これも今は昔、下野武正といふ舎人は、法性寺殿に候ひけり。ある折、大風、大雨降りて、京中の家、みな壊れ破れけるに、殿下、近衛殿におはしましけるに、南面のかたに、ののしる者の声しけり。 誰ならんとおぼしめして、見せ給ふに、武正、赤香の上下に蓑笠を着て、蓑の上に縄を帯にして、檜笠の上をまたおとがひに縄にてからげつけて、鹿杖をつきて、走り回りておこなふなりけり。 おほかた、その姿おびたたしく似るべきものなし。殿、南面へ出でて御簾より御覧ずるに、あさましくおぼしめして、御馬をなん賜びけり。