつも変わらない蔭にいたのでは、 今日が五日の節句の 五十日の祝とどうしてお分りになりましょうか |
257 答 |
おしなべて たたく水鶏に おどろかば うはの空なる 月もこそ入れ |
〔花散里→〕どの家の戸でも叩く水鶏の音に見境なしに戸を開けたら わたし以外の月の光が入って来たら大変だ |
259 答 |
荒かりし 波のまよひに 住吉の 神をばかけて 忘れやはする |
〔惟光→〕あの須磨の大嵐が荒れ狂った時に 念じた住吉の神の御神徳をどうして忘られようぞ |
260 贈 |
みをつくし 恋ふるしるしに ここまでも めぐり逢ひける えには深しな |
〔明石の君←〕身を尽くして恋い慕っていた甲斐のあるここで めぐり逢えたとは、宿縁は深いのですね |
262 独 |
露けさの 昔に似たる 旅衣 田蓑の島の 名には隠れず |
〔源氏〕涙に濡れる旅の衣は、昔、海浜を流浪した時と同じようだ 田蓑の島という名の蓑の名には身は隠れないので |
263 贈 |
降り乱れ ひまなき空に 亡き人の 天翔るらむ 宿ぞ悲しき |
〔斎宮←〕雪や霙がしきりに降り乱れている中空を、亡き母宮の御霊が まだ家の上を離れずに天翔けっていらっしゃるのだろうと悲しく思われます |
蓬生(よもぎう) 2/6首 |
||
相手内訳:1×2(源氏、末摘花) | ||
268 独 |
尋ねても 我こそ訪はめ 道もなく 深き蓬の もとの心を |
〔源氏〕誰も訪ねませんがわたしこそは訪問しましょう 道もないくらい深く茂った蓬の宿の姫君の変わらないお心を |
269 贈 |
藤波の うち過ぎがたく 見えつるは 松こそ宿の しるしなりけれ |
〔末摘花←〕松にかかった藤の花を見過ごしがたく思ったのは その松がわたしを待つというあなたの家の目じるしであったのですね |
関屋 1/3首 |
||
相手内訳:1(空蝉) | ||
272 贈 |
わくらばに 行き逢ふ道を 頼みしも なほかひなしや 潮ならぬ海 |
〔空蝉←〕偶然に近江路でお逢いしたことに期待を寄せていましたが それも効ありませんね、やはり潮海ではないから |
絵合(えあわせ) 1/9首 |
||
相手内訳:1(紫の上) | ||
277 答 |
憂きめ見し その折よりも 今日はまた 過ぎにしかたに かへる涙か |
〔紫の上→〕辛い思いをしたあの当時よりも、今日はまた 再び過去を思い出していっそう涙が流れて来ます |
松風(まつかぜ) 4/16首 |
||
相手内訳:1×3(明石尼君、明石の君、冷泉院)、0.1×3(源氏+頭中将②+左大弁) | ||
291 答 |
いさらゐは はやくのことも 忘れじを もとの主人や 面変はりせる |
〔明石尼君→〕小さな遣水は昔のことも忘れないのに もとの主人は姿を変えてしまったからであろうか |
292 贈 |
契りしに 変はらぬ琴の 調べにて 絶えぬ心の ほどは知りきや |
〔明石の君←〕約束したとおり、琴の調べのように変わらない わたしの心をお分かりいただけましたか |
295 答 |
久方の 光に近き 名のみして 朝夕霧も 晴れぬ山里 |
〔冷泉院→〕桂の里といえば月に近いように思われますが それは名ばかりで朝夕霧も晴れない山里です |
296 唱 |
めぐり来て 手に取るばかり さやけきや 淡路の島の あはと見し月 |
〔源氏+頭中将②+左大弁〕都に帰って来て手に取るばかり近くに見える月は あの淡路島を臨んで遥か遠くに眺めた月と同じ月なのだろうか |
薄雲(うすぐも) 5/10首 |
||
相手内訳:2(明石の君)、1×3(紫の上、源氏、斎宮) | ||
302 答 |
生ひそめし 根も深ければ 武隈の 松に小松の 千代をならべむ |
〔明石の君→〕生まれてきた因縁も深いのだから いづれ一緒に暮らせるようになりましょう |
304 答 |
行きて見て 明日もさね来む なかなかに 遠方人は 心置くとも |
〔紫の上→〕ちょっと行ってみて明日にはすぐに帰ってこよう かえってあちらが機嫌を悪くしようとも |
