♪大徳=僧正(六歌仙:僧正遍照)
♪太郎=左近将監=法師の子=この子=京極の僧都
かくてうせにける大徳なむ、僧正までなりて、花山といふ御寺にすみ給ひける。
俗にいますかりける、時の子どもありけり。
太郎、左近将監にて殿上してありける。
かく世にいますかると聞く時だにとて、
母もやりければ、いきたりければ、
「法師の子は、法師なるぞよき」
とて、これも法師になしてけり。
かくてなむ、
♪285
折りつれば たぶさにけがる たてながら
三世の仏に 花たまつる
といふも、僧正の御歌になむありける。
この子を、おしなしたうびける大徳は、
心にもあらでなりたりければ、親にも似ず、京にも通ひてなむ、しありきける。
この大徳の親族なりける人のむすめの、内に奉らむとてかしづきけるを、みそかに語らひけり。
親聞きつけて、男をも女をもすげなく、いみじういひて、この大徳を呼び寄せずなりにければ、
山に坊してゐて、言の通ひも、えせざりけり。
いと久しうありて、
このさわがれし女の兄どもなどなむ、人のわざしに山にのぼりたりける。
この大徳のすむ所にきて、物語りなどして、うちやすみたりけるに、
衣のくびに書き付けける。
♪286
白雲の やどる峰にぞ おくれぬる
思ひのほかに ある世なりけり
と書きたりけるを、この兄の兵衛の尉は、え知らで京へいぬ。
いもうとを見つけて、あはれとや思ひけむ。
これは僧都になりて、京極の僧都といひてなむ、いますかりける。