源氏物語 44帖 竹河:あらすじ・目次・原文対訳

紅梅 源氏物語
第三部
第44帖
竹河
橋姫

 
 本ページは、高千穂大名誉教授・渋谷栄一氏の『源氏物語の世界』(目次構成・登場人物・原文・訳文)を参照引用している(全文使用許可あり)。
 ここでは、その原文と現代語訳のページの内容を統合し、レイアウトを整えた。速やかな理解に資すると思うが、詳しい趣旨は上記リンク参照。
 
 

 竹河(たけかわ)のあらすじ

 薫14歳から23歳までの話。

 髭黒太政大臣亡き後、玉鬘は遺された三男二女を抱え、零落した家を復興させんと躍起に〔?〕なっていた。姫君二人(大君、中の君)には、今上帝や冷泉院から声がかかるが、帝には義妹の明石の中宮が、冷泉院には異母姉の弘徽殿女御がいるため、玉鬘は判断に迷っていた。また、薫〔柏木の子〕蔵人少将(夕霧の五男)も大君に思いを寄せる求婚者の一人だった。

 薫15歳の正月下旬、玉鬘邸に若者たちが集まって催馬楽の「竹河」を謡い興じた。その席で玉鬘は薫が弾く和琴の音色が亡父致仕大臣〔かつての頭中将〕や亡弟柏木に似ていることに気付く。

 3月の桜の盛りの夕暮れ時、二人の姫君は御簾をあげ、桜の木を賭け碁を打っていた。蔵人少将はその姿を垣間見て、ますます大君への思いを募らせるのだった。

 玉鬘は、大君を冷泉院のもとへ参らせることを決意。これを知った少将は落胆のあまり母雲居の雁に訴え、雲居の雁からの文に玉鬘は頭を悩ませる。4月に参院した大君は冷泉院に深く寵愛される。一方所望が叶わなかった今上帝の機嫌は悪く、息子たちは玉鬘を責める。

 翌年4月、大君は女宮を出産。玉鬘は自分の尚侍の役を中の君に譲り、今上帝のもとへ入内させた。

 その後も冷泉院の寵愛は冷めやらず、数年後、大君は男御子を出産する。冷泉院は大喜びだがかえって周囲の者たちから嫉妬を買い、気苦労から大君は里下がりすることが多くなる。一方、中の君は今上帝のもとで却って気楽に過ごしている。

 それから数年の月日が流れ、薫は中納言に、蔵人少将も宰相中将に、それぞれ順調に昇進していた。玉鬘は大君の不幸や自分の息子たちの出世の遅さと比べるにつけ、思うに任せぬ世を悔しく思い後悔の念は耐えない。

(以上Wikipedia竹河より。色づけと〔〕は本ページ)
 
目次
和歌抜粋内訳#竹河(24首:別ページ)
主要登場人物
 
第44帖 竹河(たけかわ)
 薫君の中将時代
 十五歳から十九歳までの物語
 
第一章 鬚黒一族 玉鬘と姫君たち
第二章 玉鬘邸 梅と桜の季節の物語
第三章 玉鬘の大君 冷泉院に参院
第四章 玉鬘の姫君たち
第五章 薫君 人びとの昇進後の物語
 
 
第一章 鬚黒一族の物語
 玉鬘と姫君たち
 第一段 鬚黒没後の玉鬘と子女たち
 第二段 玉鬘の姫君たちへの縁談
 第三段 夕霧の息子蔵人少将の求婚
 第四段 薫君、玉鬘邸に出入りす
 
第二章 玉鬘邸の物語
 梅と桜の季節の物語
 第一段 正月、夕霧、玉鬘邸に年賀に参上
 第二段 薫君、玉鬘邸に年賀に参上
 第三段 梅の花盛りに、薫君、玉鬘邸を訪問
 第四段 得意の薫君と嘆きの蔵人少将
 第五段 三月、花盛りの玉鬘邸の姫君たち
 第六段 玉鬘の大君、冷泉院に参院の話
 第七段 蔵人少将、姫君たちを垣間見る
 第八段 姫君たち、桜花を惜しむ和歌を詠む
 
第三章 玉鬘の大君の物語
 冷泉院に参院
 第一段 大君、冷泉院に参院決定
 第二段 蔵人少将、藤侍従を訪問
 第三段 四月一日、蔵人少将、玉鬘へ和歌を贈る
 第四段 四月九日、大君、冷泉院に参院
 第五段 蔵人少将、大君と和歌を贈答
 第六段 冷泉院における大君と薫君
 第七段 失意の蔵人少将と大君のその後
 
第四章 玉鬘の物語
 玉鬘の姫君たちの物語
 第一段 正月、男踏歌、冷泉院に回る
 第二段 翌日、冷泉院、薫を召す
 第三段 四月、大君に女宮誕生
 第四段 玉鬘、夕霧へ手紙を贈る
 第五段 玉鬘、出家を断念
 第六段 大君、男御子を出産
 第七段 求婚者たちのその後
 
第五章 薫君の物語
 人びとの昇進後の物語
 第一段 薫、玉鬘邸に昇進の挨拶に参上
 第二段 薫、玉鬘と対面しての感想
 第三段 右大臣家の大饗
 第四段 宰相中将、玉鬘邸を訪問
 出典
 校訂
 

主要登場人物

 

薫(かおる)
源氏の子〔と一般にみなされる柏木の子、頭中将の孫〕
呼称:侍従・源侍従の君・四位の侍従・薫中将・宰相中将・中納言・源中納言
匂宮(におうのみや)
今上帝の第三親王
呼称:兵部卿宮・宮
夕霧(ゆうぎり)
源氏の長男
呼称:右大臣・右の大殿・左大臣・左の大殿
紅梅大納言(こうばいのだいなごん)
故柏木の弟
呼称:大納言・藤大納言・大納言殿・大臣・大臣殿、致仕大臣の二男
蔵人少将(くろうどのしょうしょう)
夕霧の子
呼称:蔵人少将・少将・三位中将・宰相中将
左近中将(さこんのちゅうじょう)
鬚黒の長男
呼称:中将・中将の君・右兵衛督
右中弁(うちゅうべん)
鬚黒の二男
呼称:弁の君・右大弁
藤侍従(とうじじゅう)
鬚黒の三男
呼称:侍従の君・主人の侍従・頭中将
大君(おおいきみ)
鬚黒の長女
呼称:姫君・姉君・御息所
中君(なかのきみ)
鬚黒の二女
呼称:若君・右の姫君・中の姫君・尚侍・内裏の君
真木柱(まきばしら)
蛍兵部卿宮の北の方
呼称:北の方・真木柱の君、鬚黒大将の娘
玉鬘(たまかずら)
鬚黒大将の北の方
呼称:尚侍・尚侍君・前の尚侍君・大上
冷泉院(れいぜいいん)
桐壺帝の皇子
呼称:冷泉院の帝・院・帝・院の上・上
今上帝(きんじょうてい)
朱雀院の皇子
呼称:内裏
東宮(とうぐう)
今上帝の第一親王
呼称:春宮

 
 以上の内容は、薫の〔〕以外、全て以下の原文のリンクから参照。
 
 
 

原文対訳

和歌 定家本
(大島本
現代語訳
(渋谷栄一)
  竹河(たけかわ)
 
 

第一章 鬚黒一族の物語 玉鬘と姫君たち

 
 

第一段 鬚黒没後の玉鬘と子女たち

 
   これは、源氏の御族にも離れたまへりし、後の大殿わたりにありける悪御達の、落ちとまり残れるが、問はず語りしおきたるは、紫のゆかりにも似ざめれど、かの女どもの言ひけるは、「源氏の御末々に、ひがことどもの混じりて聞こゆるは、我よりも年の数積もり、ほけたりける人のひがことにや」などあやしがりける。
 いづれかはまことならむ。
 
 これは、源氏のご一族からも離れていらっしゃった、後の大殿あたりにいたおしゃべりな女房たちで、死なずに生き残った者が、問わず語りに話しておいたのは、紫の物語にも似ないようであるが、あの女どもが言ったことは、「源氏のご子孫について、間違った事柄が交じって伝えられているのは、自分よりも年輩で、耄碌した人のでたらめかしら」などと不審がったが、どちらが本当であろうか。
 
   尚侍の御腹に、故殿の御子は、男三人、女二人なむおはしけるを、さまざまにかしづきたてむことを思しおきてて、年月の過ぐるも心もとながりたまひしほどに、あへなく亡せたまひにしかば、夢のやうにて、いつしかといそぎ思しし御宮仕へもおこたりぬ。
 
 尚侍のお生みになった、故殿のご子息女は、男三人、女二人がいらっしゃったが、それぞれに大切にお育てすることをお考えおきになっていて、年月がたつのも待ち遠しく思っていらっしゃったうちに、あっけなくお亡くなりになってしまったので、夢のようで、早く早くと急いで思っていらした宮仕えもたち消えになってしまった。
 
   人の心、時にのみよるわざなりければ、さばかり勢ひいかめしくおはせし大臣の御名残、うちうちの御宝物、領じたまふ所々のなど、その方の衰へはなけれど、おほかたのありさま引き変へたるやうに、殿のうちしめやかになりゆく。
 
 人の心は、時の権勢にばかりおもねるものだから、あれほど威勢よくいらした大臣の亡くなった後は、内々のお宝物、所領なさっている所々など、その方面の衰退はなかったが、大方の有様はうって変わったように、お邸の中はひっそりとなってゆく。
 
   尚侍の君の御近きゆかり、そこらこそは世に広ごりたまへど、なかなかやむごとなき御仲らひの、もとよりも親しからざりしに、故殿、情けすこしおくれ、むらむらしさ過ぎたまへりける御本性にて、心おかれたまふこともありけるゆかりにや、誰れにもえなつかしく聞こえ通ひたまはず。
 
 尚侍の君のご身辺の縁者は、大勢世の中に広がっていらっしゃったが、かえって高貴な方々のお間柄で、もともと親しくはなかったので、故殿の、人情味が少し欠け、好き嫌いがはげしくいらっしゃるご性質なので、けむたがられることもあったせいであろうか、誰とも親しく交際申し上げられないでいらっしゃる。
 
   六条院には、すべて、なほ昔に変らず数まへきこえたまひて、亡せたまひなむ後のことども書きおきたまへる御処分の文どもにも、中宮の御次に加へたてまつりたまへれば、右の大殿などは、なかなかその心ありて、さるべき折々訪れきこえたまふ。
 
 六条院におかれては、総じて、やはり昔と変わらず娘分としてお扱い申されて、お亡くなりになった後のことも、お書き残しなさったご相続の文書などにも、中宮のお次にお加え申されていたので、右の大殿などは、かえってその気持ちがあって、しかるべき折々にはご訪問申される。
 
 
 

第二段 玉鬘の姫君たちへの縁談

 
   男君たちは、御元服などして、おのおのおとなびたまひにしかば、殿のおはせでのち、心もとなくあはれなることもあれど、おのづからなり出でたまひぬべかめり。
 「姫君たちをいかにもてなしたてまつらむ」と、思し乱る。
 
 男君たちは、ご元服などして、それぞれ成人なさったので、殿がお亡くなりになって後、不安で気の毒なこともあるが、自然と出世なさって行くようである。
 「姫君たちをどのようにお世話申し上げよう」と、お心を悩ましなさる。
 
   内裏にも、かならず宮仕への本意深きよしを、大臣の奏しおきたまひければ、おとなびたまひぬらむ年月を推し量らせたまひて、仰せ言絶えずあれど、中宮の、いよいよ並びなくのみなりまさりたまふ御けはひにおされて、皆人無徳にものしたまふめる末に参りて、遥かに目を側められたてまつらむもわづらはしく、また人に劣り、数ならぬさまにて見む、はた、心尽くしなるべきを思ほしたゆたふ。
 
 帝におかれても、是非とも宮仕えの願いが深い旨を、大臣が奏上なさっていたので、成人なさったであろう年月を御推察あそばして、入内の仰せ言がしきりにあるが、中宮が、ますます並ぶ人のいないようになって行かれる御様子に圧倒されて、誰も彼も無用の人のようでいらっしゃる末席に入内して、遠くから睨まれ申すのも厄介で、また人より劣って、数にも入らない様子なのを世話するのも、はたまた、気苦労であろうことを思案なさっている。
 
   冷泉院よりは、いとねむごろに思しのたまはせて、尚侍の君の、昔、本意なくて過ぐしたまうし辛さをさへ、とり返し恨みきこえたまうて、  冷泉院から、たいそう御懇切に御所望あそばして、尚侍の君が、昔、念願叶わずに今までお過ごしになって来た辛さまでを、思い出してお恨み申し上げられて、
   「今は、まいてさだ過ぎ、すさまじきありさまに思ひ捨てたまふとも、うしろやすき親になずらへて、譲りたまへ」  「今はもう、いっそう年も取って、つまらない様子だとお思い捨てていらっしゃるとも、安心な親と思いなぞらえて、お譲りください」
   と、いとまめやかに聞こえたまひければ、「いかがはあるべきことならむ。
 みづからのいと口惜しき宿世にて、思ひの外に心づきなしと思されにしが、恥づかしうかたじけなきを、この世の末にや御覧じ直されまし」など定めかねたまふ。
 
 と、たいそう真面目に申し上げなさったので、「どうしたらよいことだろう。
 自分自身のまことに残念な運命で、思いの外に気にくわないとお思いあそばされたのが、恥ずかしく恐れ多いことだが、この晩年に御機嫌を直していただけようか」などと決心しかねていらっしゃる。
 
 
 

第三段 夕霧の息子蔵人少将の求婚

 
   容貌いとようおはする聞こえありて、心かけ申したまふ人多かり。
 右の大殿の蔵人少将とかいひしは、三条殿の御腹にて、兄君たちよりも引き越し、いみじうかしづきたまひ、人柄もいとをかしかりし君、いとねむごろに申したまふ。
 
 器量がたいそう優れていらっしゃるという評判があって、思いをお寄せ申し上げる人びとが多かった。
 右の大殿の蔵人少将とか言った人は、三条殿がお生みになった方は、兄弟たちを越えて、たいそう大事になさり、人柄もとても素晴らしかった方なので、とても熱心に求婚なさる。
 
   いづ方につけても、もて離れたまはぬ御仲らひなれば、この君たちの睦び参りたまひなどするは、気遠くもてなしたまはず。
 女房にも気近く馴れ寄りつつ、思ふことを語らふにも便りありて、夜昼、あたりさらぬ耳かしかましさを、うるさきものの、心苦しきに、尚侍の殿も思したり。
 
 どちらの関係からしても、血縁の繋がっているお間柄なので、この君たちが慕ってお伺いなどなさる時は、よそよそしくお扱いなさらない。
 女房にも親しくなじんでは、意中を伝えるにも手立てがあって、昼夜、お側近くお耳に入れる騒がしさを、煩わしいながらも、お気の毒なので、尚侍の殿もお思いになっていた。
 
   母北の方の御文も、しばしばたてまつりたまひて、「いと軽びたるほどにはべるめれど、思し許す方もや」となむ、大臣も聞こえたまひける。
 
 母北の方からのお手紙も、しばしば差し上げなさって、「とても軽い身分でございますが、お許しいただける点もございましょうか」と、大臣も申し上げなさるのだった。
 
   姫君をば、さらにただのさまにも思しおきてたまはず、中の君をなむ、今すこし世の聞こえ軽々しからぬほどになずらひならば、さもや、と思しける。
 許したまはずは、盗みも取りつべく、むくつけきまで思へり。
 こよなきこととは思さねど、女方の心許したまはぬことの紛れあるは、音聞きもあはつけきわざなれば、聞こえつぐ人をも、「あな、かしこ。
 過ち引き出づな」などのたまふに、朽たされてなむ、わづらはしがりける。
 
