大和物語152段:同じ帝、狩いとかしこく好み給ひ

人麻呂 大和物語
第六部
152段
陸奥国磐手
嵯峨の帝

登場人物

 
 ♪おなじ帝
 大納言

原文

 
 
 おなじ帝、狩いとかしこく好み給ひけり。
 陸奥国、磐手の郡より奉れる御鷹、世になくかしこかりければ、になうおぼして御手鷹にし給ひけり。
 名をば磐手となむつけ給へりける。
 
 それを、かの道に心ありて、あづかりつかうまつりける大納言にあづけ給へりける。
 夜昼、これをあづかりて、とりかひ給ふほどに、いかがし給ひけむ、そらし給ひてけり。
 心ぎもをまどはしてもとむるに、さらにえ見いでず。
 山々に人をやりつつ求めさすれど、さらになし。
 みづからも深き山に入りて、まどひ歩き給へどかひもなし。
 このことを奏せで、しばしもあるべけれど、二三日にあげず御覧ぜぬ日なし。
 
 いかがせむとて、内にまゐりて、御鷹のうたせるよし奏し給ふ時に、帝、ものも宣はせず。
 聞こし召しつけぬにやあらむとて、また奏し給ふに、おもてをのみまもらせ給うて、ものも宣はず。
 たいだいしとおぼしたるなりけりと、われにもあらぬ心地して、かしこまりていますかりて、
 「この御鷹のもとむるに侍らぬことを、いかさまにかし侍らむ。
 などか仰せごとも給はぬ」
 と奏し給ふ時に、帝、
 

♪256
  いはで思ふぞ いふにまされる

 
 と宣ひけり。
 
 かくのみ宣はせて、こと事も宣はざりけり。
 御心にいといふかひなく、惜しくおぼさるるになむありける。
 

 これをなむ、世の中の人、もとをばとかくつけける。
 もとはかくのみなむありける。
 
 

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