305 独 |
入り日さす 峰にたなびく 薄雲は もの思ふ袖に 色やまがへる |
〔源氏〕入日が射している峰の上にたなびいている薄雲は 悲しんでいるわたしの喪服の袖の色に似せたのだろうか |
306 贈:独 |
君もさは あはれを交はせ 人知れず わが身にしむる 秋の夕風 |
〔斎宮←〕あなたもそれでは情趣を交わしてください、誰にも知られず 自分ひとりでしみじみと身にしみて感じている秋の夕風ですから |
308 答 |
浅からぬ したの思ひを 知らねばや なほ篝火の 影は騒げる |
〔明石の君→〕わたしの深い気持ちを御存知ないからでしょうか 今でも篝火のようにゆらゆらと心が揺れ動くのでしょう |
朝顔 8/13首 |
||
相手内訳:3×2(朝顔、源氏)、1×2(源典侍、紫の上) | ||
309 贈 |
人知れず 神の許しを 待ちし間に ここらつれなき 世を過ぐすかな |
〔朝顔←〕誰にも知られず賀茂の神のお許しを待っていた間に 長年つらい世を過ごしてきたことよ |
311 贈 |
見し折の つゆ忘られぬ 朝顔の 花の盛りは 過ぎやしぬらむ |
〔朝顔←〕昔拝見したあなたがどうしても忘れられません その朝顔の花は盛りを過ぎてしまったのでしょうか |
313 独 |
いつのまに 蓬がもとと むすぼほれ 雪降る里と 荒れし垣根ぞ |
〔源氏〕いつの間にこの邸は蓬が生い茂り 雪に埋もれたふる里となってしまったのだろう |
315 答 |
身を変へて 後も待ち見よ この世にて 親を忘るる ためしありやと |
〔源典侍→〕来世に生まれ変わった後まで待って見てください この世で子が親を忘れる例があるかどうかと |
316 贈 |
つれなさを 昔に懲りぬ 心こそ 人のつらきに 添へてつらけれ |
〔朝顔←〕昔のつれない仕打ちに懲りもしないわたしの心までが あなたがつらく思う心に加わってつらく思われるのです |
319 答 |
かきつめて 昔恋しき 雪もよに あはれを添ふる 鴛鴦の浮寝か |
〔紫の上→〕何もかも昔のことが恋しく思われる雪の夜に いっそうしみじみと思い出させる鴛鴦の鳴き声であることよ |
320 独 |
とけて寝ぬ 寝覚さびしき 冬の夜に むすぼほれつる 夢の短さ |
〔源氏〕安らかに眠られずふと寝覚めた寂しい冬の夜に 見た夢の何とも短かかったことよ |
321 独 |
亡き人を 慕ふ心に まかせても 影見ぬ三つの 瀬にや惑はむ |
〔源氏〕亡くなった方を恋慕う心にまかせてお尋ねしても その姿も見えない三途の川のほとりで迷うことであろうか |
乙女/少女 3/16首 |
||
相手内訳:1×2(朝顔、五節)、0.1(源氏+朱雀+蛍宮+冷泉) | ||
322 贈 |
かけきやは 川瀬の波も たちかへり 君が禊の 藤のやつれを |
〔朝顔←〕思いもかけませんでした 再びあなたが禊をなさろうとは |
329 贈 |
乙女子も 神さびぬらし 天つ袖 古き世の友 よはひ経ぬれば |
〔五節←〕少女だったあなたも神さびたことでしょう 天の羽衣を着て舞った昔の友も長い年月を経たので |
332 唱 |
鴬の さへづる声は 昔にて 睦れし花の 蔭ぞ変はれる |
〔源氏+朱雀+蛍宮+冷泉〕鴬の囀る声は昔のままですが 馴れ親しんだあの頃とはすっかり時勢が変わってしまいました |
玉鬘(たまかずら) 3/14首 |
||
相手内訳:1×3(玉鬘、源氏、末摘花) | ||
347 贈 |
知らずとも 尋ねて知らむ 三島江に 生ふる三稜の 筋は絶えじを |
〔玉鬘←〕今はご存知なくともやがて聞けばおわかりになりましょう 三島江に生えている三稜のようにわたしとあなたは縁のある関係なのですから |
349 独 |
恋ひわたる 身はそれなれど 玉かづら いかなる筋を 尋ね来つらむ |
〔源氏〕ずっと恋い慕っていたわが身は同じであるが【玉鬘のような】その娘は どのような縁でここに来たのであろうか |
351 答 |
返さむと 言ふにつけても 片敷の 夜の衣を 思ひこそやれ |
