源氏物語1帖 桐壺 2-2i 主上もしかなむ:逐語対訳

生まれし時 桐壺
第2章
2i
主上もしか
月は入り方
原文
定家本
明融臨模本
現代語訳
(渋谷栄一)
各自要検討
注釈
【渋谷栄一】
各自要検討
〔靫負命婦〕
「主上も
しかなむ。
〔靫負命婦〕
「主上様も
御同様でございまして。
【主上もしかなむ】
:以下「おはします」まで、命婦の詞。命婦は帝のことを「主上(うへ)」と呼称する。副詞「しか」は、北の方の「かへりてはつらく」を受けて、「なむ」の下に省略された「ある」などの語にかかる。北の方と同じようにある、という意。
     
『我が御心ながら、 『御自分のお心ながら、 【我が御心ながら】
:以下「前の世ゆかしうなむ」まで、帝の詞を引用。ただし「我が御心」という言い方は、命婦が帝の言葉を伝えるにあたって帝に対する敬意が混じり込んだ表現である。体言の下に続く接続助詞「ながら」は逆接の意。
あながちに人目おどろくばかり思されしも、 強引に周囲の人が目を見張るほど御寵愛なさったのも、 【思されしも】
:「思す」は「思う」の尊敬表現。ここも命婦の帝に対する敬意が紛れ込んだもの。
「れ」(自発の助動詞)「し」(過去の助動詞)、帝が自らの体験に基づいて語っている。
長かるまじきなりけりと、 長くは続きそうにない運命だったからなのだなと、 【長かるまじきなりけり】
:「まじき」(打消し推量の助動詞、連体形)と「なり」(断定の助動詞)の間に「契り」「宿世」などの語が省略。
「けり」過去の助動詞、詠嘆の意。
今はつらかりける人の契りになむ。 今となってはかえって辛い人との宿縁であった。 【つらかりける人の契りになむ】
:「人の契り」で一語。
「人」は桐壺更衣をさすが特に意味はなく「契り」に意味がある。
「因縁」「約束事」の意。
     
世にいささかも人の心を曲げたることはあらじと思ふを、 決して少しも人の心を傷つけたようなことはあるまいと思うのに、 【世にいささかも】
:「世に」副詞は下の否定語「あらじ」に係る。決して--ない、少しも--ない、の意を表す。
ただこの人のゆゑにて、 ただこの人との縁が原因で、  
あまたさるまじき人の恨みを負ひし果て果ては、 たくさんの恨みを負うなずのない人の恨みをもかったあげくには、 【さるまじき人の恨み】
:連語「さるまじき」の「さ」は「恨みを負う」をさす。
かううち捨てられて、 このように先立たれて、  
心をさめむ方なきに、 心静めるすべもないところに、  
いとど人悪ろうかたくなになり果つるも、 ますます体裁悪く愚か者になってしまったのも、  
前の世ゆかしうなむ』とうち返しつつ、 前世がどんなであったのかと知りたい』と何度も仰せられては、 【前の世ゆかしうなむ】
:現世のことはすべて前世からの因縁によるとする仏教思想。係助詞「なむ」の下に「おぼゆる」(連体形)などの語が省略。
御しほたれがちにのみおはします」と語りて尽きせず。 いつもお涙がちばかりでいらっしゃいます」と話しても尽きない。 【語りて尽きせず泣く泣く】
:命婦の会話の途中に地の文が挿入されているので、ナレーターの文章のなような印象を与える。
     
泣く泣く、 泣く泣く、  
「夜いたう更けぬれば、 「夜がたいそう更けてしまったので、 【夜いたう更けぬれば】
:以下「御返り奏せむ」まで命婦の詞の続き。
今宵過ぐさず、 今夜のうちに、  
御返り奏せむ」 ご報告を奏上しよう」と、  
と急ぎ参る。 急いで帰参する。 【急ぎ参る】
:「急いで帰参する」とあっても、すぐに場面が変わるわけでない。物語は、その辞去の場面を以下に詳細に語るのである。
生まれし時 桐壺
第2章
2i
主上もしか
月は入り方