♀津の国にすむ女
男ふたり
♀故后の宮
♪♪♀伊勢の御息所
♪♪♀女一のみこ
♪♪♀宮
♪♪♀兵衛の命婦
♪♪♀糸所の別当
むかし、津の国にすむ女ありけり。
それをよばふ男ふたりなむありける。
ひとりは、その国にすむ男、姓はうばらになむありける。
いまひとりは、和泉国の人になむありける。姓は、ちぬとなむいひける。
かくてその男ども、としよはひ、顔かたち、人のほど、
ただおなじばかりなむありける。
心ざしのまさらむにこそはあらめと思ふに、心ざしのほど、ただおなじやうなり。
暮るれはもろともに来あひ、物おこすれば、ただおなじやうにおこす。
いづれまされりと、いふべくもあらず。
女思ひわづらひぬ。
この人の心ざしのおろかならば、いづれにもあふまじけれど、
これもかれも、月日を経て家の門に立ちて、よろづに心ざしを見えければ、しわびぬ。
これよりもかれよりも、おなじやうにおこする物ども、とりもいれねど、いろいろにもちて立てり。
親ありて、
「かく見苦しく年月を経て、人の嘆きをいたづらにおふもいとほし。
ひとりひとりにあひなば、いまひとりが思ひは絶えなむ」
といふに、
女、
「ここにもさ思ふに、人の心ざしのおなじやうなるになむ、思ひわづらひぬる。
さらばいかがすべき」
といふに、
そのかみ、生田の川のつらに、女、平張りをうちてゐにけり。
かかれば、そのよばひ人どもを呼びにやりて、親のいふやう、
「たれもみ心ざしのおなじやうなれば、このをさなき者なむ思ひわづらひにてはべる。
今日いかにまれ、このことを定めてむ。
あるは遠き所よりいまする人あり。
あるはここながらそのいたつきかぎりなし。
これもかれもいとほしきわざなり」
といふ時に、
いとかしこくよろこびあへり。
「申さむと思ひ給ふるやうは、この川に浮きてはべる水鳥を射給へ。
それを射あて給へらむ人に奉らむ」
といふ時に、
「いとよきことなり」
といひて射るほどに、
ひとりは頭のかたを射つ。
いまひとりは、尾のかたを射つ。
そのかみ、
いづれといふべくもあらぬに、
♪237
すみわびぬ わが身投げてむ 津の国の
生田の川の 名のみなりけり
とよみて、
この平張は川にのぞきてしたりければ、つぶりとおち入りぬ。
親、あはてさわぎののしるほどに、
このよばふ男ふたり、やがておなじ所におち入りぬ。
ひとりは足をとらへ、いまひとりは手をとらへて死にけり。
そのかみ、親いみじくさわぎて、
とりあげてなき、ののしりてはぶりす。
男どもの親も来にけり。
この女の塚のかたはらに、また塚どもつくりてほりうづむ時に、
津の国の男の親いふやう、
「おなじ国の男をこそ、おなじ所にはせめ。
こと国の人の、いかでかこの国の土をばをかすべき」
といひてさまたぐる時に、
和泉の方の親、和泉国の土を舟に運びて、
ここにもて来てなむ、つひにうづみてける。
されば、女の墓をばなかにて、左右になむ、男の墓ども今もあなる。
かかることどものむかしありけるを、絵にみな書きて、
故后の宮に、人の奉りたりければ、
これがうへを、みな人々この人にかはりてよみける。
伊勢の御息所、男の心にて、
♪238
かげとのみ 水のしたにて あひ見れど
魂なきからは かひなかりけり
女になり給ひて、女一のみこ、
♪239
かぎりなく ふかくしづめる わが魂は
浮きたる人に 見えむものかは
また、宮、
♪240
いづこにか 魂をもとめむ わたつみの
ここかしことも おもほえなくに
兵衛の命婦、
♪241
つかのまも もろともにとぞ 契りける
あふとは人に 見えぬものから
糸所の別当、
♪242
かちまけも なくてや果てむ 君により
思ひくらぶの 山はこゆとも
生きたりしをりの女になりて、
♪243
あふことの かたみに恋ふる なよ竹の
たちわづらふと 聞くぞ悲しき
また、
♪244
身を投げて あはむと人に 契らねど
うき身は水に かげをならべつ
また、いまひとりの男になりて、
♪245
おなじえに すみはうれしき なかなれど
などわれとのみ 契らざりけむ
返し、女、
♪246
うかりける わがみなそこを おほかたは
かかる契りの なからましかば
また、ひとりの男になりて、
♪247
われとのみ 契らずながら おなじえに
すむはうれしき みぎはとぞ思ふ
さてこの男は、くれ竹のよ長きを切りて、
狩衣、袴、烏帽子、帯とを入れて、
弓、胡ぐひ、太刀など入れてぞうづみける。
いまひとりは、おろかなる親にやありけむ、さもせずぞありける。
かの塚の名をば、をとめ塚とぞいひける。
ある旅人、この塚のもとに宿りたりけるに、
人のいさかひする音のしければ、
あやしと思ひて、見せけれど、
「さることもなし」といひければ、
あやしと思ふ思ふ、ねぶりたるに、
血にまみれたる男、
前に来て、ひざまづきて、
「われ、かたきにせめられて、わびにてはべり。
はかし、しばしかし給はらむ。
ねたき者のむくひしはべらむ」
といふに、
おそろしと思へど、かしてけり。
さめて、夢にやあらむと思へど、
太刀はまことにとらせてやりてける。
とばかり聞けば、いみじうさきのごといさかふなり。
しばしありて、はじめの男来て、いみじうよろこびて、
「御徳に年ごろねたき者、うち殺しはべりぬ。
いまよりは、ながき御まもりとなりはべるべき」
とて、このことのはじめより語る。
いとむくつけしと思へど、
めづらしきことなれば問ひ聞くほどに、夜もあけにければ、人もなし。
朝に見れば、塚のもとに、血などなむ流れたりける。
太刀にも、血つきてなむありける。
いとうとましくおぼゆることなれど、人のいひけるままなり。