 姫君を、まったく臣下に縁づけようとはなさらず、中の君を、もう少し世間の評判が軽くなくなったら、そうとも考えようか、とお思いでいらっしゃるのだった。
 お許しにならなかったら、盗み取ってしまおうと、気持ち悪いまで思っていた。
 不釣合な縁談だとはお思いにならないが、女のほうで承知しない間違いが起こるのは、世間に聞こえても軽率なことなので、取り次ぐ女房に対しても、「ゆめゆめ、間違いを起こすな」などとおっしゃるので、気がひけて、億劫がるのであった。
 
 
 

第四段 薫君、玉鬘邸に出入りす

 
   六条院の御末に、朱雀院の宮の御腹に生まれたまへりし君、冷泉院に、御子のやうに思しかしづく四位侍従、そのころ十四、五ばかりにて、いときびはに幼かるべきほどよりは、心おきておとなおとなしく、めやすく、人にまさりたる生ひ先しるくものしたまふを、尚侍の君は、婿にても見まほしく思したり。
 
 六条院のご晩年に、朱雀院の姫宮からお生まれになった君、冷泉院におかれて、お子様のように大切にされている四位の侍従は、そのころ十四、五歳ほどになって、とても幼い子供の年の割合には、心構えも大人のようで、好ましく、人より優れた将来性がはっきりお見えになるので、尚侍の君は、婿として世話したくお思いになっていた。
 
   この殿は、かの三条の宮といと近きほどなれば、さるべき折々の遊び所には、君達に引かれて見えたまふ時々あり。
 心にくき女のおはする所なれば、若き男の心づかひせぬなう、見えしらひさまよふ中に、容貌のよさは、この立ち去らぬ蔵人少将、なつかしく心恥づかしげに、なまめいたる方は、この四位侍従の御ありさまに、似る人ぞなかりける。
 
 この邸は、あの三条宮とたいそう近い距離なので、しかるべき折々の遊び所としては、公達に連れられてお見えになる時々がある。
 奥ゆかしい女君のいらっしゃる邸なので、若い男で気取らない者はなく、これ見よがしに振る舞っている中で、器量のよい人は、この立ち去らない蔵人少将、親しみやすく気恥ずかしくて、優美な点では、この四位侍従のご様子に、似る者はいなかった。
 
   六条院の御けはひ近うと思ひなすが、心ことなるにやあらむ、世の中におのづからもてかしづかれたまへる人、若き人びと、心ことにめであへり。
 尚侍の殿も、「げにこそ、めやすけれ」などのたまひて、なつかしうもの聞こえたまひなどす。
 
 六条院の感じを引く方と思うのが、格別なのであろうか、世間から自然と大切にされていらっしゃる方、若い女房たちは、特に誉め合っていた。
 尚侍の殿も、「ほんとうに、感じのよい人だわ」などとおっしゃって、親しくお話し申し上げたりなさる。
 
   「院の御心ばへを思ひ出できこえて、慰む世なう、いみじうのみ思ほゆるを、その御形見にも、誰れをかは見たてまつらむ。
 右の大臣は、ことことしき御ほどにて、ついでなき対面もかたきを」
 「院のご性質をお思い出し申し上げて、慰められる時もなく、ひどく悲しくばかり思われるので、そのお形見として、どなたをお思い申し上げたらよいのでしょう。
 右の大臣は、重々しい方で、機会のない対面は難しいし」
   などのたまひて、兄弟のつらに思ひきこえたまへれば、かの君も、さるべき所に思ひて参りたまふ。
 世の常のすきずきしさも見えず、いといたうしづまりたるをぞ、ここかしこの若き人ども、口惜しうさうざうしきことに思ひて、言ひなやましける。
 
 などおっしゃって、姉弟のようにお思い申し上げていらっしゃるので、あの侍従君も、そのような所と思って参上なさる。
 世間によくある好色がましいところも見えず、とてもひどく落ち着いていらっしゃるので、あちらこちらの邸の若い女房たちは、残念に物足りなく思って、言葉をかけて困らせまるのであった。
 
 
 

第二章 玉鬘邸の物語 梅と桜の季節の物語

 
 

第一段 正月、夕霧、玉鬘邸に年賀に参上

 
   睦月の朔日ころ、尚侍の君の御兄弟の大納言、「高砂」謡ひしよ、藤中納言、故大殿の太郎、真木柱の一つ腹など参りたまへり。
 右の大臣も、御子ども六人ながらひき連れておはしたり。
 御容貌よりはじめて、飽かぬことなく見ゆる人の御ありさまおぼえなり。
 
 正月朔日ころ、尚侍の君のご兄弟の大納言、「高砂」を謡った方だが、藤中納言、故大殿の太郎君で、真木柱と同じ母親の方などが参賀にいらっしゃった。
 右大臣も、ご子息たちを六人そのままお連れしていらっしゃった。
 ご器量をはじめとして、非のうちどころなく見える方のご様子やご評判である。
 
   君たちも、さまざまいときよげにて、年のほどよりは、官位過ぎつつ、何ごと思ふらむと見えたるべし。
 世とともに、蔵人の君は、かしづかれたるさま異なれど、うちしめりて思ふことあり顔なり。
 
 ご子息たちも、それぞれとても美しくて、年齢の割合には、官位も進んで、きっと何の物思いもなく見えたであろう。
 いつも、蔵人の君は、大切にされていることは格別であるが、ふさぎ込んで悩み事のある顔をしている。
 
   大臣は、御几帳隔てて、昔に変らず御物語聞こえたまふ。
 
 大臣は、御几帳を隔てて、昔と変わらずお話し申し上げなさる。
 
   「そのこととなくて、しばしばもえうけたまはらず。
 年の数添ふままに、内裏に参るより他のありき、うひうひしうなりにてはべれば、いにしへの御物語も、聞こえまほしき折々多く過ぐしはべるをなむ。
 
 「これという用事もなくて、たびたびお話を承ることもできません。
 年齢が加わるとともに、宮中に参内する以外の外歩きなども、億劫になってしまいましたので、昔のお話も、申し上げたい時々も多くそのままになってしまいました。
 
   若き男どもは、さるべきことには召しつかはせたまへ。
 かならずその心ざし御覧ぜられよと、いましめはべり」など聞こえたまふ。
 
 若い男の子たちは、何かの時にはお呼びになってお使いください。
 かならずその気持ちを見て戴くようにと、言い聞かせてあります」など申し上げなさる。
 
   「今は、かく、世に経る数にもあらぬやうになりゆくありさまを、思し数まふるになむ、過ぎにし御ことも、いとど忘れがたく思うたまへられける」  「今では、このように、世間の人数にも入らぬ者のようになって行く有様を、お心に掛けてくださるので、亡くなった方のことも、ますます忘れ難く存じられるます」
   と申したまひけるついでに、院よりのたまはすること、ほのめかし聞こえたまふ。
 
 と申し上げなさったついでに、院から仰せになったことを、ちらっと申し上げなさる。
 
   「はかばかしう後見なき人の交じらひは、なかなか見苦しきをと、思ひたまへなむわづらふ」  「これといった後見のない人の宮仕えは、かえって見苦しいと、あれこれ考えあぐねております」
   と申したまへば、  と申し上げなさるので、
   「内裏に仰せらるることあるやうに承りしを、いづ方に思ほし定むべきことにか。
 院は、げに、御位を去らせたまへるにこそ、盛り過ぎたる心地すれど、世にありがたき御ありさまは、古りがたくのみおはしますめるを、よろしう生ひ出づる女子はべらましかばと、思ひたまへよりながら、恥づかしげなる御中に、交じらふべき物のはべらでなむ、口惜しう思ひたまへらるる。
 
 「帝にも仰せられることがあるようにお聞きいたしておりましたが、どちらにお決めなさるべきでしょうか。
 院は、なるほど、お位を退かれあそばしました点では、盛りの過ぎた感じもしますが、世に二人といない御様子は、いっこうに変わらずにいらっしゃるようですので、人並みに成人した娘がおりましたらと、存じておりますが、立派な方々のお仲間入りできる者がございませんで、残念に存じております。
 
   そもそも、女一の宮の女御は、許しきこえたまふや。
 さきざきの人、さやうの憚りにより、とどこほることもはべりかし」
 そもそも、女一宮の母女御は、お許し申し上げなさるでしょうか。
 これまでの方では、そのような遠慮によって、止めにしたこともございました」
   と申したまへば、  と申し上げなさると、
   「女御なむ、つれづれにのどかになりにたるありさまも、同じ心に後見て、慰めまほしきをなど、かの勧めたまふにつけて、いかがなどだに思ひたまへよるになむ」  「女御が、する事もなくのんびりとなった生活も、同じ気持ちでお世話して、気を晴らしたいなどと、その方がお勧めなさったことにかこつけて、せめてどうしたらよいものかと思案しております」
   と聞こえたまふ。
 
 と申し上げなさる。
 
   これかれ、ここに集まりたまひて、三条の宮に参りたまふ。
 朱雀院の古き心ものしたまふ人びと、六条院の方ざまのも、かたがたにつけて、なほかの入道宮をば、えよきず参りたまふなめり。
 この殿の左近中将、右中弁、侍従の君なども、やがて大臣の御供に出でたまひぬ。
 ひき連れたまへる勢ひことなり。
 
 あの方この方と、こちらにお集まりになって、三条宮に参上なさる。
 朱雀院の昔から御厚誼のある方々、六条院の側の方々も、それぞれにつけて、やはりあの入道の宮を、素通りできず参上なさるようである。
 この殿の左近中将、右中弁、侍従の君なども、そのまま大臣のお供してお出になった。
 引き連れていらっしゃった威勢は格別である。
 
 
 

第二段 薫君、玉鬘邸に年賀に参上

 
   夕つけて、四位侍従参りたまへり。
 そこらおとなしき若君達も、あまたさまざまに、いづれかは悪ろびたりつる。
 皆めやすかりつる中に、立ち後れてこの君の立ち出でたまへる、いとこよなく目とまる心地して、例の、ものめでする若き人たちは、「なほ、ことなりけり」など言ふ。
 
 夕方になって、四位侍従が参上なさった。
 大勢の成人した若公達も、みなそれぞれに、どの人が劣っていようか。
 みな感じのよい方の中で、ひと足後れてこの君がお姿をお見せになったのが、たいそう際立って目に止まった感じがして、例によって、熱中しやすい若い女房たちは、「やはり、格別だわ」などと言う。
 
   「この殿の姫君の御かたはらには、これをこそさし並べて見め」  「この殿の姫君のお側には、この方をこそ並べて見たい」
   と、聞きにくく言ふ。
 げに、いと若うなまめかしきさまして、うちふるまひたまへる匂ひ香など、世の常ならず。
 「姫君と聞こゆれど、心おはせむ人は、げに人よりはまさるなめりと、見知りたまふらむかし」とぞおぼゆる。
 
 と、聞きにくいことを言う。
 なるほど、実に若く優美な姿態をして、振る舞っていらっしゃる匂い香など、尋常のものでない。
 「姫君と申し上げても、物ごとのお分りになる方は、本当に人よりは優れているようだと、ご納得なさるに違いない」と思われる。
 
   尚侍の殿、御念誦堂におはして、「こなたに」とのたまへれば、東の階より昇りて、戸口の御簾の前にゐたまへり。
 御前近き若木の梅、心もとなくつぼみて、鴬の初声もいとおほどかなるに、いと好かせたてまほしきさまのしたまへれば、人びとはかなきことを言ふに、言少なに心にくきほどなるを、ねたがりて、宰相の君と聞こゆる上臈の詠みかけたまふ。
 
 尚侍の殿は、御念誦堂にいらして、「こちらに」とおっしゃるので、東の階段から昇って、戸口の御簾の前にお座りになった。
 お庭先の若木の梅が、頼りなさそうに蕾んで、鴬の初音もとてもたどたどしい声で鳴いて、まことに好き心を挑発してみたくなる様子をしていらっしゃるので、女房たちが戯れ言を言うと、言葉少なに奥ゆかしい態度なのを、悔しがって、宰相の君と申し上げる上臈が詠み掛けなさる。
 
 

595
 「折りて見ば いとど匂ひも まさるやと
 すこし色めけ 梅の初花」
 「手折ってみたらますます匂いも勝ろうかと
  もう少し色づいてみてはどうですか、梅の初花」
 
   「口はやし」と聞きて、  「詠みぶりが早いな」と感心して、
 

596
 「よそにては もぎ木なりとや 定むらむ
 下に匂へる 梅の初花
 「傍目には枯木だと決めていましょうが
  心の中は咲き匂っている梅の初花ですよ
 
   さらば袖触れて見たまへ」など言ひすさぶに、  そう言うなら手を触れて御覧なさい」などと冗談を言うと、
   「まことは色よりも」  「本当は色よりも」
   と、口々、引きも動かしつべくさまよふ。
 
 と、口々に、袖を引っ張らんばかりに付きまとう。
 
   尚侍の君、奥の方よりゐざり出でたまひて、  尚侍の君は、奥の方からいざり出ていらっしゃって、
   「うたての御達や。
 恥づかしげなるまめ人をさへ、よくこそ、面無けれ」
 「困った人達だわ。
 気恥ずかしそうなお堅い方までを、よくもまあ、厚かましくも」
   と忍びてのたまふなり。
 「まめ人とこそ、付けられたりけれ。
 いと屈じたる名かな」と思ひゐたまへり。
 主人の侍従、殿上などもまだせねば、所々もありかで、おはしあひたり。
 浅香の折敷、二つばかりして、くだもの、盃ばかりさし出でたまへり。
 
 と小声でおっしゃるようである。
 「堅物と、あだ名されたようだ。
 まったく情けない名だな」と思っていらっしゃった。
 この家の侍従は、殿上などもまだしないので、あちらこちら年賀回りなどせずに、居合わせていらっしゃった。
 浅香の折敷、二つほどに、果物、盃などを差し出しなさった。
 
   「大臣は、ねびまさりたまふままに、故院にいとようこそ、おぼえたてまつりたまへれ。
 この君は、似たまへるところも見えたまはぬを、けはひのいとしめやかに、なまめいたるもてなししもぞ、かの御若盛り思ひやらるる。
 かうざまにぞおはしけむかし」
 「大臣は、年をお取りになるにつれて、故院にとてもよくお似通い申していらっしゃる。
 この君は、似ていらっしゃるところもお見えにならないが、感じがとてもしとやかで、優美な態度が、あのお若い盛りの頃が思いやられてならない。
 このようなふうでいらっしゃったのであろうよ」
   など、思ひ出でられたまひて、うちしほれたまふ。
 名残さへとまりたる香うばしさを、人びとはめでくつがへる。
 
 となどと、お思い出し申し上げなさって、しんみりとしていらっしゃる。
 後に残った香の薫りまでを、女房たちは誉めちぎっている。
 
 
 

第三段 梅の花盛りに、薫君、玉鬘邸を訪問

 
   侍従の君、まめ人の名をうれたしと思ひければ、二十余日のころ、梅の花盛りなるに、「匂ひ少なげに取りなされじ。
 好き者ならはむかし」と思して、藤侍従の御もとにおはしたり。
 
 侍従の君、堅物の評判を情けないと思ったので、二十日過ぎのころ、梅の花盛りに、「色恋に無縁な男だと言われまい。
 風流者をまねしてみよう」とお思いになって、藤侍従のお邸にいらっしゃった。
 
