原文 定家本 明融臨模本 |
現代語訳 (渋谷栄一) 各自要検討 |
注釈 【渋谷栄一】 各自要検討 |
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限りあれば さのみも え留めさせ たまはず、 |
決まりがあるので、 お気持ちのままに お留めあそばすことも できず、 |
【限りあればさのみもえ留めさせたまはす】 :「限り」は宮中における掟。病状が篤い場合には死の穢れを憚って退出させるのが決まり。以下、帝の更衣に対する執心を語る。似たような表現は後に、「限りあれば例の作法にをさめたてまつるを」(第一章第五段)と出てくる。 |
御覧じ だに 送らぬ おぼつかなさを、 |
お見 送り さえままならない 心もとなさを、 |
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言ふ方なく 思ほさる。 |
言いようもなく 無念に おぼし召される。 |
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いとにほひやかにうつくしげなる人の、 | たいそう照り映えるように美しくかわいらしい人が、 |
【いとにほひやかに】 :以下の長文「ものしたまふを」までは、語り手の視点から桐壺更衣の容態について語る。そして「御覧ずるに」以下は帝の視点へと自然と移り変わってゆく叙述の仕方である。 |
いたう面痩せて、 | ひどく顔がやつれて、 | |
いとあはれとものを思ひしみながら、 | まことにしみじみと物思うことがありながらも、 | |
言に出でても聞こえやらず、 | 言葉に出して申し上げることもできずに、 |
【言に出でても聞こえやらず】 :「言に出でても」は歌語。 「言に出でて言はばゆゆしみ朝顔のほには咲きでて恋をするかな」(古今六帖第五「人知れぬ」二六七〇、万葉集巻十 二二七九)、「言に出でて言はばゆゆしみ山川のたぎつ心は塞きあへにけり」(古今六帖第五「いはで思ふ」二六五二、万葉集巻十一 二四三六、柿本集 一八四)陰「言に出でて言はぬばかりぞ水無瀬川下に通ひて恋しきものを」(古今集恋二 六〇七 友則、古今六帖第五「いはで思ふ」二六五一 友則、友則集 四八)などの和歌がある。 |
あるかなきかに消え入りつつものしたまふを御覧ずるに、 | 生き死にもわからないほどに息も絶えだえでいらっしゃるのを御覧になると、 |
【御覧ずるに】 :主語は帝。語り手の視点が移る。 |
来し方行く末思し召されず、 | あとさきもお考えあそばされず、 | |
よろづのことを泣く泣く契りのたまはすれど、 | すべてのことを泣きながらお約束あそばされるが、 | |
御いらへもえ聞こえたまはず、 | お返事を申し上げることもおできになれず、 | |
まみなどもいとたゆげにて、 | まなざしなどもとてもだるそうで、 | |
いとどなよなよと、 | 常よりいっそう弱々しくて、 | |
我かの気色にて臥したれば、 | 意識もないような状態で臥せっていたので、 | |
いかさまにと思し召しまどはる。 | どうしたらよいものかとお惑乱あそばされる。 | |
輦車の宣旨などのたまはせても、 | 輦車の宣旨などを仰せ出されても、 |
【輦車の宣旨】 :勅許によって親王、大臣、女御、僧侶などが輦車で宮城門内を通ることが許される。桐壺更衣は更衣の身分であるにもかかわらず、それらの人と同等の破格の待遇を受けた。 |
また入らせたまひて、 | 再びお入りあそばしては、 |
【また入らせたまひて】 :桐壺更衣の臥せっている部屋に。上局か。 |
さらにえ許させたまはず。 | どうしてもお許しあさばされることができない。 |