原文 | 現代語訳 | 解釈上の問題点 |
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花は盛りに、月はくまなきを | 花は盛りを、月は曇りないことを | |
のみ見るものかは。 | だけ見るものだろうか。 | ・かは:疑問or反語 |
雨に向かひて月を恋ひ、 | 雨に向かって月を恋い、 | |
たれこめて春のゆくへ知らぬも、 | すだれをたれこめて春の行方を知らないのも、 | |
なほあはれに情け深し。 | なお哀れで情け深い。 | |
咲きぬべきほどの梢、 | 咲きそうな頃の枝先、 | |
散りしをれたる庭などこそ、見どころ多けれ。 | 散り萎れている庭なども、見どころが多いようだ。 | |
歌の詞書にも、 | 和歌の前書においても、 | |
「花見にまかれりけるに、早く散り過ぎにければ」とも、 | 「花見に参ったところ、早く散り過ぎたので」とも、 | |
「障ることありてまからで」なども書けるは、 | 「支障があって参らずに」などとも書いたのは、 | |
「花を見て」といへるに劣れることかは。 | 「花を見て」と言うことに劣ることだろうか。 | |
花の散り、月の傾くを慕ふならひは、 | 花が散り、月が傾くことを慕う習慣は、 | |
さることなれど、 | さることながらも、 | |
ことにかたくななる人ぞ、 | 特に頭が固い人こそ、 |
〇かたくな【頑な】:物のわからぬ人(全集) △情趣を解さない(全注釈)×無教養(通説)→拡大解釈 |
「この枝、かの枝散りにけり。今は見どころなし」 | 「この枝、あの枝も散ってしまった。今は見所がない」 | |
などは言ふめる。 | などと言うようだ。 | ・めり |
よろづのことも、始め終はりこそをかしけれ。 | 全てのことも、始めと終わりこそ面白いものだ。 | |
男女の情けも、 | 男女の情事も、 | |
ひとへに | 単に |
●ひとへ:ただ(旧大系・全集) ×一途(全注釈)→かたくななる解釈 |
逢ひ見るをばいふものかは。 | 逢ってみることだけを言うものだろうか。 |
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逢はでやみにし憂さを思ひ、 | 逢わずに終わった憂いを思い、 | |
あだなる契りを | いたずらな約束を |
●あだなり:不埒・不真面目・遊び(cf.仇名) ×かりそめ・はかない:シリアス・かなしさ |
かこち、 | 当てにして |
●かこつ【託つ】:かこつける・あてつける口実 △うらみ・嘆く |
長き夜を独り明かし、遠き雲居を思ひやり、 | 長い夜を独り明かし、遠い空の彼方を思いやり、 | |
浅茅が宿に昔をしのぶこそ、 | 朝寝乱れた宿に昔をしのぶこそ、 |
●浅茅が宿:歌詞・枕詞 ×荒れた家・住居で恋人と語らった=肝心の宿(宿泊)性無視+想像 |
色好むとは言はめ。 | 色好みと言うのだろう。 |
●色好:すきもの。古来不真面目な非堅物用語 ×恋にひたむく・恋の情趣にひたりきる(通説)=頑な過ぎる拡大解釈 ×一途だけでなくひたすらに=冒頭主題・後続文脈に反する |
望月のくまなきを | 満月の曇りないのを | |
千里の外まで眺めたるよりも、 | 千里の外まで眺めているよりも、 | |
暁近くなりて待ち出でたるが、 | 明け方近くなって、待って出てくるのが、 | |
いと心深う、青みたるやうにて、 | とても心深く、青んでいる様で、 | |
深き山の杉の梢に見えたる、 |
それが 深い山の杉の枝先に見えたり、 |
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木の間の影、 | 木の間の影や、 |
●影:ここでは影かつ陰(月が木の陰に隠れ、木がシルエットの影で見える様子)。 |
うちしぐれたる | 時雨が降る時の | |
むら雲隠れのほど、 | むらがる雲に隠れるのも、 | |
またなくあはれなり。 | またとなく趣深い。 | ・またなし |
椎柴、白樫などの | 椎の柴むらや白い樫の木などの | |
濡れたるやうなる葉の上にきらめきたるこそ、 | 濡れたような葉の上がきらめいていることこそ | |
身にしみて、心あらむ友もがなと、 | 身に染みて、心がわかる友もいればなと、 | ・友(31段雪のおもしろのような人) |
都恋しうおぼゆれ。 | 都が恋しく思われることだ。 | ・おぼゆれ |
すべて、 | 総じて、 | 〇すべて=「よろづ」同旨 |
月、花をば、さのみ目にて見るものかは。 | 月や花を、そのように目のみで見るものだろうか。 |
●さのみ~にて:そのようにのみ。 ×そうむやみに |
春は家を立ち去らでも、 | 春は家から外に出ないでも、 | 〇家を立ち去らで |
