男
♪♀女
♀妻
下野国に男女すみわたりけり。
年ごろすみけるほどに、男、妻まうけて心かはりはてて、この家にありける物どもを、今の妻のがりかきはらひもてはこびいく。
心憂しと思へど、なほまかせて見けり。
ちりばかりの物も残さず、みなもていぬ。
ただ残りたる物は馬ぶねのみなむありける。
それを、この男の従者、まかぢといひける童使ひけるして、このふねをさへ、とりにおこせたり。
この童に女のいひける、
「きむぢも今はここに見えじかし」
などいひければ、
「などてか、さぶらはざらむ。
ぬし、おはせずとも、さぶらひなむ」
などいひ、立てり。
女、
「ぬしに消息聞こえば申してむや。
文はよに見給はじ。
ただことばにて申せよ」
といひければ、
「いとよく申してむ」
といひければ、
かくいひける。「
♪263
ふねもいぬ まかぢも見えじ 今日よりは
うき世の中を いかでわたらむ
と申せ」といひければ、
男にいひければ、
物かきふるひいにし男なむ、しかながらはこびかへして、もとのごとくあからめもせで、添ひゐにける。