   中門入りたまふほどに、同じ直衣姿なる人立てりけり。
 隠れなむと思ひけるを、ひきとどめたれば、この常に立ちわづらふ少将なりけり。
 
 中門をお入りになる時、同じ直衣姿の男が立っているのだった。
 隠れようと思ったのを、引き止めてみると、あのいつもうろうろしている蔵人少将なのであった。
 
   「寝殿の西面に、琵琶、箏の琴の声するに、心を惑はして立てるなめり。
 苦しげや。
 人の許さぬこと思ひはじめむは、罪深かるべきわざかな」と思ふ。
 琴の声もやみぬれば、
 「寝殿の西面で、琵琶や、箏の琴の音がするので、心をときめかして立っているようである。
 辛そうだな。
 親の許さない恋に心を染めることは、罪深いことだな」と思う。
 琴の音色も止んだので、
   「いざ、しるべしたまへ。
 まろは、いとたどたどし」
 「さあ、案内して下さい。
 わたしは、とても不案内です」
   とて、ひき連れて、西の渡殿の前なる紅梅の木のもとに、「梅が枝」をうそぶきて立ち寄るけはひの、花よりもしるく、さとうち匂へれば、妻戸おし開けて、人びと、東琴をいとよく掻き合はせたり。
 女の琴にて、呂の歌は、かうしも合はせぬを、いたしと思ひて、今一返り、をり返し歌ふ、琵琶も二なく今めかし。
 
 と言って、伴って、西の渡殿の前にある紅梅の木の側で、「梅が枝」を口ずさんで立ち寄った様子が、花の香よりもはっきりと、さっと匂ったので、妻戸を押し開けて、女房たちが、和琴をとてもよく合奏していた。
 女の琴なので、呂の調子の歌は、こうまでうまく合わせられないものなのに、大したものだと思って、もう一度、繰り返して謡うが、琵琶も又となく華やかである。
 
   「ゆゑありてもてないたまへるあたりぞかし」と、心とまりぬれば、今宵はすこしうちとけて、はかなしごとなども言ふ。
 
 「趣味高く暮らしていらっしゃる邸だ」と、心が止まったので、今宵は少し気を許して、冗談などを言う。
 
   内より和琴さし出でたり。
 かたみに譲りて、手触れぬに、侍従の君して、尚侍の殿、
 内側から和琴を差し出した。
 お互いに譲り合って、手を触れないので、藤侍従の君を介して、尚侍の殿が、
   「故致仕の大臣の御爪音になむ、通ひたまへる、と聞きわたるを、まめやかにゆかしうなむ。
 今宵は、なほ鴬にも誘はれたまへ」
 「故致仕の大臣のお爪音に、似ていらっしゃると、ずっと聞いていましたが、ほんとうに聞いてみたいです。
 今宵は、やはり鴬にもお誘われなさい」
   と、のたまひ出だしたれば、「あまえて爪くふべきことにもあらぬを」と思ひて、をさをさ心にも入らず掻きわたしたまへるけしき、いと響き多く聞こゆ。
 
 と、おっしゃたので、「照れて爪をかんでいる場合でもない」と思って、あまり気乗りもせずに掻き鳴らしなさる様子、たいそう響きが多く聞こえる。
 
   「常に見たてまつり睦びざりし親なれど、世におはせずなりにきと思ふに、いと心細きに、はかなきことのついでにも思ひ出でたてまつるに、いとなむあはれなる。
 
 「いつもお目にかかって親しんだわけではない親ですが、この世にいらっしゃらなくなったと思うと、とても心細くて、ちょっとしたことの機会にもお思い出し申すと、とてもしみじみ悲しいのでした。
 
   おほかた、この君は、あやしう故大納言の御ありさまに、いとようおぼえ、琴の音など、ただそれとこそ、おぼえつれ」  だいたい、この君は、不思議と故大納言のご様子に、とてもよく似て、琴の音色など、まるでその人かと思われます」
   とて泣きたまふも、古めいたまふしるしの、涙もろさにや。
 
 と言ってお泣きになるのも、お年のせいの、涙もろさであろうか。
 
 
 

第四段 得意の薫君と嘆きの蔵人少将

 
   少将も、声いとおもしろうて、「さき草」謡ふ。
 さかしら心つきて、うち過ぐしたる人もまじらねば、おのづからかたみにもよほされて遊びたまふに、主人の侍従は、故大臣に似たてまつりたまへるにや、かやうの方は後れて、盃をのみすすむれば、「寿詞をだにせむや」と、恥づかしめられて、「竹河」を同じ声に出だして、まだ若けれど、をかしう謡ふ。
 簾のうちより土器さし出づ。
 
 少将も、声がとても美しくて、「さき草」を謡う。
 おせっかいな分別者で、出過ぎた女房もいないので、自然とお互いに気がはずんで合奏なさるが、この家の侍従は、故大臣にお似通い申しているのであろうか、このような方面は苦手で、盃ばかり傾けているので、「せめて祝い歌ぐらい謡えよ」と、文句を言われて、「竹河」を一緒に声を出して、まだ若いけれど美しく謡う。
 御簾の内側から盃を差し出す。
 
   「酔のすすみては、忍ぶることもつつまれず。
 ひがことするわざとこそ聞きはべれ。
 いかにもてないたまふぞ」
 「酔いが回っては、心に秘めていることも隠しておくことができません。
 詰まらないことを口にすると聞いております。
 どうなさるおつもりですか」
   と、とみにうけひかず。
 小袿重なりたる細長の、人香なつかしう染みたるを、取りあへたるままに、被けたまふ。
 「何ぞもぞ」などさうどきて、侍従は、主人の君にうち被けて去ぬ。
 引きとどめて被くれど、「水駅にて夜更けにけり」とて、逃げにけり。
 
 と、すぐには手にしない。
 小袿の重なった細長で、人の香がやさしく染みているのを、あり合わせのままに、お与えになる。
 「これはどういうおつもりですか」などとはしゃいで、侍従は、お邸の君に与えて出て行った。
 ひき止めて与えたが、「水駅で夜が更けてしまいました」と言って、逃げて行ってしまった。
 
   少将は、「この源侍従の君のかうほのめき寄るめれば、皆人これにこそ心寄せたまふらめ。
 わが身は、いとど屈じいたく思ひ弱りて」、あぢきなうぞ恨むる。
 
 少将は、「この源侍従の君がこのように出入りしているようなので、こちらの方々は皆あの君に好意を寄せていらっしゃるだろう。
 わが身はますます塞ぎ込み元気をなくして」、つまらなく恨むのだった。
 
 

597
 「人はみな 花に心を 移すらむ
 一人ぞ惑ふ 春の夜の闇」
 「人はみな花に心を寄せているのでしょうが
  わたし一人は迷っております、春の夜の闇の中で」
 
   うち嘆きて立てば、内の人の返し、  ため息をついて座を立つと、内側にいる女房の返し、
 

598
 「をりからや あはれも知らむ 梅の花
 ただ香ばかりに 移りしもせじ」
 「時と場合によって心を寄せるものです
  ただ梅の花の香りだけにこうも引かれるものではありませんよ」
 
   朝に、四位侍従のもとより、主人の侍従のもとに、  朝に、四位侍従のもとから、邸の侍従のもとに、
   「昨夜は、いと乱りがはしかりしを、人びといかに見たまひけむ」  「昨夜は、とても酔っぱらったようだが、皆様はどのように御覧になったであろうか」
   と、見たまへとおぼしう、仮名がちに書きて、  と、御覧下さいとのおつもりで、仮名がちに書いて、
 

599
 「竹河の 橋うちいでし 一節に
 深き心の 底は知りきや」
 「竹河の歌を謡ったあの文句の一端から
  わたしの深い心のうちを知っていただけましたか」
 
   と書きたり。
 寝殿に持て参りて、これかれ見たまふ。
 
 と書いてある。
 寝殿に持って上がって、方々が御覧になる。
 
   「手なども、いとをかしうもあるかな。
 いかなる人、今よりかくととのひたらむ。
 幼くて、院にも後れたてまつり、母宮のしどけなう生ほし立てたまへれど、なほ人にはまさるべきにこそあめれ」
 「筆跡なども、とても美しく書いてありますね。
 どのような人が、今からこのように整っているのでしょう。
 幼いころ、院に先立たれ申し、母宮がしまりもなくお育て申されたが、やはり人より優れているのでしょう」
   とて、尚侍の君は、この君たちの、手など悪しきことを恥づかしめたまふ。
 返りこと、げに、いと若く、
 と言って、尚侍の君は、自分の子供たちの、字などが下手なことをお叱りになる。
 返事は、なるほど、たいそう未熟な字で、
   「昨夜は、水駅をなむ、とがめきこゆめりし。
 
 「昨夜は、水駅とおっしゃってお帰りになったことを、いかがなものかと申しておりました。
 
 

600
 竹河に 夜を更かさじと いそぎしも
 いかなる節を 思ひおかまし」
  竹河を謡って夜を更かすまいと急いでいらっしゃったのも
  どのようなことを心に止めておけばよいのでしょう」
 
   げに、この節をはじめにて、この君の御曹司におはして、けしきばみ寄る。
 少将の推し量りしもしるく、皆人心寄せたり。
 侍従の君も、若き心地に、近きゆかりにて、明け暮れ睦びまほしう思ひけり。
 
 なるほど、この事件をきっかけとして、この君のお部屋にいらっしゃって、気のある態度で振る舞う。
 少将が予想していた通り、誰もが好意を寄せていた。
 侍従の君も、子供心に、近い縁者として、明け暮れ親しくしたいと思うのであった。
 
 
 

第五段 三月、花盛りの玉鬘邸の姫君たち

 
   弥生になりて、咲く桜あれば、散りかひくもり、おほかたの盛りなるころ、のどやかにおはする所は、紛るることなく、端近なる罪もあるまじかめり。
 
 三月になって、咲く桜がある一方で、空も覆うほど散り乱れ、ほぼ桜の盛りのころ、のんびりとしていらっしゃるところは、さしたる用事もなく、端近に出ていても非難されないようである。
 
   そのころ、十八、九のほどやおはしけむ、御容貌も心ばへも、とりどりにぞをかしき。
 姫君は、いとあざやかに気高う、今めかしきさましたまひて、げに、ただ人にて見たてまつらむは、似げなうぞ見えたまふ。
 
 その当時、十八、九歳くらいでいらっしゃったろうか、ご器量も気立ても、それぞれに素晴らしい。
 姫君は、とても際立って気品があり、はなやかでいらして、なるほど、臣下の人に縁づけ申すのは、ふさわしくなくお見えである。
 
   桜の細長、山吹などの、折にあひたる色あひの、なつかしきほどに重なりたる裾まで、愛敬のこぼれ落ちたるやうに見ゆる、御もてなしなども、らうらうじく、心恥づかしき気さへ添ひたまへり。
 
 桜の細長に、山吹襲などで、季節にあった色合いがやさしい感じに重なっている裾まで、愛嬌があふれ出ているように見える、そのお振る舞いなども、洗練されて、気圧されるような感じまでが加わっていらっしゃった。
 
   今一所は、薄紅梅に、桜色にて、柳の糸のやうに、たをたをとたゆみ、いとそびやかになまめかしう、澄みたるさまして、重りかに心深きけはひは、まさりたまへれど、匂ひやかなるけはひは、こよなしとぞ人思へる。
 
 もうお一方は、薄紅梅に、桜色で、柳の枝のように、しなやかに、たいそうすらっとして優美に、落ち着いた物腰で、重々しく奥ゆかしい感じは、勝っていらっしゃるが、はなやかな感じは、この上ないと女房は思っていた。
 
   碁打ちたまふとて、さし向ひたまへる髪ざし、御髪のかかりたるさまども、いと見所あり。
 侍従の君、見証したまふとて、近うさぶらひたまふに、兄君たちさしのぞきたまひて、
 碁をお打ちなさろうとして、向かい合っていらっしゃる髪の生え際、髪の垂れかかっている具合など、たいそう見所がある。
 侍従の君が、審判をなさろうとして、近くに伺候なさると、兄君たちがお覗きになって、
   「侍従のおぼえ、こよなうなりにけり。
 御碁の見証許されにけるをや」
 「侍従の寵愛は、大したものになったね。
 碁の審判を許されたとはね」
   とて、おとなおとなしきさましてついゐたまへば、御前なる人びと、とかうゐなほる。
 中将、
 と言って、大人ぶった態度でお座りになったので、御前の女房たちは、あれこれ居ずまいを正す。
 中将が、
   「宮仕へのいそがしうなりはべるほどに、人に劣りにたるは、いと本意なきわざかな」  「宮仕えが忙しくなりましたので、弟に出し抜かれたのは、まことに残念なことだなあ」
   と愁へたまへば、  と愚痴をおこぼしになると、
   「弁官は、まいて、私の宮仕へおこたりぬべきままに、さのみやは思し捨てむ」  「弁官は、それ以上に、家でのご奉公はお留守になってしまうからと、そうお見捨てではありますまい」
   など申したまふ。
 碁打ちさして、恥ぢらひておはさうずる、いとをかしげなり。
 
 などと申し上げなさる。
 碁を打つのを止めて、恥ずかしがっていらっしゃる、たいそう美しい感じである。
 
   「内裏わたりなどまかりありきても、故殿おはしまさましかば、と思ひたまへらるること多くこそ」  「宮中辺りなどに出歩きましても、亡き殿がいらっしゃったら、と存じられますことが多くて」
   など、涙ぐみて見たてまつりたまふ。
 二十七、八のほどにものしたまへば、いとよくととのひて、この御ありさまどもを、「いかで、いにしへ思しおきてしに、違へずもがな」と思ひゐたまへり。
 
 などと、涙ぐんで拝し上げなさる。
 二十七、八歳くらいでいらっしゃったので、とても恰幅よくて、姫君たちのご様子を、「何とかして、昔父君がお考えになっていた通りに、したいものだ」と思っていらっしゃった。
 
   御前の花の木どもの中にも、匂ひまさりてをかしき桜を折らせて、「他のには似ずこそ」など、もてあそびたまふを、  お庭先の花の木々の中でも、色合いの優れて美しい桜を折らせて、「他の桜とは違っている」などと、もて遊んでいらっしゃるのを、
   「幼くおはしましし時、この花は、わがぞ、わがぞと、争ひたまひしを、故殿は、姫君の御花ぞと定めたまふ。
 上は、若君の御木と定めたまひしを、いとさは泣きののしらねど、やすからず思ひたまへられしはや」とて、「この桜の老木になりにけるにつけても、過ぎにける齢を思ひたまへ出づれば、あまたの人に後れはべりにける、身の愁へも、止めがたうこそ」
 「お小さくいらした時、この花は、わたしのよ、わたしのよと、お争いになったが、故殿は、姫君のお花だとお決めになる。
 母上は、若君のお花だとお決めになったが、それをひどくそんなには泣き叫んだりしませんでしたが、おもしろくなく存じられましたよ」と言って、「この桜が老木になったにつけても、過ぎ去った歳月を思い出されますので、大勢の人に先立たれてしまった身の悲しみも、きりがございません」
   など、泣きみ笑ひみ聞こえたまひて、例よりはのどやかにおはす。
 人の婿になりて、心静かにも今は見えたまはぬを、花に心とどめてものしたまふ。
 
 などと、泣いたり笑ったりしながら申し上げなさって、いつもよりはのんびりとしていらっしゃる。
 他の家の婿となって、ゆっくりとは今ではお見えにならないが、花に心を惹かれておいでである。
 
 
 