〔末摘花→〕お返ししましょうとおっしゃるにつけても独り寝の あなたをお察しいたします |
初音 2/6首 |
||
相手内訳:1×2(紫の上、源氏) | ||
352 贈 |
薄氷 解けぬる池の 鏡には 世に曇りなき 影ぞ並べる |
〔紫の上←〕薄い氷も解けた池の鏡のような面には 世にまたとない二人の影が並んで映っています |
357 独 |
ふるさとの 春の梢に 訪ね来て 世の常ならぬ 花を見るかな |
〔源氏〕昔の邸の春の梢を訪ねて来てみたら 世にも珍しい紅梅の花が咲いていたことよ |
胡蝶 4/14首 |
||
相手内訳:3(玉鬘)、1(蛍宮) | ||
363 答 |
淵に身を 投げつべしやと この春は 花のあたりを 立ち去らで見よ |
〔蛍宮→〕淵に身を投げるだけの価値があるかどうか この春の花の近くを離れないでよく御覧なさい |
367 贈 |
ませのうちに 根深く植ゑし 竹の子の おのが世々にや 生ひわかるべき |
〔玉鬘←〕邸の奥で大切に育てた娘も それぞれ結婚して出て行くわけか |
369 贈 |
橘の 薫りし袖に よそふれば 変はれる身とも 思ほえぬかな |
〔玉鬘←〕あなたを昔懐かしい母君と比べてみますと とても別の人とは思われません |
371 贈:独 |
うちとけて 寝も見ぬものを 若草の ことあり顔に むすぼほるらむ |
〔玉鬘←〕気を許しあって共寝をしたのでもないのに どうしてあなたは意味ありげな顔をして思い悩んでいらっしゃるのでしょう |
蛍 2/8首 |
||
相手内訳:1×2(花散里、玉鬘) | ||
377 答 |
鳰鳥に 影をならぶる 若駒は いつか菖蒲に 引き別るべき |
〔花散里→〕鳰鳥のようにいつも一緒にいる若駒のわたしは いつ菖蒲のあなたに別れたりしましょうか |
378 贈 |
思ひあまり 昔の跡を 訪ぬれど 親に背ける 子ぞたぐひなき |
〔玉鬘←〕思いあまって昔の本を捜してみましたが 親に背いた子供の例はありませんでしたよ |
常夏 1/4首 |
||
相手内訳:1(玉鬘) | ||
380 贈 |
撫子の とこなつかしき 色を見ば もとの垣根を 人や尋ねむ |
〔玉鬘←〕撫子の花の色のようにいつ見ても美しいあなたを見ると 母親の行く方を内大臣は尋ねられることだろうな |
篝火(かがりび) 1/2首 |
||
相手内訳:1(玉鬘) | ||
384 贈 |
篝火に たちそふ恋の 煙こそ 世には絶えせぬ 炎なりけれ |
〔玉鬘←〕篝火とともに立ち上る恋の煙は 永遠に消えることのないわたしの思いなのです |
野分(のわき) 1/4首 |
||
相手内訳:1(玉鬘) | ||
388 答 |
下露に なびかましかば 女郎花 荒き風には しをれざらまし |
〔玉鬘→〕下葉の露になびいたならば 女郎花は荒い風には萎れないでしょうに |
行幸(みゆき) 4/9首 |
||
相手内訳:1×4(冷泉院、玉鬘、末摘花、頭中将) | ||
391 答 |
小塩山 深雪積もれる 松原に 今日ばかりなる 跡やなからむ |
〔冷泉院→〕小塩山に深雪が積もった松原に 今日ほどの盛儀は先例がないでしょう |
393 答 |
あかねさす 光は空に 曇らぬを などて行幸に 目をきらしけむ |
〔玉鬘→〕日の光は曇りなく輝いていましたのに どうして行幸の日に雪のために目を曇らせたのでしょう |
396 答 |
唐衣 また唐衣 唐衣 かへすがへすも 唐衣なる |
〔末摘花→〕唐衣、また唐衣、唐衣 いつもいつも唐衣とおっしゃいますね |
398 答 |
よるべなみ かかる渚に うち寄せて 海人も尋ねぬ 藻屑とぞ見し |
〔頭中将→〕寄る辺がないので、このようなわたしの所に身を寄せて 誰にも捜してもらえない気の毒な子だと思っておりました |
藤袴 0/8首 |
||
真木柱(まきばしら) 4/21首 |
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相手内訳:3(玉鬘)、1(源氏) | ||
