枕草子 補 めづらしと言ふべき事にはあらねど(能因本:旧全集221段)

補14
人の硯を
枕草子
下巻中
補15
めづらしと
うれしき

(旧)大系,新大系,新編全集=主要三巻本系列:ナシ
(旧)全集=能因本:221段
上記三巻本になく能因本のみにある段は、著者が身内本たる能因本からより広い世間の目を意識し(最終段:人のために便なき言ひ過ぐしもしつべき所々もあれば)、なかったことにして改訂したものと解する(独自)
 


 
 めづらしと言ふべき事にはあらねど、文こそなほめでたきものには。
 はるかなる世界にある人の、いみじくおぼつかなく、いかならむと思ふに、文を見れば、ただいまさし向ひたるやうにおぼゆる、いみじき事なりかし。
 わが思ふ事を書きやりつれば、あしこまでも行き着かざるらめど、心ゆく心ちこそすれ。
 文といふ事なからましかば、いかにいぶせく、暮れふたがる心ちせまし。
 よろづの事思ひ思ひて、その人のもとへ細々と書きておきつれば、おぼつかなさをもなぐさむ心ちするに、まして返事見つれば、命を延ぶべかンめる、げにことわりにや。