第六段 玉鬘の大君、冷泉院に参院の話

 
   尚侍の君、かくおとなしき人の親になりたまふ御年のほど思ふよりは、いと若うきよげに、なほ盛りの御容貌と見えたまへり。
 冷泉院の帝は、多くは、この御ありさまのなほゆかしう、昔恋しう思し出でられければ、何につけてかはと、思しめぐらして、姫君の御ことを、あながちに聞こえたまふにぞありける。
 院へ参りたまはむことは、この君たちぞ、
 尚侍の君は、このように成人した子の親におなりのお年の割には、たいそう若く美しく、依然として盛りのご容貌にお見えになった。
 冷泉院の帝は、主として、この方のご様子が依然として心に掛かって、昔が恋しく思い出されなさったので、何にかこつけたらよいかと、思案なさって、姫君のご入内の事を、無理やりに申し込みなさるのであった。
 院に入内なさることは、この君たちが、
   「なほ、ものの栄なき心地こそすべけれ。
 よろづのこと、時につけたるをこそ、世人も許すめれ。
 げに、いと見たてまつらまほしき御ありさまは、この世にたぐひなくおはしますめれど、盛りならぬ心地ぞするや。
 琴笛の調べ、花鳥の色をも音をも、時に従ひてこそ、人の耳もとまるものなれ。
 春宮は、いかが」
 「やはり、栄えない気がしましょう。
 万事が、時流に乗ってこそ、世間の人も認めましょう。
 なるほど、まことに拝したいお姿は、この世に類なくいらっしゃるようですが、盛りを過ぎた感じがしますね。
 琴や笛の調子、花や鳥の色や音色も、時期にかなってこそ、人の耳にも止まるものです。
 春宮は、どうでしょうか」
   など申したまへば、  などと申し上げなさると、
   「いさや、はじめよりやむごとなき人の、かたはらもなきやうにてのみ、ものしたまふめればこそ。
 なかなかにて交じらはむは、胸いたく人笑へなることもやあらむと、つつましければ。
 殿おはせましかば、行く末の御宿世宿世は知らず、ただ今は、かひあるさまにもてなしたまひてましを」
 「さあ、どんなものかしら、最初から重々しい方が、並ぶ者がいないような勢いで、いらっしゃるようですからね。
 なまじっかの宮仕えは、胸を痛め物笑いになることもあろうかと、気が引けますので。
 殿が生きていらっしゃったならば、将来のご運は判らないが、この今は、張り合いのある状態になさっていたでしょうに」
   などのたまひ出でて、皆ものあはれなり。
 
 などとおっしゃって、皆しみじみと悲しい思いがする。
 
 
 

第七段 蔵人少将、姫君たちを垣間見る

 
   中将など立ちたまひてのち、君たちは、打ちさしたまへる碁打ちたまふ。
 昔より争ひたまふ桜を賭物にて、
 中将などがお立ちになった後、姫君たちは、途中で打ち止めていらした碁を打ちになる。
 昔からお争いになる桜を賭物として、
   「三番に、数一つ勝ちたまはむ方には、なほ花を寄せてむ」  「三番勝負で、一つ勝ち越しになった方に、やはり花を譲りましょう」
   と、戯れ交はし聞こえたまふ。
 暗うなれば、端近うて打ち果てたまふ。
 御簾巻き上げて、人びと皆挑み念じきこゆ。
 折しも例の少将、侍従の君の御曹司に来たりけるを、うち連れて出でたまひにければ、おほかた人少ななるに、廊の戸の開きたるに、やをら寄りてのぞきけり。
 
 と、ふざけて申し合いなさる。
 暗くなったので、端近くで打ち終えなさる。
 御簾を巻き上げて、女房たちが皆競い合ってお祈り申し上げる。
 ちょうどその時、いつもの蔵人少将が、藤侍従の君のお部屋に来ていたのだが、兄弟連れ立ってお出になったので、だいたいが人の少ない上に、廊の戸が開いていたので、静かに近寄って覗き込んだ。
 
   かう、うれしき折を見つけたるは、仏などの現れたまへらむに参りあひたらむ心地するも、はかなき心になむ。
 夕暮の霞の紛れは、さやかならねど、つくづくと見れば、桜色のあやめも、それと見分きつ。
 げに、散りなむ後の形見にも見まほしく、匂ひ多く見えたまふを、いとど異ざまになりたまひなむこと、わびしく思ひまさらる。
 若き人びとのうちとけたる姿ども、夕映えをかしう見ゆ。
 右勝たせたまひぬ。
 「高麗の乱声、おそしや」など、はやりかに言ふもあり。
 
 このように、嬉しい機会を見つけたのは、仏などが姿を現しなさった時に出会ったような気がするのも、あわれな恋心というものである。
 夕暮の霞に隠れて、はっきりとはしないが、よくよく見ると、桜色の色目も、はっきりそれと分かった。
 なるほど、花の散った後の形見として見たく、美しさがいっぱいお見えなのを、ますますよそに嫁ぎなさることを、侘しく思いがまさる。
 若い女房たちのうちとけている姿、姿が、夕日に映えて美しく見える。
 右方がお勝ちあそばした。
 「高麗の乱声が、遅い」などと、はしゃいで言う女房もいる。
 
   「右に心を寄せたてまつりて、西の御前に寄りてはべる木を、左になして、年ごろの御争ひの、かかれば、ありつるぞかし」  「右方にお味方申し上げて、西のお庭先の近くにあります木を、左方のものだとし、長年のお争いが、そのようなわけで、続いたのでございますよ」
   と、右方は心地よげにはげましきこゆ。
 何ごとと知らねど、をかしと聞きて、さしいらへもせまほしけれど、「うちとけたまへる折、心地なくやは」と思ひて、出でて去ぬ。
 「また、かかる紛れもや」と、蔭に添ひてぞ、うかがひありきける。
 
 と、右方は気持ちよさそうに応援申し上げる。
 どのような事情でと知りらないが、おもしろいと聞いて、返事もしたいが、「寛いでいらっしゃる時に、心ない態度では」と思って、邸をお出になった。
 「再び、このような機会はないか」と、物蔭に隠れて、窺い歩くのであった。
 
 
 

第八段 姫君たち、桜花を惜しむ和歌を詠む

 
   君達は、花の争ひをしつつ明かし暮らしたまふに、風荒らかに吹きたる夕つ方、乱れ落つるがいと口惜しうあたらしければ、負け方の姫君、  姫君たちは、花の争いをしながら日を送っていらっしゃると、風が激しく吹いている夕暮に、乱れ散るのがまことに残念で惜しいので、負け方の姫君は、
 

601
 「桜ゆゑ 風に心の 騒ぐかな
 思ひぐまなき 花と見る見る」
 「桜のせいで吹く風ごとに気が揉めます
  わたしを思ってくれない花だと思いながらも」
 
   御方の宰相の君、  御方の宰相の君が、
 

602
 「咲くと見て かつは散りぬる 花なれば
 負くるを深き 恨みともせず」
 「咲いたかと見ると一方では散ってしまう花なので
  負けて木を取られたことを深く恨みません」
 
   と聞こえ助くれば、右の姫君、  とお助け申し上げると、右方の姫君は、
 

603
 「風に散る ことは世の常 枝ながら
 移ろふ花を ただにしも見じ」
 「風に散ることは世の常のことですが、枝ごとそっくり
  こちらの木になった花を平気で見ていられないでしょう」
 
   この御方の大輔の君、  こちらの御方の大輔の君が、
 

604
 「心ありて 池のみぎはに 落つる花
 あわとなりても わが方に寄れ」
 「こちらに味方して池の汀に散る花よ
  水の泡となってもこちらに流れ寄っておくれ」
 
   勝ち方の童女おりて、花の下にありきて、散りたるをいと多く拾ひて、持て参れり。
 
 勝ち方の女の童が下りて、花の下を歩いて、散った花びらをたいそうたくさん拾って、持って参った。
 
 

605
 「大空の 風に散れども 桜花
 おのがものとぞ かきつめて見る」
 「大空の風に散った桜の花を
  わたしのものと思って掻き集めて見ました」
 
   左のなれき、  左方のなれきが、
 

606
 「桜花 匂ひあまたに 散らさじと
 おほふばかりの 袖はありやは
 「桜の花のはなやかな美しさを方々に散らすまいとしても
  大空を覆うほど大きな袖がございましょうか
 
   心せばげにこそ見ゆめれ」など言ひ落とす。
 
 心が狭く思われます」などと悪口を言う。
 
 
 

第三章 玉鬘の大君の物語 冷泉院に参院

 
 

第一段 大君、冷泉院に参院決定

 
   かくいふに、月日はかなく過ぐすも、行く末のうしろめたきを、尚侍の殿はよろづに思す。
 院よりは、御消息日々にあり。
 女御、
 こうしているうちに、月日をいたづらに送るのも、将来が不安なので、尚侍の殿はいろいろとお考えになる。
 院からは、お手紙が毎日ある。
 女御は、
   「うとうとしう思し隔つるにや。
 上は、ここに聞こえ疎むるなめりと、いと憎げに思しのたまへば、戯れにも苦しうなむ。
 同じくは、このころのほどに思し立ちね」
 「よそよそしく他人行儀にお考えなのでしょうか。
 お上は、わたしがあなたに邪魔をしているらしいと、とても憎らしそうにおっしゃるので、冗談でも辛いことです。
 同じことなら、今のうちにご決心なさいませ」
   など、いとまめやかに聞こえたまふ。
 「さるべきにこそはおはすらめ。
 いとかうあやにくにのたまふもかたじけなし」など思したり。
 
 などと、たいそう懇切に申し上げなさる。
 「前世からの因縁でいらっしゃるのだろう。
 とてもこのように反対する立場の方がお勧め申すのも恐れ多い」などとお思いになった。
 
   御調度などは、そこらし置かせたまへれば、人びとの装束、何くれのはかなきことをぞいそぎたまふ。
 これを聞くに、蔵人少将は、死ぬばかり思ひて、母北の方をせめたてまつれば、聞きわづらひたまひて、
 御調度類は、たくさん準備なさっていたので、女房たちの衣装や、何やかやのこまごましたことをご準備なさる。
 これを聞くと、蔵人少将は、悶え死ぬほど思いつめて、母北の方をお責め申したので、聞くのもお困りになって、
   「いとかたはらいたきことにつけて、ほのめかし聞こゆるも、世にかたくなしき闇の惑ひになむ。
 思し知る方もあらば、推し量りて、なほ慰めさせたまへ」
 「とても恥ずかしいことですが、お耳に入れますのも、まことに愚かな親心でございます。
 ご同情下さるならば、ご推察いただき、やはり安心させてやって下さい」
   など、いとほしげに聞こえたまふを、「苦しうもあるかな」と、うち嘆きたまひて、  などと、不憫でならないように申し上げなさるが、「困ったことだわ」と、お嘆きになって、
   「いかなることと、思うたまへ定むべきやうもなきを、院よりわりなくのたまはするに、思うたまへ乱れてなむ。
 まめやかなる御心ならば、このほどを思ししづめて、慰めきこえむさまをも見たまひてなむ、世の聞こえもなだらかならむ」
 「どのようなことやらと、決心も致しかねますが、院から無理やりにおっしゃるので、迷っております。
 ご本心からならば、ここ暫くの間は我慢なさって、お心のゆくようお計らい申すのを御覧になって、世間の評判も穏やかでしょう」
   など申したまふも、この御参り過ぐして、中の君をと思すなるべし。
 「さし合はせては、うたてしたり顔ならむ。
 まだ、位などもあさへたるほどを」など思すに、男は、さらにしか思ひ移るべくもあらず、ほのかに見たてまつりてのちは、面影に恋しう、いかならむ折にとのみおぼゆるに、かう頼みかからずなりぬるを、思ひ嘆きたまふこと限りなし。
 
 などと申し上げなさるのも、この院に参るのを過ごして、中の君をとお思いなのであろう。
 「時期を一緒にしては、あまりに得意顔に見えよう。
 まだ、位なども低いほどだから」などとお思いになると、男は、まったく気持ちを移せそうもなく、ちらっと拝見した後は、面影に立って恋しく、どのような機会にとばかり思っていたが、このように頼みの綱も切れてしまったのを、お嘆きになることはこの上もない。
 
 
 

第二段 蔵人少将、藤侍従を訪問

 
   かひなきことも言はむとて、例の、侍従の曹司に来たれば、源侍従の文をぞ見ゐたまへりける。
 ひき隠すを、さなめりと見て、奪ひ取りつ。
 「ことあり顔にや」と思ひて、いたうも隠さず。
 そこはかとなく、ただ世を恨めしげにかすめたり。
 
 愚痴でもこぼそうと思って、いつものように、藤侍従のお部屋に来たところ、源侍従の手紙を見ていらっしゃるのであった。
 さっと隠すので、さてはと思って、奪い取った。
 「意味有りげな顔にとられては」と思って、強く隠さない。
 どことなく、ただ男女関係のつれなさを恨めしそうに書いてあった。
 
 

607
 「つれなくて 過ぐる月日を かぞへつつ
 もの恨めしき 暮の春かな」
 「わたしの気持ちを分かっていただけずに過ぎてゆく年月を数えていますと
  恨めしくも春の暮になりました」
 
   「人はかうこそ、のどやかにさまよくねたげなめれ、わがいと人笑はれなる心焦られを、かたへは目馴れて、あなづりそめられにたる」など思ふも、胸痛ければ、ことにものも言はれで、例、語らふ中将の御許の曹司の方に行くも、例の、かひあらじかしと、嘆きがちなり。
 
 「他人はこのように、悠長に体裁よく恨んでいるようだが、自分のまことに物笑いになる焦りかたを、一つには馴れっこになって、軽んじられることになってしまったのだ」と思うのも、胸が痛むので、特に何も言うことができず、いつも、親しくしている中将のおもとのお部屋の方に行くが、例によって、効のないことだと、溜息をつきがちである。
 
   侍従の君は、「この返りことせむ」とて、上に参りたまふを見るに、いと腹立たしうやすからず、若き心地には、ひとへにものぞおぼえける。
 
 侍従の君は、「この返事をしよう」と思って、母上のもとに参上なさるのを見ると、実に腹立たしくおもしろくなく、若いだけに、一途に思いつめているのであった。
 
   あさましきまで恨み嘆けば、この前申しも、あまり戯れにくく、いとほしと思ひて、いらへもをさをさせず。
 かの御碁の見証せし夕暮のことも言ひ出でて、
 見苦しいまでに恨み嘆くので、この取次役も、たいして冗談にもできず、お気の毒と思って、返事もなかなかしない。
 あの碁に立ち会った夕暮のことも言い出して、
   「さばかりの夢をだに、また見てしがな。
 あはれ、何を頼みにて生きたらむ。
 かう聞こゆることも、残り少なうおぼゆれば、つらきもあはれ、といふことこそ、まことなりけれ」
 「あれくらいの夢でも、再び見たいものだなあ。
 ああ、何を頼みにして生きていよう。
 このように申し上げることも、寿命少なく思われますので、つれない仕打ちも懐かしい、ということは、本当ですね」
   と、いとまめだちて言ふ。
 「あはれと、言ひやるべき方なきことなり。
 かの慰めたまふらむ御さま、つゆばかりうれしと思ふべきけしきもなければ、げに、かの夕暮の顕証なりけむに、いとどかうあやにくなる心は添ひたるならむ」と、ことわりに思ひて、
 と、実に真顔になって言う。
 「お気の毒だと言って、も慰めようもないことである。
 あのお慰め下さるというお話は、少しも嬉しいと思うような様子もないので、なるほど、あの夕暮のはっきりと見えたことに、ますますこのように無闇な思いが募ったのだろう」と、無理もないことに思って、
   「聞こしめさせたらば、いとどいかにけしからぬ御心なりけりと、疎みきこえたまはむ。
 心苦しと思ひきこえつる心も失せぬ。
 いとうしろめたき御心なりけり」
 「お耳にあそばしたら、ますますなんとけしからぬお心の人なのだと、お恨み申されましょう。
 お気の毒だとお思い申していました気持ちもなくなってしまいました。
 とても油断のできないお方だったのですね」
   と、向ひ火つくれば、  と、反対に文句を言うと、
   「いでや、さはれや。
 今は限りの身なれば、もの恐ろしくもあらずなりにたり。
 さても負けたまひしこそ、いといとほしかりしか。
 おいらかに召し入れてやは。
 目くはせたてまつらましかば、こよなからましものを」など言ひて、
 「ええい、どうともなれ。
 もうおしまいの身だから、何も恐くはなくなってしまった。
 それにしてもお負けになったことが、実にお気の毒であった。
 あっさりと招き入れてくれたら。
 目配せ申したら、絶対に勝ったろうものを」などと言って、
 

