大和物語158段:大和の国に、男女ありけり

馬ぶね 大和物語
第六部
158段
われもしか
染殿の内侍

登場人物

 
 男
 ♀女
 ♪♀女=今の妻

原文

 
 
 大和の国に、男女ありけり。
 年月かぎりなく思ひてすみけるを、いかがしけむ、女を得てけり。
 

 なほもあらず、この家に率て来て、壁を隔ててすゑて、わが方にはさらに寄り来ず。
 いと憂しと思へど、さらに言ひもねたまず。
 

 秋の夜の長きに、目をさまして聞けば、鹿なむ鳴きける。
 ものも言はで聞きけり。
 

 壁を隔てたる男、
 「聞き給ふや、西こそ」
 と言ひければ、
 「なにごと」
 と答へければ、
 「この鹿の鳴くは、聞きたうぶや」
 と言ひければ、
 「さ聞き侍り」
 といらへけり。
 
 男、
 「さて、それをばいかが聞き給ふ」
 と言ひければ、
 
 女、ふといらへけり。
 

♪264
  われもしか なきてぞ人に 恋ひられし
  今こそよそに 声をのみ聞け

 
 とよみたりければ、
 かぎりなくめでて、この今の妻をば送りて、
 もとのごとなむ、すみわたりける。
 
 

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158段
われもしか
染殿の内侍