月の夜は閨のうちながらも思へるこそ、 | 月の夜は寝室のうちにいながらも、頭で思うことこそ、 | ・閨【ねや】:寝室 |
いと頼もしう、をかしけれ。 | とても頼もしく、おかしく趣深いことだろう。 | |
よき人は、ひとへに好けるさまも見えず、 | 趣味の良い人は、単に好いた様子は見せず、 | ●ひとへ |
興ずるさまもなほざりなり。 | 楽しむ様も適当である。 | |
片ゐなかの人こそ、 | 片田舎の人こそ、 | ・片田舎 |
色こく、よろづはもて興ずれ。 | 派手に、何事ももてはやすようだ。 |
●色濃し:派手・あからさま ×拡大:あくどい・しつこい(通説) |
花のもとには、ねぢ寄り立ち寄り、 | 花の元には、ねじ寄り立ち寄り、 | |
あからめもせずまもりて、 | わき目もふらず見つめて、 | ・あからめ【傍目】 |
酒飲み、連歌して、 | 酒を飲み、連歌をして、 | |
はては、大きなる枝、心なく折り取りぬ。 | 果ては、大きな枝を心なく折って取ってしまう。 | |
泉には手、足さしひたして、 | 泉には手足を差し浸して、 | |
雪には降り立ちて跡つけなど、 | 雪には降り立って跡をつけるなど、 | |
よろづの物、よそながら見ることなし。 | 全ての物を、はたから離れて見ることがない。 | |
さやうの人の祭見しさま、 | そのような人が祭りを見物した様子こそ、 | |
いとめづらかなりき。 | とても珍しく見物だった。 | 〇めずらかなりき: △珍妙 |
「見ごといと遅し。 | 「見所はとても遅い。 | |
そのほどは桟敷不用なり」とて、 | それまでは桟敷は不要である」と言って、 | |
奥なる屋にて酒飲み、物食ひ、 | 奥にある屋内で酒飲み、物を食い、 | |
囲碁、双六など遊びて、 | 囲碁、すごろくなどで遊んで、 | |
桟敷には人を置きたれば、 | 外の桟敷には人を置いておいて、 | |
「渡り候ふ」といふ時に、 | 「お渡りでございます」という時に、 | |
おのおの肝つぶるるやうに争ひ走り上りて、 | 各々の肝がつぶれる様に争い走り出て、 | |
落ちぬべきまで簾張りいでて押しあひつつ、 | 落ちそうなほどに簾を張って出て押し合いつつ、 | |
一事ももらさじとまもりて、 | 一つも漏らさないと見入って、 | |
「とあり、かかり」と物ごとにいひて、 | 「ああだ、こうだ」と事あるたびに言って、 | |
わたり過ぎぬれば、 | 行列が過ぎてしまうと、 | |
「また渡らむまで」といひて下りぬ。 | 「また来るまで」と言って奥に下がった。 | ・下りぬ |
ただ物をのみ見むとするなるべし。 | ただ物をだけ見ようとするのだろう。 | |
都の人のゆゆしげなるは、 | 都の人で言うのも憚られ畏れ多いような人は、 |
●ゆゆし:とんでもない・甚だしい。 →帝など最上位で、寝ているとか良し悪しめいたことを言うのが憚られる。 続く「げなる」はその趣旨の婉曲。評価は本来上がするもの。 ×いかにも身分ありげ(旧大系) ×りっぱな身分らしく見える(全集) ×立派な様子と見える(全注釈) →「ゆゆし」を身分が高い・立派とするのは、一面的で肝心を無視した骨抜き解釈。 |
ねぶりていとも見ず。 | 眠っていてちっとも行列など見ない。 |
・ねぶりて ・いとも…打消 |
若く末々なるは、宮づかへに立ちゐ、 | 若く末端の者達は、宮仕えに立ち居し、 | |
人のうしろにさぶらふは、 | 貴人の後ろに控えている者は、 | |
さまあしくも及びかからず、 | みっともなくも押しかからず、 | ・およびかかる |
わりなく見むとする人もなし。 | 無理に見ようとする人もいない。 | |
何となく葵かけわたしてなまめかしきに、 | 何となく葵をかけ渡して優美であるところに、 | |
明けはなれぬほど、 | 日が明けはしないほど、 | |
忍びて寄する事どものゆかしきを、 | 人目を忍んで寄る者達の知りたさに、 | ・ゆかし |
それかかれかなど思ひよすれば、 | 誰それかなどと思い近寄ると、 | |
牛飼、下部などの見知れるもあり。 | 牛飼いや召使いなどで見知った者もいる。 | |
をかしくもきらきらしくも、 | 面白いのもきらびやかなのも、 | |
さまざまに行きかふ、 | 様々に行き交うのは、 | |
見るもつれづれならず。 | 見るのも退屈しない。 | |
暮るるほどには、 | 暮れるころには、 | |
立てならべつる車ども、 | 立て並べた車たちも、 | |
所なくなみゐつる人も、 | 所せましと並んでいた人も、 | ・なみゐつる |
いづかたへか行きつらむ、 | どちらかへか行ったのだろう、 | |
ほどなくまれになりて、 | ほどなくわずかになって、 | |
