原文 定家本 明融臨模本 |
現代語訳 (渋谷栄一) 各自要検討 |
注釈 【渋谷栄一】 各自要検討 |
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年月に添へて、 御息所の御ことを思し忘るる折なし。 |
年月がたつにつれて、 御息所のことをお忘れになる折がない。 |
【年月に添へて】 :再び帝の故桐壺更衣思慕の物語が語られる。帝にとって桐壺更衣は「年月に添へて御息所の御ことを思し忘るる折なし」という故人である。 |
「慰むや」と、 | 「心慰めることができようか」と、 |
【慰む】 :気が紛れる。忘れられない気持ちを忘れさせること。 |
さるべき人びと参らせたまへど、 | その人に相当するような女性たちをお召しになるが、 |
【さるべき人びと】 :帝の気持ちを紛らす適当な姫君たち。 |
「なずらひに思さるるだにいとかたき世かな」と、 | 「せめて比べられるほどに思われなさる人さえめったにいない世の中だ」と、 |
【なずらひに思さるるだにいとかたき世かな】 :帝の心。 「故御息所に比肩できそうな人さえめったにいない世の中だな」。 |
疎ましうのみよろづに思しなりぬるに、 | 厭わしいばかりに万事が思し召されていたところ、 | |
先帝の四の宮の、 | 先帝の四の宮で、 |
【先帝の四の宮の】 :明融臨模本「帝」の傍注に朱書で「タイ」とあり、さらに墨筆で濁点符号があるので、「せんだい」と読む。大島本の傍注には「光孝」とある。三番目の「の」は格助詞、同格を表す。 「四の宮で」の意。下の「御容貌すぐれたまへる聞こえ高くおはします」と「母后世になくかしづききこえたまふ」は並列の構文。先帝と桐壺の帝との系譜は不明。 「先帝」は桐壺の帝の直前の帝という意ではない。 「先帝」という呼称に先の世の優れた帝、というニュアンスが込められている。 |
御容貌すぐれたまへる聞こえ高くおはします、 | ご容貌が優れておいでであるという評判が高くいらっしゃる方で、 | |
母后世になくかしづききこえたまふを、 | 母后がまたとなく大切におかしずき申されていられる方を、 |
【かしづききこえたまふを】 :「を」格助詞、目的格を表す。前の並列の構文を受ける。 「--方で、--方を」の意。 |
主上にさぶらふ典侍は、 | 主上にお仕えする典侍は、 | |
先帝の御時の人にて、 | 先帝の御代からの人で、 | |
かの宮にも親しう参り馴れたりければ、 | あちらの宮にも親しく参って馴染んでいたので、 | |
いはけなくおはしましし時より見たてまつり、 | ご幼少でいらっしゃった時から拝見し、 | |
今もほの見たてまつりて、 | 今でもちらっと拝見して、 | |
「亡せたまひにし御息所の御容貌に似たまへる人を、 | 「お亡くなりになった御息所のご容貌に似ていらっしゃる方を、 |
【亡せたまひにし御息所の御容貌に】 :以下「御容貌人になむ」まで、典侍の帝への奏上の詞。桐壺更衣との容貌の酷似をいう。 |
三代の宮仕へに | 三代の帝にわたって宮仕え |
【三代の宮仕へに】 :典侍は先帝の時に任命された(集成)。桐壺の帝との間にもう一人の帝がいたことになる。『古典セレクション』では、先々代の時に任命された、とする。 |
伝はりぬるに、 | いたしてまいりまして、 |
【伝はりぬるに】 :「に」接続助詞、順接の意。 |
え見たてまつりつけぬを、 | 一人も拝見できませんでしたが、 |
【え見たてまつりつけぬを】 :「を」接続助詞、逆接の意。 |
后の宮の姫宮こそ、 | 后の宮の姫宮さまは、 | |
いとようおぼえて生ひ出でさせたまへりけれ。 | たいそうよく似てご成長あそばしていますわ。 | |
ありがたき御容貌人になむ」 | 世にもまれなご器量よしのお方でございます」 | |
と奏しけるに、 | と奏上したところ、 | |
「まことにや」と、 | 「ほんとうにか」と、 |
【まことにや】 :「本当かしら」。帝は、最初気持ちを紛らしてくれる人を求めていたが、今や故桐壺更衣に生き写しだという人に関心を寄せている。 |
御心とまりて、 | お心が止まって、 | |
ねむごろに聞こえさせたまひけり。 | 丁重に礼を尽くしてお申入れあそばしたのであった。 |
【ねむごろに聞こえさせたまひけり】 :「丁重に礼儀を尽くして入内を申し入れあそばすのであった」。正式な入内の要請である。 |