源氏物語1帖 桐壺 2-3g 月も入りぬ:逐語対訳

風の音 桐壺
第2章
3g
月も入りぬ
ものなども
原文
定家本
明融臨模本
現代語訳
(渋谷栄一)
各自要検討
注釈
【渋谷栄一】
各自要検討
月も入りぬ。 月も沈んでしまった。 【月も入りぬ】
:前に「夕月夜のをかしきほどに」とあった。十日頃までの月が沈んだ。時刻は夜半を回った。
     
〔桐壺帝〕
「雲の上も
涙にくるる
秋の月
いかですむらむ
浅茅生の宿」
〔桐壺帝〕
「雲の上の宮中までも
涙に曇って見える
秋の月だ
ましてやどうして澄んで見えようか、
草深い里で」
【雲の上も涙にくるる秋の月いかですむらむ浅茅生の宿】
:帝の独詠歌。
「雲の上」は宮中をさす。
「月」と縁語。
「すむ」は「住む」と「澄む」の掛詞。
「らむ」(推量の助動詞、視界外推量)は、帝が遠く離れて思いを馳せているニュアンス。
「浅茅生の宿」は若宮のいる里邸をさす。
     
思し召しやりつつ、 お思いやりになりながら、  
灯火をかかげ尽くして(奥入08・付箋⑦)起きおはします。 灯芯をかき立てて油の尽きるまで起きておいであそばす。 【灯火をかかげ尽くして】
:「長恨歌」に「秋燈挑尽未能眠」<秋の燈挑げ尽して未だ眠ること能はず>とあるのをふまえる。
     
右近の司の宿直奏(奥入10)の声聞こゆるは、 右近衛府の官人の宿直申しの声が聞こえるのは、 【右近の司の宿直奏の声】
:宮中の夜警は近衛府が勤める。まず、左近衛府が亥の一刻(午後九時)から子の四刻(午前一時)まで勤め、次いで、右近衛府が丑一刻(午前一時)から寅四刻(午前五時)まで勤める。なお、子の刻は午前〇時を中心にした前後二時間。一刻はそれを四等分した三十分である。したがって、子の四刻は午前〇時三十分から午前一時まで、丑一刻は午前一時から午前一時三十まで。
丑になりぬるなるべし。 丑の刻になったのであろう。 【丑になりぬるなるべし】
:丑の刻は午前二時を中心にした前後二時間。
「なる」(断定の助動詞)「べし」(推量の助動詞)、物語中の人物と語り手が一体化した推量。
     
人目を思して、 人目をお考えになって、  
夜の御殿に入らせたまひても、 夜の御殿にお入りあそばしても、  
まどろませたまふことかたし。 うとうととまどろみあそばすことも難しい。 【まどろませたまふことかたし】
:「長恨歌」に「秋燈挑尽未能眠」<秋の燈挑げ尽して未だ眠ること能はず>とあるのをふまえる。
     
朝に起きさせたまふとても、 朝になってお起きあそばそうとしても、 【朝に起きさせたまふとても】
:帝の日常生活を語る。
明くるもしらで(奥入03・付箋⑧)と思し出づるにも、 「夜の明けるのも分からないで」とお思い出しになられるにつけても、 【明くるも知らでと】
:『源氏釈』は「玉簾明くるも知らで寝しものを夢にも見じと思ひけるかな」<夜が明けたことも知らずに寝ていたが、夢の中にさえ逢えなくなろうとは思ってもみなかったのに>(伊勢集)を指摘。更衣在世中は、夜の明けるのも知らずに一緒に寝ていたのにの意。さらに、夢の中でさえ逢えなくなったという意も含むか。
なほ朝政は怠らせたまひ(奥入09・付箋⑨)ぬべかめり。 やはり政治をお執りになることは怠りがちになってしまいそうである。 【怠らせたまひぬべかめり】
:「ぬ」(完了の助動詞、確述)「べか」(推量の助動詞、連体形「べかる」の「る」が撥音便化して無表記化した形)「めり」(推量の助動詞、視界内推量)、物語中の人物と語り手が一体化した推量。語り手の位置は、帝に非常に近いところにいる。
風の音 桐壺
第2章
3g
月も入りぬ
ものなども