大和物語91段:三条の右大臣、中将にいますかり

あだのふし 大和物語
第四部
91段
扇の香
師走のつごもり

登場人物

 
 ♪三条の右大臣(藤原定方:百人一首25歌人)
 ♪♀通ひ給ひける女=よしある女

原文

 
 
 三条の右大臣、
 中将にいますかりける時、
 祭の使にさされていでたち給ひけり。
 

 通ひ給ひける女の、絶えて久しくなりにけるに、
 「かかることにてなむ、いでたつ。
 扇もたるべかりけるを、さわがしうてなむ、忘れにける。
 ひとつ給へ」
 といひやり給へりける。
 

 よしある女なりければ、
 よくておこせてむ、と思ひ給ひけるに、
 色などもいと清らなる扇の、香などもいとかうばしくて、おこせたる。
 

 ひき返したる裏のはしの方に、書きたりける。
 

♪135
  ゆゆしとて 忌むとも今は かひもあらじ
  憂きをばこれに 思ひ寄せてむ

 

 とあるを見て、いとあはれとおぼして、
 返し、
 

♪136
  ゆゆしとて 忌みけるものを わがために
  なしといはぬは たがつらきなり

 
 

あだのふし 大和物語
第四部
91段
扇の香
師走のつごもり