車どものらうがはしさもすみぬれば、 | 車達がごたごたしているのも済んでしまうと、 | ・らうがはし:ごたごたしている、騒々しい |
簾、畳もとりはらひ、 | すだれ・タタミも取り払い、 | |
目の前にさびしげになり行くこそ、 | 目の前が寂しげになって行くことこそ、 | |
世のためしも思ひ知られてあはれなれ。 | 世の例も思い知られて哀愁を感じる。 | ・ためし |
大路見たるこそ、 | (行列でなく)一条大路を見ることこそ、 | |
祭見たるにてはあれ。 | 葵祭を見たというものだろう。 | ・にてはあれ |
かの桟敷の前を、 | あの座敷の前を、 | |
ここら行きかふ人の、 | そこらを行き交う人で | |
見知れるがあまたあるにて知りぬ、 | 見知った顔が多くいるので分かる。 | |
世の人数もさのみは多からぬにこそ。 | 世の人数はそれほど多くないということを。 | |
この人みな失せなむ後、 | この人々が皆いなくなった後、 | |
わが身死ぬべきに定まりたりとも、 | 自分が死ぬと決まっていても、 | |
ほどなく待ちつけぬべし。 | それほど待つことはないだろう。 | ・待ちつく |
大きなる器に水を入れて、 | 大きな器に水を入れて、 | |
細き穴をあけたらむに、 | 細い穴をあけたようなところに、 | ・らむ |
したたることすくなしといふとも、 | したたる量は少ないといっても、 | |
怠る間なく漏り行かば、 | 休む間もなく漏れて行けば、 | |
やがて尽きぬべし。 | いずれすぐに尽きてしまうだろう。 | 〇やがて |
都の中に多き人、 | 都の中にいる多くの人が、 | |
死なざる日はあるべからず。 | 死なない日はないだろう。 | |
一日に一人二人のみならむや。 | 一日に一人二人だけだろうか。 | |
鳥部野、舟岡、さらぬ野山にも、 | 鳥部野、舟岡、そうでない野山でも、 | ・鳥部野、舟岡:墓地 |
送る数多かる日はあれど、送らぬ日はなし。 | 送る数が多い日はあっても、送らない日はない。 | |
されば棺をひさく者、 | なので棺を日にさばく者が、 | |
作りてうち置くほどなし。 | 作って置いておく間もない。 | |
若きにもよらず、強きにもよらず、 | 若さにもよらず、強さにもよらず、 | |
思ひかけぬは死期なり。 | 思いがけないのは死期である。 | |
けふまでのがれ来にけるは、 | 今日まで逃れて来たことは、 | |
ありがたき | 貴重で有難く |
●ありがたし:尊い・貴重 ×珍しく・実に稀な(通説) ∵当時でも平均寿命10~20歳以下とされてはいない |
不思議なり。 | 人知の及ばないことである。 | ●不思議 |
しばしも世をのどかには思ひなむや。 | 少しの間でも世を安穏に思うだろうか。 | |
まま子だてといふものを、双六の石にて作りて、 | 継子立てというものを、すごろくの石で作って、 | ・継子立て |
立て並べたるほどは、 | 立て並べた時は、 | |
取られむことのいづれの石とも知らねども、 | 取られることがどの石とも分からないが、 | |
数へあてて一つを取りぬれば、 | 数え当てて一つを取ってしまうと、 | |
その外はのがれぬと見れど、 | その他は逃れたと見るが、 | |
またまた数ふれば、 | またまた数えると、 | |
かれこれ間抜き行くほどに、 | あれこれと間引いて行くうちに、 | |
いづれものがれざるに似たり。 | どれも逃れられないのと似ている。 | |
兵の軍にいづるは、死に近きことを知りて、 | 兵が戦に出る時は、死に近いことを知って、 | |
家をも忘れ、身をも忘る。 | 家をも忘れ、自身をも忘れる。 | |
世をそむける草の庵には、 | (そういう)世を逃れた人の草庵において、 | |
しづかに水石をもてあそびて、 | 静かに水辺の石を(双六のように)もてあそんで、 |
●水石:水辺・水中の石。石が動きやすい状態。 △泉水や庭石(旧大系) △水の流れや石のたたずまい(全注釈) →水と石を切り離しており不適当 ×閑居して自然を賞翫(全集) →石の文脈を無視しており不適当 |
これを | この話を | ・これ |
よそに聞くと思へるは | 他人のことと思えることは、 | ・よそに聞く |
いとはかなし。 | とても儚ない。 | ・はかなし:頼りない・虚しい |
しづかなる山の奥、無常の敵、 | 静かな山の奥に、無常という敵が、 | ・無常の敵:死期 |
競ひ来たらざらむや。 | 迫り寄って来ないことがあろうか。 |
●競ひ来:迫り来る、急に来る ×勢いこんで押し寄せる(通説)→不自然 |
その死に臨めること、 | その人が死に臨んでいることは、 | |
軍の陣に進めるに同じ。 | 戦の陣に進んでいる(死に行く)ことと結局同じである。 |