608
 「いでやなぞ 数ならぬ身に かなはぬは
 人に負けじの 心なりけり」
 「いったい何ということか、物の数でもない身なのに
  かなえることができないのは負けじ魂だとは」
 
   中将、うち笑ひて、  中将は、吹き出して、
 

609
 「わりなしや 強きによらむ 勝ち負けを
 心一つに いかがまかする」
 「無理なこと、強い方が勝つ勝負事を
  あなたのお心一つでどうなりましょう」
 
   といらふるさへぞ、つらかりける。
 
 と答えるのさえ、辛いことであった。
 
 

610
 「あはれとて 手を許せかし 生き死にを
 君にまかする わが身とならば」
 「かわいそうだと思って、姫君をわたしに許してください
  この先の生死はあなた次第のわが身と思われるならば」
 
   泣きみ笑ひみ、語らひ明かす。
 
 泣いたり笑ったりしながら、一晩中語らい明かす。
 
 
 

第三段 四月一日、蔵人少将、玉鬘へ和歌を贈る

 
   またの日は、卯月になりにければ、兄弟の君たちの、内裏に参りさまよふに、いたう屈じ入りて眺めゐたまへれば、母北の方は、涙ぐみておはす。
 大臣も、
 翌日は、四月になったので、兄弟の君たちが、宮中に参内するために慌ただしくしているのに、ひどく萎れて物思いに沈んでいらっしゃるので、母北の方は、涙ぐんでいらっしゃる。
 大臣も、
   「院の聞こしめすところもあるべし。
 何にかは、おほなおほな聞き入れむ、と思ひて、くやしう、対面のついでにも、うち出で聞こえずなりにし。
 みづからあながちに申さましかば、さりともえ違へたまはざらまし」
 「院がお耳にあそばすこともあろう。
 どうして、真剣に聞き入れてくれることがあろう、と思って、悔しいことに、お会いした時に申し上げずじまいだった。
 自分が無理を押して申し上げたら、いくらなんでもお断りになならなかっただろうに」
   などのたまふ。
 さて、例の、
 などとおっしゃる。
 そのようなことがあって、いつものように、
 

611
 「花を見て 春は暮らしつ 今日よりや
 しげき嘆きの 下に惑はむ」
 「花を見て春は過ごしました。
 今日からは
  茂った木の下で途方に暮れることでしょう」
 
   と聞こえたまへり。
 
 と申し上げなさった。
 
   御前にて、これかれ上臈だつ人びと、この御懸想人の、さまざまにいとほしげなるを聞こえ知らするなかに、中将の御許、  御前において、あれこれ上臈めいた女房たち、この懸想人が、いろいろと気の毒なことをお話し申し上げる中で、中将のおもとが、
   「生き死にをと言ひしさまの、言にのみはあらず、心苦しげなりし」  「生き死にをと言った様子が、言葉だけではなく、お気の毒でした」
   など聞こゆれば、尚侍の君も、いとほしと聞きたまふ。
 大臣、北の方の思すところにより、せめて人の御恨み深くはと、取り替へありて思すこの御参りを、さまたげやうに思ふらむはしも、めざましきこと、限りなきにても、ただ人には、かけてあるまじきものに、故殿の思しおきてたりしものを、院に参りたまはむだに、行く末のはえばえしからぬを思したる、折しも、この御文取り入れてあはれがる。
 御返事、
 などと申し上げると、尚侍の君も、不憫だとお聞きになる。
 大臣や、北の方のお考えにより、どうしても少将の恨みが深いのならばと、中の君を少将にと代わりをお考えになった上でのこのお参りを、邪魔しているように思っているのはけしからぬこと、この上ない身分の方でも、臣下であっては、絶対に許さないと、故殿がご遺言なさっていたものを、院に参りなさることでさえ、将来見栄えがしないものをとお思いになっていた、ちょうどその時に、このお手紙を受け取って気の毒がる。
 お返事は、
 

612
 「今日ぞ知る 空を眺むる けしきにて
 花に心を 移しけりとも」
 「今日こそ分かりました、空を眺めているようなふりをして
  花に心を奪われていらしたのだと」
 
   「あな、いとほし。
 戯れにのみも取りなすかな」
 「まあ、お気の毒な。
 冗談事にしてしまうのですね」
   など言へど、うるさがりて書き変へず。
 
 などと言うが、面倒がって書き変えない。
 
 
 

第四段 四月九日、大君、冷泉院に参院

 
   九日にぞ、参りたまふ。
 右の大殿、御車、御前の人びとあまたたてまつりたまへり。
 北の方も、恨めしと思ひきこえたまへど、年ごろさもあらざりしに、この御ことゆゑ、しげう聞こえ通ひたまへるを、またかき絶えむもうたてあれば、被け物ども、よき女の装束ども、あまたたてまつれたまへり。
 
 九日に、院に参上なさる。
 右の大殿は、お車、御前駆の人びとを大勢差し上げなさった。
 北の方も、恨めしくお思い申し上げなさったが、長年それほどでもなかったっが、このご一件で、しきりに手紙のやりとりなさったのに、再び途絶えてしまうこともおかしいので、禄や、立派な女の装束などを、たくさん差し上げなさった。
 
   「あやしう、うつし心もなきやうなる人のありさまを、見たまへ扱ふほどに、承りとどむることもなかりけるを、おどろかさせたまはぬも、うとうとしくなむ」  「不思議と、気の抜けたような息子の様子を、お世話していますうちに、はっきりと承ることもなかったので、お知らせ下さらなかったことを、他人行儀なと思っております」
   とぞありける。
 おいらかなるやうにてほのめかしたまへるを、いとほしと見たまふ。
 大臣も御文あり。
 
 とあったのだった。
 穏やかなようでいてそれとなく恨み言をこめなさったのを、困ったことと御覧になる。
 大臣からもお手紙がある。
 
   「みづからも参るべきに、思うたまへつるに、慎む事のはべりてなむ。
 男ども、雑役にとて参らす。
 疎からず召し使はせたまへ」
 「わたし自身参上しなければ、と存じましたが、物忌みがございまして。
 子息たちを、雑用にと思って伺わせます。
 ご遠慮なさらずお使い下さい」
   とて、源少将、兵衛佐など、たてまつれたまへり。
 「情けはおはすかし」と、喜びきこえたまふ。
 大納言殿よりも、人びとの御車たてまつれたまふ。
 北の方は、故大臣の御女、真木柱の姫君なれば、いづかたにつけても、睦ましう聞こえ通ひたまふべけれど、さしもあらず。
 
 と言って、源少将、兵衛佐など、を差し上げなさった。
 「ご厚意ありがとうございます」と、お礼申し上げなさる。
 大納言殿からも、女房たちのお車を差し上げなさる。
 北の方は、故大臣の娘で、真木柱の姫君なので、どちらの関係から見ても、親しくご交際なさり合うはずでいらっしゃるが、そんなにでもない。
 
   藤中納言はしも、みづからおはして、中将、弁の君たち、もろともに事行ひたまふ。
 殿のおはせましかばと、よろづにつけてあはれなり。
 
 藤中納言は、ご自身でいっしゃって、中将や、弁の君たちと、一緒に準備をなさる。
 殿が生きていらっしゃったならばと、何事につけても悲しい思いがする。
 
 
 

第五段 蔵人少将、大君と和歌を贈答

 
   蔵人の君、例の人にいみじき言葉を尽くして、  蔵人の君は、いつもの女房に大げさな言葉の限りを尽くして、
   「今は限りと思ひはべる命の、さすがに悲しきを。
 あはれと思ふ、とばかりだに、一言のたまはせば、それにかけとどめられて、しばしもながらへやせむ」
 「もうお終いだと思っております命も、そうはいっても悲しいよ。
 せめてお気の毒ぐらいに思う、とだけでも、一言おっしゃって下さったら、その言葉に引かれて、もう暫く生きていられましょうか」
   などあるを、持て参りて見れば、姫君二所うち語らひて、いといたう屈じたまへり。
 夜昼もろともに慣らひたまひて、中の戸ばかり隔てたる西東をだに、いといぶせきものにしたまひて、かたみにわたり通ひおはするを、よそよそにならむことを思すなりけり。
 
 などと書いてあるのを、持参して見ると、姫君たちお二方がお話して、とてもひどく沈み込んでいらっしゃった。
 昼夜一緒に居馴れて、中の戸だけを隔てた西と東の間でさえ、邪魔にお思いになって、お互いに行き来なさっていたが、離れ離れになろうことをお考えなのであった。
 
   心ことにしたて、ひきつくろひたてまつりたまへる御さま、いとをかし。
 殿の思しのたまひしさまなどを思し出でて、ものあはれなる折からにや、取りて見たまふ。
 「大臣、北の方の、さばかり立ち並びて、頼もしげなる御なかに、などかうすずろごとを思ひ言ふらむ」とあやしきにも、「限り」とあるを、「まことや」と思して、やがてこの御文の端に、
 特別に注意して準備して、お着付け申したご様子は、とても立派である。
 殿がご遺言なさった様子などをお思い出しになって、悲しい時だったせいか、手に取って御覧になる。
 「大臣や、北の方が、あれほど揃って、頼もしそうなご家庭で、どうしてこのようなわけの分からないことを思ったり言ったりするのだろう」と不思議なのにつけても、「お終いだ」とあるので、「本当だろうか」とお思いになって、そのままこのお手紙の端に、
 

613
 「あはれてふ 常ならぬ世の 一言も
 いかなる人に かくるものぞは
 「あわれという一言も、この無常の世に
  いったいどなたに言い掛けたらよいのでしょう
 
   ゆゆしき方にてなむ、ほのかに思ひ知りたる」  縁起でもない方面のこととしては、少しは存じております」
   と書きたまひて、「かう言ひやれかし」とのたまふを、やがてたてまつれたるを、限りなう珍しきにも、折思しとむるさへ、いとど涙もとどまらず。
 
 とお書きになって、「このように言いなさい」とおっしゃるのを、そのまま差し上げたところ、この上なく有り難いと思うにつけても、最後の機会をお考えになっていたのまでが嬉しくて、ますます涙が止まらない。
 
   立ちかへり、「誰が名は立たじ」など、かことがましくて、  折り返し、「誰の浮名が立たないで済みましょう」などと、恨みがましく書いて、
 

614
 「生ける世の 死には心に まかせねば
 聞かでややまむ 君が一言
 「生きているこの世の生死は思う通りにならないので
  聞かずに諦めきれましょうか、あなたのあわれという一言を
 
   塚の上にも掛けたまふべき御心のほど、思ひたまへましかば、ひたみちにも急がれはべらましを」  墓の上でもあわれという一言をおかけになるようなお心の中と、存じられましたら、一途に死ぬことも急がれましょうに」
   などあるに、「うたてもいらへをしてけるかな。
 書き変へでやりつらむよ」と苦しげに思して、ものものたまはずなりぬ。
 
 などとあるので、「まずいこと返事をしてしまったな。
 書き変えないでやってしまったことよ」と辛そうにお思いになって、何もおっしゃらなくなった。
 
 
 

第六段 冷泉院における大君と薫君

 
   大人、童、めやすき限りをととのへられたり。
 おほかたの儀式などは、内裏に参りたまはましに、変はることなし。
 まづ、女御の御方に渡りたまひて、尚侍の君は、御物語など聞こえたまふ。
 夜更けてなむ、上にまう上りたまひける。
 
 女房や、女童、無難な者だけを揃えられた。
 大方の儀式などは、帝に入内なさる時と、違った所がない。
 まず、女御の御方に参上なさって、尚侍の君は、ご挨拶など申し上げなさる。
 夜が更けてから院の御座所にお上がりになった。
 
   后、女御など、みな年ごろ経てねびたまへるに、いとうつくしげにて、盛りに見所あるさまを見たてまつりたまふは、などてかはおろかならむ。
 はなやかに時めきたまふ。
 ただ人だちて、心やすくもてなしたまへるさましもぞ、げに、あらまほしうめでたかりける。
 
 后や、女御など、皆、長年、院にあって年配になっていらっしゃるので、とてもかわいらしく、女盛りで見所のある様子をお見せ申し上げなさっては、どうしていいかげんに思われよう。
 はなやかに御寵愛を受けられなさる。
 臣下のように、気安くお暮らしになっていらっしゃる様子が、なるほど、申し分なく立派なのであった。
 
   尚侍の君を、しばしさぶらひたまひなむと、御心とどめて思しけるに、いと疾く、やをら出でたまひにければ、口惜しう心憂しと思したり。
 
 尚侍の君を、暫くの間伺候なさるようにと、お心にかけていらっしゃったが、とても早く、静かに退出なさってしまったので、残念に情けなくお思いなさった。
 
   源侍従の君をば、明け暮れ御前に召しまつはしつつ、げに、ただ昔の光る源氏の生ひ出でたまひしに劣らぬ人の御おぼえなり。
 院のうちには、いづれの御方にも疎からず、馴れ交じらひありきたまふ。
 この御方にも、心寄せあり顔にもてなして、下には、いかに見たまふらむの心さへ添ひたまへり。
 
 源侍従の君を、明け暮れ御前にお召しになって離さずにいられるので、なるほど、まるで昔の光る源氏がご成人なさった時に劣らない御寵愛ぶりである。
 院の内では、どの御方とも別け隔てなく、親しくお出入りしていらっしゃる。
 こちらの御方にも、好意を寄せているように振る舞って、内心では、どのように思っていらっしゃるのだろうという考えまでがおありであった。
 
   夕暮のしめやかなるに、藤侍従と連れてありくに、かの御方の御前近く見やらるる五葉に、藤のいとおもしろく咲きかかりたるを、水のほとりの石に、苔を蓆にて眺めゐたまへり。
 まほにはあらねど、世の中恨めしげにかすめつつ語らふ。
 
 夕暮のひっそりとした時に、藤侍従と連れ立って歩いていると、あちらの御前の近くに眺められる五葉の松に、藤がとても美しく咲きかかっているのを、遣水のほとりの石の上に、苔を敷物として腰掛けて眺めていらっしゃった。
 はっきりとではないが、姫君のことを恨めしそうにほのめかしながら話している。
 
 

615
 「手にかくる ものにしあらば 藤の花
 松よりまさる 色を見ましや」
 「手に取ることができるものなら、藤の花の
  松の緑より勝れた色を空しく眺めていましょうか」
 
   とて、花を見上げたるけしきなど、あやしくあはれに心苦しく思ほゆれば、わが心にあらぬ世のありさまにほのめかす。
 
 と言って、花を見上げている様子など、妙に気の毒に思われるので、自分の本心からでないことにほのめかす。
 
 

616
 「紫の 色はかよへど 藤の花
 心にえこそ かからざりけれ」
 「紫の色は同じだが、あの藤の花は
  わたしの思う通りにできなかったのです」
 
   まめなる君にて、いとほしと思へり。
 いと心惑ふばかりは思ひ焦られざりしかど、口惜しうはおぼえけり。
 
 まじめな君なので、気の毒にと思っていた。
 さほど理性を失うほど思い込んだのではなかったが、残念に思っていたのであった。
 
 
 

第七段 失意の蔵人少将と大君のその後

 
   かの少将の君はしも、まめやかに、いかにせましと、過ちもしつべく、しづめがたくなむおぼえける。
 聞こえたまひし人びと、中の君をと、移ろふもあり。
 少将の君をば、母北の方の御恨みにより、さもやと思ほして、ほのめかし聞こえたまひしを、絶えて訪れずなりにたり。
 