407 贈 |
おりたちて 汲みは見ねども 渡り川 人の瀬とはた 契らざりしを |
〔玉鬘←〕あなたと立ち入った深い関係はありませんでしたが、三途の川を渡る時、 他の男に背負われて渡るようにはお約束しなかったはずなのに |
421 贈 |
かきたれて のどけきころの 春雨に ふるさと人を いかに偲ぶや |
〔玉鬘←〕降りこめられてのどやかな春雨のころ 昔馴染みのわたしをどう思っていらっしゃいますか |
423 独 |
思はずに 井手の中道 隔つとも 言はでぞ恋ふる 山吹の花 |
〔源氏〕思いがけずに二人の仲は隔てられてしまったが 心の中では恋い慕っている山吹の花よ |
424 贈 |
同じ巣に かへりしかひの 見えぬかな いかなる人か 手ににぎるらむ |
〔玉鬘←〕せっかくわたしの所でかえった雛が見えませんね どんな人が手に握っているのでしょう |
梅枝(うめがえ) 3/11首 |
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相手内訳:1.1(蛍宮)、1(朝顔)、0.1×4(源氏+柏木+夕霧+紅梅) | ||
429 答 |
花の枝に いとど心を しむるかな 人のとがめむ 香をばつつめど |
〔朝顔→〕花の枝にますます心を惹かれることよ 人が咎めるだろうと隠しているが |
431 唱 |
色も香も うつるばかりに この春は 花咲く宿を かれずもあらなむ |
〔蛍宮+源氏+柏木+夕霧+紅梅〕色艶も香りも移り染まるほどに、今年の春は 花の咲くわたしの家を絶えず訪れて下さい |
436 答 |
めづらしと 故里人も 待ちぞ見む 花の錦を 着て帰る君 |
〔蛍宮→〕珍しいと家の人も待ち受けて見ましょう この花の錦を着て帰るあなたを |
藤裏葉(ふじのうらば) 1/20首 |
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相手内訳:1(頭中将) | ||
455 贈 |
色まさる 籬の菊も 折々に 袖うちかけし 秋を恋ふらし |
〔頭中将←〕色濃くなった籬の菊も折にふれて 袖をうち掛けて昔の秋を思い出すことだろう |
若菜上 6/24首 |
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相手内訳:2×2(紫の上、朧月夜)、1×2(玉鬘、女三宮) | ||
462 答 |
小松原 末の齢に 引かれてや 野辺の若菜も 年を摘むべき |
〔玉鬘→〕小松原の将来のある齢にあやかって 野辺の若菜も長生きするでしょう |
464 独:答 |
命こそ 絶ゆとも絶えめ 定めなき 世の常ならぬ 仲の契りを |
〔紫の上→〕命は尽きることがあってもしかたのないことだが 無常なこの世とは違う変わらない二人の仲なのだ |
465 贈 |
中道を 隔つるほどは なけれども 心乱るる 今朝のあは雪 |
〔女三宮←〕わたしたちの仲を邪魔するほどではありませんが 降り乱れる今朝の淡雪にわたしの心も乱れています |
469 贈 |
年月を なかに隔てて 逢坂の さも塞きがたく 落つる涙か |
〔朧月夜←〕長の年月を隔ててやっとお逢いできたのに このような関があっては堰き止めがたく涙が落ちます |
471 贈 |
沈みしも 忘れぬものを こりずまに 身も投げつべき 宿の藤波 |
〔朧月夜←〕須磨に沈んで暮らしていたことを忘れないが また懲りもせずにこの家の藤の花に、淵に身を投げてしまいたい |
474 独:答 |
水鳥の 青羽は色も 変はらぬを 萩の下こそ けしきことなれ |
〔紫の上→〕水鳥の青い羽のわたしの心の色は変わらないのに 萩の下葉のあなたの様子は変わっています |
若菜下 4/18首 |
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相手内訳:1×4(明石尼君、紫の上、女三宮、朧月夜) | ||
