大和物語157段:下野国に男女すみわたりけり

姥捨山 大和物語
第六部
157段
馬ぶね
われもしか

登場人物

 
 男
 ♪♀女
 ♀妻

原文

 
 
 下野国に男女すみわたりけり。
 
 年ごろすみけるほどに、男、妻まうけて心かはりはてて、この家にありける物どもを、今の妻のがりかきはらひもてはこびいく。
 心憂しと思へど、なほまかせて見けり。
 ちりばかりの物も残さず、みなもていぬ。
 
 ただ残りたる物は馬ぶねのみなむありける。
 それを、この男の従者、まかぢといひける童使ひけるして、このふねをさへ、とりにおこせたり。
 
 この童に女のいひける、
 「きむぢも今はここに見えじかし」
 などいひければ、
 「などてか、さぶらはざらむ。
 ぬし、おはせずとも、さぶらひなむ」
 などいひ、立てり。
 
 女、
 「ぬしに消息聞こえば申してむや。
 文はよに見給はじ。
 ただことばにて申せよ」
 といひければ、
 
 「いとよく申してむ」
 といひければ、
 
 かくいひける。「
 

♪263
  ふねもいぬ まかぢも見えじ 今日よりは
  うき世の中を いかでわたらむ

 
 と申せ」といひければ、
 男にいひければ、
 物かきふるひいにし男なむ、しかながらはこびかへして、もとのごとくあからめもせで、添ひゐにける。
 
 

姥捨山 大和物語
第六部
157段
馬ぶね
われもしか