 あの少将の君は、真剣に、どのようにしようかと、間違い事もしでかしそうに、抑え難く思っているのであった。
 求婚申された方々で、中の君にと、鞍替えする人もいる。
 少将の君を、母北の方のお恨み言があるので、中の君を許そうかとお思いになって、それとなく申し上げなさったが、すっかり音沙汰がなくなってしまった。
 
   院には、かの君たちも、親しくもとよりさぶらひたまへど、この参りたまひてのち、をさをさ参らず、まれまれ殿上の方にさしのぞきても、あぢきなう、逃げてなむまかでける。
 
 冷泉院には、あの君たちも、親しくもともと伺候なさっていたが、この姫君が参上なさってから後は、ほとんど参上せず、まれに殿上の方に顔を見せても、つまらなく、逃げて退出するのであった。
 
   内裏には、故大臣の心ざしおきたまへるさまことなりしを、かく引き違へたる御宮仕へを、いかなるにか、と思して、中将を召してなむのたまはせける。
 
 帝におかせられては、故大臣のご意向に格別なものがあったので、このように遺志に反したお宮仕えを、どうしたことにか、とお思いあそばして、中将を呼んで仰せになった。
 
   「御けしきよろしからず。
 さればこそ、世人の心のうちも、傾きぬべきことなりと、かねて申しし事を、思しとるかた異にて、かう思し立ちにしかば、ともかくも聞こえがたくてはべるに、かかる仰せ言のはべれば、なにがしらが身のためも、あぢきなくなむはべる」
 「ご機嫌ななめです。
 それだからこそ、世間の人の思惑も、不審に思うに違いないと、かねて申し上げていたことを、ご判断を間違えて、このように御決心なさったので、何とも申し上げにくうございますが、このような仰せ言がございましたので、わたしどもの身のためにも、困ったことでございます」
   と、いとものしと思ひて、尚侍の君を申したまふ。
 
 と、とても不愉快に思って、尚侍の君をお責め申し上げなさる。
 
   「いさや。
 ただ今、かう、にはかにしも思ひ立たざりしを。
 あながちに、いとほしうのたまはせしかば、後見なき交じらひの内裏わたりは、はしたなげなめるを、今は心やすき御ありさまなめるに、まかせきこえて、と思ひ寄りしなり。
 誰れも誰れも、便なからむ事は、ありのままにも諌めたまはで、今ひき返し、右の大臣も、ひがひがしきやうに、おもむけてのたまふなれば、苦しうなむ。
 これもさるべきにこそは」
 「さあね。
 たった今、このように、急に思いついたのではなかったのに。
 無理やりに、お気の毒なほど仰せになったので、後見のない宮仕えの宮中生活は、頼りないようですが、今では気楽な御生活のようなので、お預け申して、と思ったからです。
 誰も彼もが、不都合なことは、率直に注意なさらずに、今頃むし返して、右大臣殿も、間違っていたような、おっしゃりようをなさるので、辛いことです。
 これも前世からの因縁でしょうよ」
   と、なだらかにのたまひて、心も騒がいたまはず。
 
 と、穏やかにおっしゃって、動揺なさらない。
 
   「その昔の御宿世は、目に見えぬものなれば、かう思しのたまはするを、これは契り異なるとも、いかがは奏し直すべきことならむ。
 中宮を憚りきこえたまふとて、院の女御をば、いかがしたてまつりたまはむとする。
 後見や何やと、かねて思し交はすとも、さしもえはべらじ。
 
 「その前世からのご宿縁は、目には見えないものなので、このように思し召し仰せになるのを、これは御縁がございませんと、どうして弁解申し上げることができましょう。
 中宮に御遠慮申されるとして、院の女御を、どのようにお扱い申されるおつもりですか。
 後見や何やかやと、以前よりお互いに親しくなさっていても、そうもまいりませんでしょう。
 
   よし、見聞きはべらむ。
 よう思へば、内裏は、中宮おはしますとて、異人は交じらひたまはずや。
 君に仕うまつることは、それが心やすきこそ、昔より興あることにはしけれ。
 女御は、いささかなることの違ひ目ありて、よろしからず思ひきこえたまはむに、ひがみたるやうになむ、世の聞き耳もはべらむ」
 まあよい、拝見致しましょう。
 よく考えれば、宮中は、中宮がいらっしゃるとて、他のお方は宮仕えなさらないでしょうか。
 帝にお仕え申すことは、それが気楽にできるところを、昔から興趣あることとしたものです。
 女御は、ちょっとした行き違いでもあって、不愉快にお思い申し上げなさったら、間違った宮仕えのように、世間も取り沙汰しましょう」
   など、二所して申したまへば、尚侍の君、いと苦しと思して、さるは、限りなき御思ひのみ、月日に添へてまさる。
 
 などと、二人して申し上げなさるので、尚侍の君、とても辛くお思いになって、その一方では、この上ない御寵愛が、月日とともに深まって行く。
 
   七月よりはらみたまひにけり。
 「うち悩みたまへるさま、げに、人のさまざまに聞こえわづらはすも、ことわりぞかし。
 いかでかはかからむ人を、なのめに見聞き過ぐしてはやまむ」とぞおぼゆる。
 明け暮れ、御遊びをせさせたまひつつ、侍従も気近う召し入るれば、御琴の音などは聞きたまふ。
 かの「梅が枝」に合はせたりし中将の御許の和琴も、常に召し出でて弾かせたまへば、聞き合はするにも、ただにはおぼえざりけり。
 
 七月からご懐妊なさったのであった。
 「苦しそうにしていらっしゃる様子は、なるほど、男性たちがいろいろと求婚申して困らせたのも、もっともである。
 どうしてこのような方を、軽く見聞きしてそのまま放っていられようか」と思われる。
 毎日のように、管弦の御遊をなさっては、侍従もお側近くにお召しになるので、お琴の音などをお聞きになる。
 あの「梅が枝」に合奏した中将のおもとの和琴も、いつも召し出して弾かせなさるので、それと聞くにつけても、平静ではいられなかった。
 
 
 

第四章 玉鬘の物語 玉鬘の姫君たちの物語

 
 

第一段 正月、男踏歌、冷泉院に回る

 
   その年かへりて、男踏歌せられけり。
 殿上の若人どもの中に、物の上手多かるころほひなり。
 その中にも、すぐれたるを選らせたまひて、この四位の侍従、右の歌頭なり。
 かの蔵人少将、楽人の数のうちにありけり。
 
 その年が改まって、男踏歌が行われた。
 殿上の若人たちの中に、芸達者な者が多いころである。
 その中でも、優れた人をお選びあそばして、この四位侍従は、右の歌頭である。
 あの蔵人少将は、楽人の数の中にいた。
 
   十四日の月のはなやかに曇りなきに、御前より出でて、冷泉院に参る。
 女御も、この御息所も、上に御局して見たまふ。
 上達部、親王たち、ひき連れて参りたまふ。
 
 十四日の月が明るく雲がないので、御前を出発して、冷泉院に参る。
 女御も、この御息所も、院の御殿に上局を設けて御覧になる。
 上達部、親王たちが、連れ立って参上なさる。
 
   「右の大殿、致仕の大殿の族を離れて、きらきらしうきよげなる人はなき世なり」と見ゆ。
 内裏の御前よりも、この院をばいと恥づかしう、ことに思ひきこえて、「皆人用意を加ふる中にも、蔵人少将は、見たまふらむかし」と思ひやりて、静心なし。
 
 「右の大殿と、致仕の大殿の一族とを除くと、端正で美しい人はいない世の中だ」と思われる。
 帝の御前よりも、この院をたいそう気の置ける、格別の所とお思い申し上げて、「すべての人が気をつかう中でも、蔵人少将は、御覧になっていらっしゃるだろう」と想像して、落ち着いていられない。
 
   匂ひもなく見苦しき綿花も、かざす人がらに見分かれて、様も声も、いとをかしくぞありける。
 「竹河」謡ひて、御階のもとに踏みよるほど、過ぎにし夜のはかなかりし遊びも思ひ出でられければ、ひがこともしつべくて涙ぐみけり。
 
 匂いもなく見苦しい綿花も、插頭す人によって見分けられて、態度も声も、実に美しかった。
 「竹河」を謡って、御階のもとに踏み寄る時、過ぎ去った夜のちょっとした遊びも思い出されたので、調子を間違いそうになって涙ぐむのであった。
 
   后の宮の御方に参れば、上もそなたに渡らせたまひて御覧ず。
 月は、夜深くなるままに、昼よりもはしたなう澄み上りて、いかに見たまふらむとのみおぼゆれば、踏む空もなうただよひありきて、盃も、さして一人をのみとがめらるるは、面目なくなむ。
 
 后の宮の御方に参ると、上もそちらにおいであそばして御覧になる。
 月は、夜が更けて行くにつれて、昼よりきまりが悪いくらい澄み昇って、どのように御覧になっているだろうとばかり思われるので、踏む所も分からずふらふら歩いて、盃も、名指しで一人だけ責められるのは、面目ないことである。
 
 
 

第二段 翌日、冷泉院、薫を召す

 
   夜一夜、所々かきありきて、いと悩ましう苦しくて臥したるに、源侍従を、院より召したれば、「あな、苦し。
 しばし休むべきに」とむつかりながら参りたまへり。
 御前のことどもなど問はせたまふ。
 
 一晩中、方々を歩いて、とても気分が苦しくて臥せっているところに、源侍従を、院から召されたので、「ああ、苦しい。
 もう暫く休みたいのに」と文句を言いながら参上なさった。
 宮中でのことなどをお尋ねあそばす。
 
   「歌頭は、うち過ぐしたる人のさきざきするわざを、選ばれたるほど、心にくかりけり」  「歌頭は、年配者がこれまでは勤めた役なのに、選ばれたことは、大したものだね」
   とて、うつくしと思しためり。
 「万春楽」を御口ずさみにしたまひつつ、御息所の御方に渡らせたまへば、御供に参りたまふ。
 物見に参りたる里人多くて、例よりははなやかに、けはひ今めかし。
 
 とおっしゃって、かわいいとお思いになっているようである。
 「万春楽」をお口ずさみなさりながら、御息所の御方にお渡りあそばすので、お供して参上なさる。
 見物に参った里方の人が多くて、いつもより華やかで、雰囲気が賑やかである。
 
   渡殿の戸口にしばしゐて、声聞き知りたる人に、ものなどのたまふ。
 
 渡殿の戸口に暫く座って、声を聞き知っている女房に、お話などなさる。
 
   「一夜の月影は、はしたなかりしわざかな。
 蔵人少将の、月の光にかかやきたりしけしきも、桂の影に恥づるにはあらずやありけむ。
 雲の上近くては、さしも見えざりき」
 「昨夜の月の光は、体裁の悪かったことだなあ。
 蔵人少将が、月の光に面映ゆく思っていた様子も、桂の影に恥ずかしがっていたのではなかろうか。
 雲の上近くでは、そんなには見えませんでした」
   など語りたまへば、人びとあはれと、聞くもあり。
 
 などとお話なさると、女房たちはお気の毒にと、聞く者もいる。
 
   「闇はあやなきを、月映えは、今すこし心異なり、と定めきこえし」などすかして、内より、  「闇でははっきりしませんが、月に照らされたお姿は、あなたのほうが素晴らしかった、とお噂しました」などとおだてて、内側から、
 

617
 「竹河の その夜のことは 思ひ出づや
 しのぶばかりの 節はなけれど」
 「竹河を謡ったあの夜のことは覚えていらっしゃいますか
  思い出すほどの出来事はございませんが」
 
   と言ふ。
 はかなきことなれど、涙ぐまるるも、「げに、いと浅くはおぼえぬことなりけり」と、みづから思ひ知らる。
 
 と言う。
 ちょっとしたことだが、涙ぐまれるのも、「なるほど、浅いご思慕ではなかったのだ」と、自分ながら分かって来る。
 
 

618
 「流れての 頼めむなしき 竹河に
 世は憂きものと 思ひ知りにき」
 「今までの期待も空しいとことと分かって
  世の中は嫌なものだとつくづく思い知りました」
 
   ものあはれなるけしきを、人びとをかしがる。
 さるは、おり立ちて人のやうにもわびたまはざりしかど、人ざまのさすがに心苦しう見ゆるなり。
 
 しんみりした様子を、女房たちは面白がる。
 とはいえ、態度に現して少将のようには泣き言はおっしゃらなかったが、人柄がそうは言ってもお気の毒に見えるのである。
 
   「うち出で過ぐすこともこそはべれ。
 あな、かしこ」
 「おしゃべりし過ぎましては。
 では、失礼」
   とて、立つほどに、「こなたに」と召し出づれば、はしたなき心地すれど、参りたまふ。
 
 と言って、立つところに、「こちらへ」とお召しがあったので、きまりの悪い思いがしたが、参上なさる。
 
   「故六条院の、踏歌の朝に、女楽にて遊びせられける、いとおもしろかりきと、右の大臣の語られし。
 何ごとも、かのわたりのさしつぎなるべき人、難くなりにける世なりや。
 いと物の上手なる女さへ多く集まりて、いかにはかなきことも、をかしかりけむ」
 「故六条院が、踏歌の翌朝に、女方で管弦の遊びをなさったのは、とても素晴らしかったと、右大臣が話されました。
 どのようなことにつけても、あのような方の後継者が、いなくなってしまった時代だね。
 とても音楽の上手な女性までが大勢集まって、どんなにちょっとしたことでも、面白かったことであろう」
   など思しやりて、御琴ども調べさせたまひて、箏は御息所、琵琶は侍従に賜ふ。
 和琴を弾かせたまひて、「この殿」など遊びたまふ。
 御息所の御琴の音、まだ片なりなるところありしを、いとよう教へないたてまつりたまひてけり。
 今めかしう爪音よくて、歌、曲のものなど、上手にいとよく弾きたまふ。
 何ごとも、心もとなく、後れたることはものしたまはぬ人なめり。
 
 などとご想像なさって、お琴類を調子を合わせあそばして、箏は御息所、琵琶は侍従にお与えになる。
 和琴をお弾きあそばして、「この殿」などを演奏なさる。
 御息所のお琴の音色は、まだ未熟なところがあったが、とてもよくお教え申し上げなさったのであった。
 華やかで爪音がよくて、歌謡の伴奏と、楽曲などを上手にたいそうよくお弾きになる。
 どのようなことも、心配で、至らないところはおありでない方のようである。
 
   容貌、はた、いとをかしかべしと、なほ心とまる。
 かやうなる折多かれど、おのづから気遠からず、乱れたまふ方なく、なれなれしうなどは怨みかけねど、折々につけて、思ふ心の違へる嘆かしさをかすむるも、いかが思しけむ、知らずかし。
 
 器量は、もちろんまた、実に素晴らしいのだろうと、やはり心が惹かれる。
 このような機会は多いが、自然とうとうとしくなく、程度を越すことはなく、馴れ馴れしく恨み言を言わないが、折々にふれて、望みが叶わなかった残念さをほのめかすのも、どのようにお思いになったであろうか、よく分からない。
 
 
 

第三段 四月、大君に女宮誕生

 
   卯月に、女宮生まれたまひぬ。
 ことにけざやかなるものの、栄もなきやうなれど、院の御けしきに従ひて、右の大殿よりはじめて、御産養したまふ所々多かり。
 尚侍の君、つと抱き持ちてうつくしみたまふに、疾う参りたまふべきよしのみあれば、五十日のほどに参りたまひぬ。
 
 四月に、女宮がお生まれになった。
 特別に目立ったことはないようであるが、院のお気持ちによって、右の大殿をはじめとして、御産養をなさる所々が多かった。
 尚侍の君が、ぴったりと抱いておかわいがりなさるので、早く参院なさるようにとばかりあるので、五十日のころに参院なさった。
 