484 贈 |
誰れかまた 心を知りて 住吉の 神代を経たる 松にこと問ふ |
〔明石尼君←〕わたしの外に誰がまた昔の事情を知って住吉の 神代からの松に話しかけたりしましょうか |
496 答 |
契り置かむ この世ならでも 蓮葉に 玉ゐる露の 心隔つな |
〔紫の上→〕お約束して置きましょう、この世ばかりでなく来世に蓮の葉の上に 玉と置く露のようにいささかも心の隔てを置きなさいますな |
498 答 |
待つ里も いかが聞くらむ 方がたに 心騒がす ひぐらしの声 |
〔女三宮→〕わたしを待っているほうでもどのように聞いているでしょうか それぞれに心を騒がすひぐらしの声ですね |
499 贈 |
海人の世を よそに聞かめや 須磨の浦に 藻塩垂れしも 誰れならなくに |
〔朧月夜←〕出家されたことを他人事して聞き流していられましょうか わたしが須磨の浦で涙に沈んでいたのは誰ならぬあなたのせいなのですから |
柏木 1/11首 |
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相手内訳:1(女三宮) | ||
504 贈:独 |
誰が世にか 種は蒔きしと 人問はば いかが岩根の 松は答へむ |
〔女三宮←〕いったい誰が種を蒔いたのでしょうと人が尋ねたら 誰と答えてよいのでしょう、岩根の松は |
横笛 1/8首 |
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相手内訳:1(源氏) | ||
514 独 |
憂き節も 忘れずながら 呉竹の こは捨て難き ものにぞありける |
〔源氏〕いやなことは忘れられないがこの子は かわいくて捨て難く思われることだ |
鈴虫 3/6首 |
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相手内訳:2(女三宮)、1(冷泉院) | ||
520 贈 |
蓮葉を 同じ台と 契りおきて 露の分かるる 今日ぞ悲しき |
〔女三宮←〕来世は同じ蓮の花の中でと約束したが その葉に置く露のように別々でいる今日が悲しい |
523 答 |
心もて 草の宿りを 厭へども なほ鈴虫の 声ぞふりせぬ |
〔女三宮→〕ご自分からこの家をお捨てになったのですが やはりお声は鈴虫と同じように今も変わりません |
525 答 |
月影は 同じ雲居に 見えながら わが宿からの 秋ぞ変はれる |
〔冷泉院→〕月の光【面影】は昔と同じく照っていますが【雲の中に見えながらも】 わたしの方がすっかり変わってしまいました |
夕霧 0/26首 |
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御法(みのり) 3/12首 |
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相手内訳:1×2(頭中将、斎宮)、0.1×3(紫の上、源氏、明石姫君) | ||
557 唱 |
ややもせば 消えをあらそふ 露の世に 後れ先だつ ほど経ずもがな |
〔紫の上+源氏+明石姫君〕どうかすると先を争って消えてゆく露のようにはかない人の世に せめて後れたり先立ったりせずに一緒に消えたいものです |
561 答 |
露けさは 昔今とも おもほえず おほかた秋の 夜こそつらけれ |
〔頭中将→〕涙に濡れていますことは昔も今もどちらも同じです だいたい秋の夜というのが堪らない思いがするのです |
563 答 |
昇りにし 雲居ながらも かへり見よ われ飽きはてぬ 常ならぬ世に |
〔斎宮→〕煙となって昇っていった雲居からも振り返って欲しい わたしはこの無常の世にすっかり飽きてしまいました |
幻 19/26首 |
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相手内訳:12(源氏)、2(中将の君②)、1×5(蛍宮、明石の君、花散里、夕霧、導師) | ||
