主ある家には、すずろなる人、心のままに入り来ることなし。 あるじなき所には、道行き人みだりにたち入り、狐、梟やうのものも、人げにせかれねば、ところえ顔に入り住み、こだまなどいふけしからぬ形もあらはるるものなり。 また鏡には色形なきゆゑに、よろづの影来りてうつる。 鏡に色形あらましかばうつらざらまし。 虚空よく物を容る。 われらが心に、念々のほしきままに来たり浮かぶも、心といふもののなきにやあらむ。 心に主あらましかば、胸の中にそこばくのことは入り来たらざらまし。