源氏物語1帖 桐壺 1-4a その年の夏、御息所:逐語対訳

この御子三つ 桐壺
第1章
4a
その年の夏
限りあれば
原文
定家本
明融臨模本
現代語訳
(渋谷栄一)
各自要検討
注釈
【渋谷栄一】
各自要検討
その年の夏、 その年の夏、 【その年の夏】
:御子の袴着の儀式が行われた年、すなわち、御子三歳の夏。物語は、初めて季節を背景として語られ出す。意識の中に、御子の袴着の儀式が春に盛大に催されたことが遡源され、その折の一情景が再現される。
御息所、 御息所は、 【御息所】
:「みやすみどころ」の撥音便「みやすんどころ」が撥音便が無表記化され「みやすどころ」と表記される。読みは「みやすンどころ」か「みやすどころ」か不明。両用可か。桐壺更衣。帝の御子を出産したので、こう呼ばれる。
はかなき
心地に
わづらひて、
ちょっとした
病気を
お患いになって、
【はかなき心地にわづらひて】
:病気の様子を夏を季節背景にして語ることは、この物語の常套手段の一つで、主題と季節との類同的発想である。
まかでなむ

したまふを、
退出しよう

なさるのを、
【まかでなむとしたまふを】
:主語は桐壺更衣。
「まかづ」は退出する、意。謙譲の意を含む語。
「な」(完了の助動詞、確述)「む」(推量の助動詞、意志)は、きっと退出しようというニュアンス。

さらに
許させたまはず。
お暇を
少しも
お許しあそばさない。
【暇さらに許させたまはず】
:主語は帝。
「せたまはず」最高敬語。冒頭には「もの心細げに里がちなるを」(第一章第一段)とあった。御子出産後は里への退出も許さなくなった。
     
年ごろ、 ここ数年来、  
常の
篤しさに
なりたまへれば、
いつも
病気がちで
いられるので、
【常の篤しさ】
:『新大系』は「あづしさ」と濁音で読む。『集成』『古典セレクション』は「あつしさ」と清音で読む。
御目馴れて、 お見慣れになって、  
〔桐壺帝〕
「なほ
しばし
こころみよ」
とのみ
のたまはするに、
〔桐壺帝〕
「このまま
しばらく
様子を見よ」
とばかり
仰せられているうちに、
 
日々に
重りたまひて、
日々に
重くおなりになって、
 
ただ
五六日の
ほどに
いと
弱うなれば、
わずか
五、 六日の
うちに
ひどく
衰弱したので、
 
母君
泣く泣く
奏して、
母君が
涙ながらに
奏上して、
 
まかでさせ
たてまつり
たまふ。
退出させ
申し上げ
なさる。
【まかでさせたてまつりたまふ】
:「まかで」(謙譲語、宮中、帝に対する敬意)、「させ」(使役の助動詞、母北の方が更衣をして)、「たてまつり」(謙譲の補助動詞、母北の方が更衣にして差し上げる)、「たまふ」(尊敬の補助動詞、母北の方に対する敬意)。
「母北の方が、娘の更衣を宮中からお下がらせ申し上げなさる」という意。母親が自分の娘に対して敬語を用いるのは、今日では奇異な感じがするが、娘とは言え、今や帝の御妻である。そうした敬意がはたらいている。
     
かかる折にも、
あるまじき
恥もこそと
心づかひして、
御子をば
留めたてまつりて、
このような時にも、
あってはならない
失態を演じてはならないと
配慮して、
御子は
お残し申して、
【かかる折にもあるまじき恥もこそと心づかひして御子をば留めたてまつりて】
:この後に「あれ」(已然形)などが省略された形。
「もこそ(あれ)」は将来良くないことが起こることへの危惧の気持ちを表す。『集成』は「病気退出という折にも、(行列などに嫌がらせををされ)とんでもない恥を受けるかもしれないと用心して。御子が同行していれば、その体面がつけられる」、また『新大系』も「退出の行列が妨害されるようなことか」と解する。しかし、帝秘蔵っ子の御子が同行していれば、更衣の退出に対してかえっていじわるや妨害というのは仕掛けにくいのではないか。『古典セレクション』は「神聖な宮中を更衣の死で穢すような不面目があっては大変」と解する。病気重態による退出時に、あってはならない失態--すなわち、宮中を死で穢すこと--を冒すまい、という母北の方の考えである。宮中のみならず、退出中に御子にも死の穢れが及ぶかも知れないことを危惧して宮中に残してきたのだろう。
忍びてぞ
出でたまふ。
人目につかないようにして
退出なさる。
 
この御子三つ 桐壺
第1章
4a
その年の夏
限りあれば