564 贈 |
わが宿は 花もてはやす 人もなし 何にか春の たづね来つらむ |
〔蛍宮←〕わたしの家には花を喜ぶ人もいませんのに どうして春が訪ねて来たのでしょう |
566 独 |
憂き世には 雪消えなむと 思ひつつ 思ひの外に なほぞほどふる |
〔源氏〕つらいこの世からは姿を消してしまいたいと思いながらも 心外にもまだ月日を送っていることだ |
567 独 |
植ゑて見し 花のあるじも なき宿に 知らず顔にて 来ゐる鴬 |
〔源氏〕植えて眺めた花の主人もいない宿に 知らない顔をして来て鳴いている鴬よ |
568 独 |
今はとて 荒らしや果てむ 亡き人の 心とどめし 春の垣根を |
〔源氏〕いよいよ出家するとなるとすっかり荒れ果ててしまうのだろうか 亡き人が心をこめて作った春の庭も |
569 贈 |
なくなくも 帰りにしかな 仮の世は いづこもつひの 常世ならぬに |
〔明石の君←〕泣きながら帰ってきたことです、この仮の世は どこもかしこも永遠の住まいではないので |
572 答 |
羽衣の 薄きに変はる 今日よりは 空蝉の世ぞ いとど悲しき |
〔花散里→〕羽衣のように薄い着物に変わる今日からは はかない世の中がますます悲しく思われます |
574 答 |
おほかたは 思ひ捨ててし 世なれども 葵はなほや 摘みをかすべき |
〔中将の君→〕だいたいは執着を捨ててしまったこの世ではあるが この葵はやはり摘んでしまいそうだ |
575 贈 |
亡き人を 偲ぶる宵の 村雨に 濡れてや来つる 山ほととぎす |
〔夕霧←〕亡き人を偲ぶ今宵の村雨に 濡れて来たのか、山時鳥よ |
577 独 |
つれづれと わが泣き暮らす 夏の日を かことがましき 虫の声かな |
〔源氏〕することもなく涙とともに日を送っている夏の日を わたしのせいみたいに鳴いている蜩の声だ |
578 独 |
夜を知る 蛍を見ても 悲しきは 時ぞともなき 思ひなりけり |
〔源氏〕夜になったことを知って光る螢を見ても悲しいのは 昼夜となく燃える亡き人を恋うる思いであった |
579 独 |
七夕の 逢ふ瀬は雲の よそに見て 別れの庭に 露ぞおきそふ |
〔源氏〕七夕の逢瀬は雲の上の別世界のことと見て その後朝の別れの庭の露に悲しみの涙を添えることよ |
581 答 |
人恋ふる わが身も末に なりゆけど 残り多かる 涙なりけり |
〔中将の君→〕人を恋い慕うわが余命も少なくなったが 残り多い涙であることよ |
582 独 |
もろともに おきゐし菊の 白露も 一人袂に かかる秋かな |
〔源氏〕一緒に起きて置いた菊のきせ綿の朝露も 今年の秋はわたし独りの袂にかかることだ |
583 独 |
大空を かよふ幻 夢にだに 見えこぬ魂の 行方たづねよ |
〔源氏〕大空を飛びゆく幻術士よ、夢の中にさえ 現れない亡き人の魂の行く方を探してくれ |
584 独 |
宮人は 豊明といそぐ 今日 日影も知らで 暮らしつるかな |
〔源氏〕宮人が豊明の節会に夢中になっている今日 わたしは日の光〔影〕も知らないで暮らしてしまったな |
585 独 |
死出の山 越えにし人を 慕ふとて 跡を見つつも なほ惑ふかな |
〔源氏〕死出の山を越えてしまった人を恋い慕って行こうとして その跡を見ながらもやはり悲しみにくれまどうことだ |
586 独 |
かきつめて 見るもかひなし 藻塩草 同じ雲居の 煙とをなれ |
〔源氏〕かき集めて見るのも甲斐がない、この手紙も 本人と同じく雲居の煙となりなさい |
587 贈 |
春までの 命も知らず 雪のうちに 色づく梅を 今日かざしてむ |
〔導師←〕春までの命もあるかどうか分からないから 雪の中に色づいた紅梅を今日は插頭にしよう |
589 独 |
もの思ふと 過ぐる月日も 知らぬまに 年もわが世も 今日や尽きぬる |
〔源氏〕物思いしながら過ごし月日のたつのも知らない間に 今年も自分の寿命も今日が最後になったか |