   女一の宮、一所おはしますに、いとめづらしくうつくしうておはすれば、いといみじう思したり。
 いとどただこなたにのみおはします。
 女御方の人びと、「いとかからでありぬべき世かな」と、ただならず言ひ思へり。
 
 女一宮が、お一方いらっしゃったが、実にひさしぶりでかわいらしくいらっしゃるので、たいそう嬉しくお思いであった。
 ますますただこちらにばかりおいであそばす。
 女御方の女房たちは、「ほんとにこんなでなくあってほしいことですわ」と、不満そうに言ったり思ったりしている。
 
   正身の御心どもは、ことに軽々しく背きたまふにはあらねど、さぶらふ人びとの中に、くせぐせしきことも出で来などしつつ、かの中将の君の、さいへど人のこのかみにて、のたまひしことかなひて、尚侍の君も、「むげにかく言ひ言ひの果ていかならむ。
 人笑へに、はしたなうもやもてなされむ。
 上の御心ばへは浅からねど、年経てさぶらひたまふ御方々、よろしからず思ひ放ちたまはば、苦しくもあるべきかな」と思ほすに、内裏には、まことにものしと思しつつ、たびたび御けしきありと、人の告げ聞こゆれば、わづらはしくて、中の姫君を、公ざまにて交じらはせたてまつらむことを思して、尚侍を譲りたまふ。
 
 ご本人どうしのお気持ちは、特に軽々しくお背きになることはないが、伺候する女房の中に、意地悪な事も出て来たりして、あの中将の君が、そうは言っても兄で、おっしゃったことが実現して、尚侍の君も、「むやみにこのように言い言いして最後はどうなるのだろう。
 物笑いに、体裁の悪い扱いを受けるのではないだろうか。
 お上の御愛情は浅くはないが、長年仕えていらっしゃる御方々が、面白からずお見限りになったら、辛いことになるだろう」とお思いになると、帝におかせられては、ほんとうにけしからぬとお思いになり、再々御不満をお洩らしになると、人がお知らせ申すので、厄介に思って、中の君を、女官として宮仕えに差し上げることをお考えになって、尚侍をお譲りなさる。
 
   朝廷、いと難うしたまふことなりければ、年ごろ、かう思しおきてしかど、え辞したまはざりしを、故大臣の御心を思して、久しうなりにける昔の例など引き出でて、そのことかなひたまひぬ。
 この君の御宿世にて、年ごろ申したまひしは難きなりけり、と見えたり。
 
 朝廷は、尚侍の交替をそう簡単にお認めなさらないことなので、長年、このようにお考えになっていたが、辞任することができなかったのを、故大臣のご遺志をお思いになって、遠くなってしまった昔の例などを引き合いに出して、そのことが実現なさった。
 この君のご運命で、長年申し上げなさっていたことは難しいことだったのだ、と思えた。
 
 
 

第四段 玉鬘、夕霧へ手紙を贈る

 
   「かくて、心やすくて内裏住みもしたまへかし」と、思すにも、「いとほしう、少将のことを、母北の方のわざとのたまひしものを。
 頼めきこえしやうにほのめかし聞こえしも、いかに思ひたまふらむ」と思し扱ふ。
 
 「こうして、気楽に宮中生活をなさってください」と、お思いになるが、「お気の毒に、少将のことを、母北の方がわざわざおっしゃったものを。
 お頼み申したようにほのめかしてくださったが、どのように思っていらっしゃるだろう」と気になさる。
 
   弁の君して、心うつくしきやうに、大臣に聞こえたまふ。
 
 弁の君を介して、他意のないように、大臣に申し上げなさる。
 
   「内裏より、かかる仰せ言のあれば、さまざまに、あながちなる交じらひの好みと、世の聞き耳もいかがと思ひたまへてなむ、わづらひぬる」  「帝から、あのような仰せ言があるので、あれこれと、無理な宮仕えの好みだと、世間の人聞きもどのようなものかと存じられまして、困っております」
   と聞こえたまへば、  と申し上げなさると、
   「内裏の御けしきは、思しとがむるも、ことわりになむ承る。
 公事につけても、宮仕へしたまはぬは、さるまじきわざになむ。
 はや、思し立つべきになむ」
 「帝の御不興は、お咎めがあるのも、ごもっともなことと拝します。
 公事に関しても、宮仕えなさらないのは、よくないことです。
 早く、ご決心なさい」
   と申したまへり。
 
 と申し上げなさった。
 
   また、このたびは、中宮の御けしき取りてぞ参りたまふ。
 「大臣おはせましかば、おし消ちたまはざらまし」など、あはれなることどもをなむ。
 姉君は、容貌など名高う、をかしげなりと、聞こしめしおきたりけるを、引き変へたまへるを、なま心ゆかぬやうなれど、これもいとらうらうじく、心にくくもてなしてさぶらひたまふ。
 
 また、今度は、中宮の御機嫌伺いして参内する。
 「大臣が生きていらっしゃったならば、どなたもないがしろになさりはしないだろうに」などと、しみじみと悲しい思いをする。
 姉君は、器量なども評判高く、美しいとお聞きあそばしていらしたが、代わりなさったので、ご不満のようであるが、こちらもとても気が利いていて、奥ゆかしく振る舞って伺候なさっている。
 
 
 

第五段 玉鬘、出家を断念

 
   前の尚侍の君、容貌を変へてむと思し立つを、  前尚侍の君は、出家しようと決意なさったが、
   「かたがたに扱ひきこえたまふほどに、行なひも心あわたたしうこそ思されめ。
 今すこし、いづ方も心のどかに見たてまつりなしたまひて、もどかしきところなく、ひたみちに勤めたまへ」
 「それぞれにお世話申し上げなさっている時に、勤行も気忙しく思われなさることでしょう。
 もう少し、どちらの方も安心できる状態を拝見なさってから、誰にも非難されるところなく、一途に勤行なさい」
   と、君たちの申したまへば、思しとどこほりて、内裏には、時々忍びて参りたまふ折もあり。
 院には、わづらはしき御心ばへのなほ絶えねば、さるべき折も、さらに参りたまはず。
 いにしへを思ひ出でしが、さすがに、かたじけなうおぼえしかしこまりに、人の皆許さぬことに思へりしをも、知らず顔に思ひて参らせたてまつりて、「みづからさへ、戯れにても、若々しきことの世に聞こえたらむこそ、いとまばゆく見苦しかるべけれ」と思せど、さる罪によりと、はた、御息所にも明かしきこえたまはねば、「われを、昔より、故大臣は取り分きて思しかしづき、尚侍の君は、若君を、桜の争ひ、はかなき折にも、心寄せたまひし名残に、思し落としけるよ」と、恨めしう思ひきこえたまひけり。
 院の上、はた、ましていみじうつらしとぞ思しのたまはせける。
 
 と、君たちが申し上げなさるので、思いお留まりなさって、宮中へは、時々こっそりと参内なさる時もある。
 院へは、厄介なお気持ちがなおも続いているので、参上なさるべき時にも、まったく参上なさらない。
 昔の事を思い出したが、そうは言っても、恐れ多く思われたお詫びに、誰も不賛成に思っていたことを、知らず顔に院に差し上げて、「自分自身までが、冗談にせよ、年がいもない浮名が世間に流れ出したら、とても目も当てられず恥ずかしいことだろう」とお思いになるが、そのような憚りがあるからとは、はたまた、御息所にも打ち明けて申し上げなさらないので、「わたしを、昔から、故大臣は特別にかわいがり、尚侍の君は、若君を、桜の木の争いや、ちょっとした時にも、味方なさった続きで、わたしをあまり思ってくださらないのだ」と、恨めしくお思い申し上げていらっしゃるのであった。
 院の上は、院の上でまた、それ以上に辛いとお思いになりお口にお出しあそばすのであった。
 
   「古めかしきあたりにさし放ちて。
 思ひ落とさるるも、ことわりなり」
 「年老いたわたしのところは放っておいて。
 軽くお思いなさるのも、無理のないことだ」
   と、うち語らひたまひて、あはれにのみ思しまさる。
 
 と、お語らいになって、いとしく思われる気持ちはますます深まる。
 
 
 

第六段 大君、男御子を出産

 
   年ごろありて、また男御子産みたまひつ。
 そこらさぶらひたまふ御方々に、かかることなくて年ごろになりにけるを、おろかならざりける御宿世など、世人おどろく。
 帝は、まして限りなくめづらしと、この今宮をば思ひきこえたまへり。
 「おりゐたまはぬ世ならましかば、いかにかひあらまし。
 今は何ごとも栄なき世を、いと口惜し」となむ思しける。
 
 数年たって、また男御子をお産みになった。
 大勢いらっしゃる御方々に、このようなことはなくて長年になったが、並々でなかったご宿世などを、世人は驚く。
 帝は、それ以上にこの上なくめでたいと、この今宮をお思い申し上げなさった。
 「退位なさらない時であったら、どんなにか意義のあることであったろうに。
 今では何事も見栄えがしない時なのを、まことに残念だ」とお思いになるのであった。
 
   女一の宮を、限りなきものに思ひきこえたまひしを、かくさまざまにうつくしくて、数添ひたまへれば、めづらかなる方にて、いとことにおぼいたるをなむ、女御も、「あまりかうてはものしからむ」と、御心動きける。
 
 女一の宮を、この上なく大切にお思い申し上げていらっしゃったが、このようにそれぞれにかわいらしく、お子様がお加わりになったので、珍しく思われて、たいそう格別に寵愛なさるのを、女御も、「あまりにこういう有様では不愉快だろう」と、お心が穏やかでないのであった。
 
   ことにふれて、やすからずくねくねしきこと出で来などして、おのづから御仲も隔たるべかめり。
 世のこととして、数ならぬ人の仲らひにも、もとよりことわりえたる方にこそ、あいなきおほよその人も、心を寄するわざなめれば、院のうちの上下の人びと、いとやむごとなくて、久しくなりたまへる御方にのみことわりて、はかないことにも、この方ざまを良からず取りなしなどするを、御兄の君たちも、
 何か事ある毎に、面白くない面倒な事態が出て来たりなどして、自然とお二方の仲も隔たったようである。
 世間の常として、身分の低い人の間でも、もともと本妻の地位にある方は、関係のない一般の人も、味方するもののようなので、院の内の身分の上下の女房たち、まことにれっきとした身分で、長年連れ添っていらっしゃる御方にばかり道理があるように言って、ちょっとしたことでも、この御方側を良くないように噂したりなどするのを、御兄君たちも、
   「さればよ。
 悪しうやは聞こえおきける」
 「それ見たことよ。
 間違ったことを申し上げたでしょうか」
   と、いとど申したまふ。
 心やすからず、聞き苦しきままに、
 と、ますますお責めになる。
 心穏やかならず、聞き苦しいままに、
   「かからで、のどやかにめやすくて世を過ぐす人も多かめりかし。
 限りなき幸ひなくて、宮仕への筋は、思ひ寄るまじきわざなりけり」
 「このようにでなく、のんびりと無難に結婚生活を送る人も多いだろうに。
 この上ない幸運に恵まれないでは、宮仕えの事は、考えるべきことではなかったのだ」
   と、大上は嘆きたまふ。
 
 と、大上はお嘆きになる。
 
 
 

第七段 求婚者たちのその後

 
   聞こえし人びとの、めやすくなり上りつつ、さてもおはせましに、かたはならぬぞあまたあるや。
 その中に、源侍従とて、いと若う、ひはづなりと見しは、宰相の中将にて、「匂ふや、薫るや」と、聞きにくくめで騒がるなる、げに、いと人柄重りかに心にくきを、やむごとなき親王たち、大臣の、御女を、心ざしありてのたまふなるなども、聞き入れずなどあるにつけて、「そのかみは、若う心もとなきやうなりしかど、めやすくねびまさりぬべかめり」など、言ひおはさうず。
 
 求婚申し上げた人びとで、それぞれ立派に昇進して、結婚なさったしても、不似合いでない方は大勢いることよ。
 その中で、源侍従と言って、たいそう若く、ひ弱に見えた方は宰相中将になって、「匂うよ、薫よ」と、聞き苦しいほどもてはやされるが、なるほど、人柄も落ち着いて奥ゆかしいので、高貴な親王方、大臣が、娘を結婚させようとおっしゃるのなどにも、聞き入れないなどと聞くにつけても、「あの頃は、若く頼りないようであったが、立派に成人なさったようだ」などと、言っていらっしゃる。
 
   少将なりしも、三位中将とか言ひて、おぼえあり。
 
 少将であった方も、三位中将とか言って、評判が良い。
 
   「容貌さへ、あらまほしかりきや」  「器量まで、が立派だった」
   など、なま心悪ろき仕うまつり人は、うち忍びつつ、  などと、意地悪な女房たちは、こっそりと、
   「うるさげなる御ありさまよりは」  「厄介な御様子の所に参るよりは」
   など言ふもありて、いとほしうぞ見えし。
 
 などと言う者もいて、お気の毒に見えた。
 
   この中将は、なほ思ひそめし心絶えず、憂くもつらくも思ひつつ、左大臣の御女を得たれど、をさをさ心もとめず、「道の果てなる常陸帯の」と、手習にも言種にもするは、いかに思ふやうのあるにかありけむ。
 
 この中将は、依然として思い染めた気持ちがさめず、嫌で辛くも思いながら、左大臣の姫君を得たが、全然愛情を感じず、「道の果てなる常陸帯の」と、手習いにも口ぐせにもしているのは、どのように思ってのことであろうか。
 
   御息所、やすげなき世のむつかしさに、里がちになりたまひにけり。
 尚侍の君、思ひしやうにはあらぬ御ありさまを、口惜しと思す。
 内裏の君は、なかなか今めかしう心やすげにもてなして、世にもゆゑあり、心にくきおぼえにて、さぶらひたまふ。
 
 御息所は、気苦労の多い宮仕えの煩わしさに、里にいることが多くおなりになってしまった。
 尚侍の君は、思っていたようにならなかったご様子を、残念にお思いになる。
 内裏の君は、かえって派手に気楽に振る舞って、大変風雅に、奥ゆかしいとの評判を得て、宮仕えなさっている。
 
 
 

第五章 薫君の物語 人びとの昇進後の物語

 
 

第一段 薫、玉鬘邸に昇進の挨拶に参上

 
   左大臣亡せたまひて、右は左に、藤大納言、左大将かけたまへる右大臣になりたまふ。
 次々の人びとなり上がりて、この薫中将は、中納言に、三位の君は、宰相になりて、喜びしたまへる人びと、この御族より他に人なきころほひになむありける。
 
 左大臣がお亡くなりになって、右は左に、藤大納言は、左大将を兼官なさった右大臣におなりになる。
 順々下の人びとが昇進して、この薫中将は、中納言に、三位の君は宰相になって、ご昇進なさった方々は、これら一族以外に人もいないといった時勢であった。
 
   中納言の御喜びに、前の尚侍の君に参りたまへり。
 御前の庭にて拝したてまつりたまふ。
 尚侍の君対面したまひて、
 中納言の昇進のお礼参りに、前尚侍の君の所に参上なさった。
 御前の庭先で拝舞申し上げなさる。
 尚侍の君がお目にかかりなさって、
   「かく、いと草深くなりゆく葎の門を、よきたまはぬ御心ばへにも、まづ昔の御こと思ひ出でられてなむ」  「このように、とても草深くなって行く葎の門を、お避けにならないお心使いに対して、まず昔の六条院の御事が思い出されまして」
   など聞こえたまふ、御声、あてに愛敬づき、聞かまほしう今めきたり。
 「古りがたくもおはするかな。
 かかれば、院の上は、怨みたまふ御心絶えぬぞかし。
 今つひに、ことひき出でたまひてむ」と思ふ。
 
