大和物語150段:昔、ならの帝につかうまつるうねべ

沖つ白浪 大和物語
第六部
150段
猿沢の池
人麻呂

登場人物

 
 ♀ならの帝につかうまつるうねべ
 ♪柿本人麻呂
 ♪帝

原文

 
 
 昔、ならの帝につかうまつるうねべありけり。
 顔かたちいみじう清らにて、人々よばひ、殿上人などもよばひけれど、あはざりけり。
 そのあはぬ心は、帝をかぎりなくめでたきものになむ思ひ奉りける。
 帝召してけり。
 

 さてのち、またも召さざりければ、かぎりなく心憂しと思ひけり。
 夜昼、心にかかりておぼえ給ひつつ、恋しう、わびしうおぼえ給ひけり。
 帝は召ししかど、ことともおぼさず。
 さすがに、つねには見え奉る。
 なほ世に経まじき心地しければ、夜、みそかにいでて、猿澤の池に身を投げてけり。
 

 かく投げつとも、帝はえしろしめさざりけるを、ことのついでありて、人の奏しければ、聞こし召してけり。
 いといたうあはれがり給ひて、池のほとりにおほみゆきし給ひて、人々に歌よませ給ふ。
 

 柿本人麻呂、
 

♪252
  わぎもこが ねくたれ髪を 猿澤の
  池の玉藻と 見るぞかなしき

 
 とよめる時に、帝、
 

♪253
  猿澤の 池もつらしな わぎもこが
  玉藻かづかば 水ぞひなまし

 
 と詠み給ひけり。
 
 さて、この池に墓せさせ給ひてなむ、かへらせおはしましけるとなむ。
 
 

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第六部
150段
猿沢の池
人麻呂