♪♀小野小町(六歌仙。歌人の枠を超え日本を代表する美人だが素性は未詳。即ち下級女官で男受けする歌が有名の根拠とみなすのが筋。独自後述)
♪少将大徳(六歌仙:僧正遍照)
小野小町といふ人、正月に清水にまうでにけり。
行ひなどして聞くに、
あやしう、たうとき法師の声にて読経し、
陀羅尼経読む。
この小野小町、あやしがりて、
つれなきやうにて、人をやりて見せければ、
「蓑ひとつを着たる法師、
腰に火打笥など結ひつけたるなむ、隅にゐたる」
といひけり。
かくてなほ聞くに、
声いとたうとく、めでたう聞こゆれば、
ただなる人にはよにあらじ。
もし少将大徳にやあらむ、と思ひにけり。
いかがいふとて、
「この御寺になむ侍る。
いと寒きに、御衣ひとつ、しばし貸し給へ」
とて、
♪283
岩のうへに 旅寝をすれば いと寒し
苔の衣を われにかさなむ
といひやりける、
返りごとに、
♪284
世をそむく 苔の衣は ただひとへ
かさねばうとし いざふたり寝む
といひたるに、
さらに少将なりけりと思ひて、
ただにも語らひし仲なれば、あひてものもいはむ、
と思ひていきたれば、
かい消つやうに、うせにけり。
ひと寺もとめさすれど、さらに逃げてうせにけり。
本段は貴重な小町の具体的エピソードだが、この小町の背後には同じ縫殿で六歌仙の文屋がいて(小町が唯一文屋に応え、意を交わしていた公的記録が古今938にあり、小町針というように小町は文屋と同じ縫殿にいて行動を共にしていたから歌人として世に出たと見る他ない)、本段のやりとり・描写も全て小町のの傍らの文屋がしたもので(文面はまさにそうなっている)、だから遍照が逃げ、この話が女官担当の縫殿から、女社会の後宮に伝え残されたものと解する。
そして本段は、竹取物語のかぐや姫と滑稽な皇子達の構図そのもの。よって貫之の仮名序で、小町は光を放つ衣通姫のりうという(以上独自で類説は皆無)。
小町針というように次々言い寄る男を断固拒んだ逸話と、早々に地方に下った小町が、いざ二人で寝ようと誘うような坊主に衣を借りようと積極的に会おうとすること自体おかしい。
さらに世間の解説のように、遍照が俗世の誘惑から逃げたというのは前段でも本段でも筋が全く通らない。本段の「世をそむく」枕詞も破戒に掛けたと見る。遍照の反応を真面目に捉える解説は、本段の具体的文脈を無視しており、見解の相違として通用すべきものではない。俗世の欲から逃れようとする坊主が小町に「いざふたり寝む」という歌など冗談でも贈りようがない。それが冗談というなら、資質が疑われる公人の失言・思い違いは全て冗談で済ませられる。そういう感性の人が解説しているなら、その説も根本で冗談と区別できず、生き方の根本が冗談になる説は論理的に強い道理もない。