 などと申し上げなさる、お声は、上品で愛嬌があって、耳に快く響く。
 「いつまでもお若くいらっしゃるな。
 これだから、院のお上はお恨みになるお心が褪せないのだ。
 そのうちきっと、事件をお起こしになるだろう」と思う。
 
   「喜びなどは、心にはいとしも思うたまへねども、まづ御覧ぜられにこそ参りはべれ。
 よきぬなどのたまはするは、おろかなる罪にうちかへさせたまふにや」と申したまふ。
 
 「喜びなどは、わたしはさほど嬉しく存じませんが、まず知って戴こうと参上したのでございます。
 避けないなどとおっしゃるのは、御無沙汰の罪を皮肉って言われたのでしょうか」とご挨拶申し上げなさる。
 
   「今日は、さだすぎにたる身の愁へなど、聞こゆべきついでにもあらずと、つつみはべれど、わざと立ち寄りたまはむことは難きを、対面なくて、はた、さすがにくだくだしきことになむ。
 
 「今日は、老人の繰り言などを、申し上げるべき時ではないと、気がとがめますが、わざわざお立ち寄りになることは難しいので、お会いしなくては、また、いくらなんでもごたごたした話ですから。
 
   院にさぶらはるるが、いといたう世の中を思ひ乱れ、中空なるやうにただよふを、女御を頼みきこえ、また后の宮の御方にも、さりとも思し許されなむと、思ひたまへ過ぐすに、いづ方にも、なめげに心ゆかぬものに思されたなれば、いとかたはらいたくて、宮たちは、さてさぶらひたまふ。
 この、いと交じらひにくげなるみづからは、かくて心やすくだにながめ過ぐいたまへとて、まかでさせたるを、それにつけても、聞きにくくなむ。
 
 院に伺候しておられるのが、とてもひどく宮仕えのことを思い悩んで、宙に浮いたような恰好でうろうろしていますが、女御をご信頼申して、また后の宮の御方にも、そうは言ってもお許し戴けるだろうと、存じておりましたのに、どちらにも礼儀知らずで堪忍できない者とお思いなされたそうなので、とても具合が悪くて、宮たちは、そのまま残しておいでになる。
 この、とても生活しにくそうな本人は、こうしてせめて気楽にぼんやりとお過ごしなさいと思って、退出させたのですが、それに対しても聞きにくい噂です。
 
   上にもよろしからず思しのたまはすなる。
 ついであらば、ほのめかし奏したまへ。
 とざまかうざまに、頼もしく思ひたまへて、出だし立てはべりしほどは、いづ方をも心やすく、うちとけ頼みきこえしかど、今は、かかること誤りに、幼うおほけなかりけるみづからの心を、もどかしくなむ」
 上様にもけしからぬとお思いになりお口になさるそうです。
 機会がありましたら、ちらっとよろしく申し上げてください。
 あちら様こちら様と、頼もしく存じて、出仕させました当座は、どちら様も安心して、信頼申し上げたが、今では、このような間違いに、子供っぽく大それた自分自身の考えを、恨んでおります」
   と、うち泣いたまふけしきなり。
 
 と、涙ぐみなさる様子である。
 
 
 

第二段 薫、玉鬘と対面しての感想

 
   「さらにかうまで思すまじきことになむ。
 かかる御交じらひのやすからぬことは、昔より、さることとなりはべりにけるを、位を去りて、静かにおはしまし、何ごともけざやかならぬ御ありさまとなりにたるに、誰れもうちとけたまへるやうなれど、おのおのうちうちは、いかがいどましくも思すこともなからむ。
 
 「まったくそんなにまでお考えなることはありません。
 このような宮仕えの楽でないことは、昔から、そのようなことと決まっておりますが、位を去って、静かにお暮らしでいらっしゃり、どのようなことでも華やかでないご生活となってしまったので、皆が気を許し合っていらっしゃるようですが、それぞれ内心では、どんなに競争心をお持ちになることもないでしょうか。
 
   人は何の咎と見ぬことも、わが御身にとりては恨めしくなむ、あいなきことに心動かいたまふこと、女御、后の常の御癖なるべし。
 さばかりの紛れもあらじものとてやは、思し立ちけむ。
 ただなだらかにもてなして、ご覧じ過ぐすべきことにはべるなり。
 男の方にて、奏すべきことにもはべらぬことになむ」
 他人は何の過失と思わないことでも、ご自身にとっては恨めしいものでして、つまらないことに心を動かしなさることは、女御や、后のいつものお癖でしょう。
 それくらいのいざこざもない起こらないものと思って、ご決心なさったのですか。
 ただ穏やかに振る舞って、お見過ごしなさることでございます。
 男の者が、申し上げるべきことではございません」
   と、いとすくすくしう申したまへば、  と、たいそうそっけなく申し上げなさるので、
   「対面のついでに愁へきこえむと、待ちつけたてまつりたるかひなく、あはの御ことわりや」  「お会いした時に愚痴をこぼそうと、お待ち申していた効もなく、あっさりしたご判断ですこと」
   と、うち笑ひておはする、人の親にて、はかばかしがりたまへるほどよりは、いと若やかにおほどいたる心地す。
 「御息所も、かやうにぞおはすべかめる。
 宇治の姫君の心とまりておぼゆるも、かうざまなるけはひのをかしきぞかし」と思ひゐたまへり。
 
 と、笑っていらっしゃる、人の親として、てきぱきと事を処理していらっしゃる割には、とても若くおっとりとした感じがする。
 「御息所も、このようなふうでいらっしゃるのだろう。
 宇治の姫君が心にとまって思われるのも、このような様子に興味惹かれるからだ」と思って座っていらっしゃった。
 
   尚侍も、このころまかでたまへり。
 こなたかなた住みたまへるけはひをかしう、おほかたのどやかに、紛るることなき御ありさまどもの、簾の内、心恥づかしうおぼゆれば、心づかひせられて、いとどもてしづめめやすきを、大上は、「近うも見ましかば」と、うち思しけり。
 
 尚侍の君も、この頃退出なさっていた。
 こちらとあちらとに住んでいらっしゃる様子は素晴らしく、全体がのんびりと忙しさに、紛れることないご様子で、御簾の内側が、気恥ずかしく感じられるので、自然と気づかいがされて、ますます静かで感じが良いのを、大上は、「近くでお世話するのだったなら」と、お思いになるのであった。
 
 
 

第三段 右大臣家の大饗

 
   大臣の殿は、ただこの殿の東なりけり。
 大饗の垣下の君達など、あまた集ひたまふ。
 兵部卿宮、左の大臣殿の賭弓の還立、相撲の饗応などには、おはしまししを思ひて、今日の光と請じたてまつりたまひけれど、おはしまさず。
 
 大臣殿は、ちょうどこちらの殿の東であった。
 大饗の垣下の公達などが、大勢参上なさる。
 兵部卿宮や、左の大臣殿の賭弓の還立や、相撲の饗応などには、いらっしゃったことを思って、今日の光を添えて戴きたいとご招待申し上げなさったが、いらっしゃらなかった。
 
   心にくくもてかしづきたまふ姫君たちを、さるは、心ざしことに、いかで、と思ひきこえたまふべかめれど、宮ぞ、いかなるにかあらむ、御心もとめたまはざりける。
 源中納言の、いとどあらまほしうねびととのひ、何ごとも後れたる方なくものしたまふを、大臣も北の方も、目とどめたまひけり。
 
 奥ゆかしく大切にお世話なさっている姫君たちを、一方では、特に気を配って、何とか婿君に、と思い申し上げなさっているようであるが、宮は、どうしたことであろうか、お心を止めにならなかった。
 源中納言が、ますます理想的に成長して、どのような事にも劣ったことがなくいらっしゃるのを、大臣も北の方も、お目を止めていらっしゃった。
 
   隣のかくののしりて、行き違ふ車の音、先駆追ふ声々も、昔のこと思ひ出でられて、この殿には、ものあはれにながめたまふ。
 
 隣でこのように大騒ぎして、行き交う車の音、前駆の声々も、昔の事が自然と思い出されて、こちらの殿では、しみじみと物思いなさっている。
 
   「故宮亡せたまひて、ほどもなく、この大臣の通ひたまひしほどを、いとあはつけいやうに、世人はもどくなりしかど、かくてものしたまふも、さすがなる方にめやすかりけり。
 定めなの世や。
 いづれにか寄るべき」などのたまふ。
 
 「故宮がお亡くなりになって、間もなく、この大臣がお通いになったことを、まことに軽薄なように世間の人は非難したというが、愛情も薄れずにこのように暮らしておいでなのも、やはり無難なことであった。
 無常の世の中よ。
 どちらが良いものでしょうか」などとおっしゃる。
 
 
 

第四段 宰相中将、玉鬘邸を訪問

 
   左の大殿の宰相中将、大饗のまたの日、夕つけてここに参りたまへり。
 御息所、里におはすと思ふに、いとど心げさう添ひて、
 左の大殿の宰相中将は、大饗の翌日、夕方にこちらに参上なさった。
 御息所が、里にいらっしゃると思うと、ますます緊張して、
   「朝廷のかずまへたまふ喜びなどは、何ともおぼえはべらず。
 私の思ふことかなはぬ嘆きのみ、年月に添へて、思うたまへはるけむ方なきこと」
 「朝廷が忘れずに加えてくださった昇進の喜びなどは、特に何とも思いません。
 私事で思い通りにならない嘆きばかりが、年月とともに積もり重なって、晴らしようもございません」
   と、涙おしのごふも、ことさらめいたり。
 二十七、八のほどの、いと盛りに匂ひ、はなやかなる容貌したまへり。
 
 と、涙を拭うのも、わざとらしい。
 二十七、八歳のほどで、とても男盛りで、華やかな容貌をしていらっしゃった。
 
   「見苦しの君たちの、世の中を心のままにおごりて、官位をば何とも思はず、過ぐしいますがらふや。
 故殿のおはせましかば、ここなる人びとも、かかるすさびごとにぞ、心は乱らまし」
 「困った息子たちの、世の中を思いのままになると思って、官位を何とも思わず、過ごしていらっしゃる。
 故殿が生きていらっしゃったら、自分の家の子供たちも、このようなのんきな遊び事に、心を奪われたでしょうに」
   とうち泣きたまふ。
 右兵衛督、右大弁にて、皆非参議なるを、うれはしと思へり。
 侍従と聞こゆめりしぞ、このころ、頭中将と聞こゆめる。
 年齢のほどは、かたはならねど、人に後ると嘆きたまへり。
 宰相は、とかくつきづきしく。
 
 とお泣きになる。
 右兵衛督や、右大弁になったが、皆非参議でいるのを嘆かわしいことと思っていた。
 侍従と言われていたらしい人は、この頃、頭中将と呼ばれているようである。
 年齢から言えば、不十分ではないが、人に後れたと嘆いていらっしゃった。
 宰相は、何やかやとうまいことを言って来て。
 
 
 

【出典】

 
  出典1 已被楊妃遥側目(白氏文集巻三-「上陽白髪人」)(戻)  
  出典2 色よりも香こそあはれと思ほゆれ誰が袖触れし宿の梅ぞも(古今集春上-三三 読人しらず)(戻)  
  出典3 梅が枝に 来居る鴬 や 春かけて はれ 春かけて 鳴けどもいまだ や 雪は降りつつ あはれ そこよしや 雪は降りつつ(催馬楽-梅が枝)(戻)  
  出典4 鴬声誘引来花下 草色匂留坐水辺(白氏文集巻十八-「春江」・和漢朗詠集上-鴬)(戻)  
  出典5 この殿は むべも富みけり 三枝の あはれ 三枝の はれ 三枝の 三つば四つばの中に 殿づくりせり 殿づくりせりや(催馬楽-この殿は)(戻)  
  出典6 竹河の 橋のつめなるや 橋のつめなるや 花園に はれ 花園に 我をば放てや 我をば放てや 少女(めざし)たぐへて(催馬楽-竹河)(戻)  
  出典7 春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やは隠るる(古今集春上-四一 凡河内躬恒)(戻)  
  出典8 桜咲くさくらの山の桜花咲く桜あれば散る桜あり(源氏釈所引-出典未詳)(戻)  
  出典9 桜花散りかひ曇れ老いらくの来むといふなる道まがふがに(古今集賀-三四九 在原業平)(戻)  
  出典10 花鳥の色をも音をもいたづらにもの憂かる身は過ぐすのみなり(後撰集夏-二一二 藤原雅正)(戻)  
  出典11 桜色に衣は深く染めて着む花の散りなむ後の形見に(古今集春上-六六 紀有朋)(戻)  
  出典12 枝よりもあだに散りにし花なれば落ちても水の泡とこそなれ(古今集春下-八一 菅野高世)(戻)  
  出典13 大空に覆ふばかりの袖もがな春咲く花を風にまかせじ(後撰集春中-六四 読人しらず)(戻)  
  出典14 人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道に惑ひぬるかな(後撰集雑一-一一〇二 藤原兼輔)(戻)  
  出典15 嬉しくは忘るることもありなまし辛きぞ長き形見なりける(古今六帖四-二一九一 清原深養父)(戻)  
  出典16 恋死なば誰が名は立たじ世の中の常なきものと言ひはなすとも(古今集恋二-六〇三 清原深養父)(戻)  
  出典17 季札之初使北過徐君---乃解其宝剣、懸徐君塚樹而去(史記-呉世家)(戻)  
  出典18 春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やは隠るる(古今集春上-四一 凡河内躬恒)(戻)  
  出典19 世の中をかく言ひ言ひの果て果てはいかにやいかになるらむとすらむ(拾遺集雑上-五〇七 読人しらず)(戻)  
  出典20 東路の道の果てなる常陸帯のかごとばかりも逢ひ見てしがな(古今六帖五-三三六〇)(戻)  
 
 

【校訂】

 
  備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△  
  校訂1 ゆかりにも似ざめれど--ゆかり(り/+に<朱>)せ(せ/$さ<朱>)めれと(戻)  
  校訂2 若き--わか(か/+き)(戻)  
  校訂3 ましかばと--*ましかは(戻)  
  校訂4 匂ひ香--にほひ(ひ/+か<朱>)(戻)  
  校訂5 けしきばみ--けしきい(い/$は<朱>)み(戻)  
  校訂6 見所--みと(と/+こ<朱>)ろ(戻)  
  校訂7 見証--け(け/+ん)そ(戻)  
  校訂8 おはしましし--おはしまさうし(さうし/$しゝ)(戻)  
  校訂9 そこはかとなく--そこはかとなくて(て/#)(戻)  
  校訂10 勝ち負けを--かちまけに(に/$を<朱>)(戻)  
  校訂11 らかりける--つらかりけり(り/$る<朱>)(戻)  
  校訂12 かき絶えむ--かきたら(ら/$え<朱>)ん(戻)  
  校訂13 かことがましく--かう(う/$こ<朱>)とかましく(戻)  
  校訂14 見所--見とこゝ(ゝ/#)ろ(戻)  
  校訂15 おぼえざり--おほ(ほ/+え<朱>)さり(戻)  
  校訂16 月映えは--月はえ(え/+は)(戻)  
  校訂17 心とまる--(/+心<朱>)とまる(戻)  
  校訂18 なりたまへる--なりたまへり(り/$る)(戻)  
  校訂19 はかないこと--はかなひ(ひ/$い<朱>)こと(戻)  
  校訂20 尚侍の君--ないし(し/+の<朱>)かんの君(戻)  
  校訂21 あはつけいやう--あい(い/$は<朱>)つけいやう(戻)  
  校訂22 官位をば--つかさくらいを(を/+は<朱>)(戻)  
 

 
 ※(以下は当サイトによる)大島本は、定家本の書写。
 書写の信頼度は、大島本<明融(臨模)本<定家自筆本、とされている。