大和物語168段c:かくてうせにける大徳なむ

苔の衣 大和物語
第六部
168段c
法師の子は法師(蛙の子は蛙)
井手

登場人物

 
 ♪大徳=僧正(六歌仙:僧正遍照)
 ♪太郎=左近将監=法師の子=この子=京極の僧都

原文

 
 
 かくてうせにける大徳なむ、僧正までなりて、花山といふ御寺にすみ給ひける。
 

 俗にいますかりける、時の子どもありけり。
 太郎、左近将監にて殿上してありける。
 
 かく世にいますかると聞く時だにとて、
 母もやりければ、いきたりければ、
 「法師の子は、法師なるぞよき」
 とて、これも法師になしてけり。
 

 かくてなむ、
 

♪285
  折りつれば たぶさにけがる たてながら
  三世の仏に 花たまつる

 
 といふも、僧正の御歌になむありける。
 

 この子を、おしなしたうびける大徳は、
 心にもあらでなりたりければ、親にも似ず、京にも通ひてなむ、しありきける。
 この大徳の親族なりける人のむすめの、内に奉らむとてかしづきけるを、みそかに語らひけり。
 

 親聞きつけて、男をも女をもすげなく、いみじういひて、この大徳を呼び寄せずなりにければ、
 山に坊してゐて、言の通ひも、えせざりけり。
 
 いと久しうありて、
 このさわがれし女の兄どもなどなむ、人のわざしに山にのぼりたりける。
 

 この大徳のすむ所にきて、物語りなどして、うちやすみたりけるに、
 衣のくびに書き付けける。
 

♪286
  白雲の やどる峰にぞ おくれぬる
  思ひのほかに ある世なりけり

 
 と書きたりけるを、この兄の兵衛の尉は、え知らで京へいぬ。
 いもうとを見つけて、あはれとや思ひけむ。
 

 これは僧都になりて、京極の僧都といひてなむ、いますかりける。
 
 

苔の衣 大和物語
第六部
168段c
法師の子は
井手