♀ならの帝につかうまつるうねべ
♪柿本人麻呂
♪帝
昔、ならの帝につかうまつるうねべありけり。
顔かたちいみじう清らにて、人々よばひ、殿上人などもよばひけれど、あはざりけり。
そのあはぬ心は、帝をかぎりなくめでたきものになむ思ひ奉りける。
帝召してけり。
さてのち、またも召さざりければ、かぎりなく心憂しと思ひけり。
夜昼、心にかかりておぼえ給ひつつ、恋しう、わびしうおぼえ給ひけり。
帝は召ししかど、ことともおぼさず。
さすがに、つねには見え奉る。
なほ世に経まじき心地しければ、夜、みそかにいでて、猿澤の池に身を投げてけり。
かく投げつとも、帝はえしろしめさざりけるを、ことのついでありて、人の奏しければ、聞こし召してけり。
いといたうあはれがり給ひて、池のほとりにおほみゆきし給ひて、人々に歌よませ給ふ。
柿本人麻呂、
♪252
わぎもこが ねくたれ髪を 猿澤の
池の玉藻と 見るぞかなしき
とよめる時に、帝、
♪253
猿澤の 池もつらしな わぎもこが
玉藻かづかば 水ぞひなまし
と詠み給ひけり。
さて、この池に墓せさせ給ひてなむ、かへらせおはしましけるとなむ。