♪♪♪在次君
この在次君、
在中将の東にいきたりけるけにやあらむ、
この子どもも、人の国に通ひをなむ、ときどきしける。
心あるものにて、人の国のあはれに
心ぼそきところどころにては、歌よみて書きつけなどなむしける。
小総の駅といふ所は、海辺になむありける。
それによみて書きつけたりける。
♪231
わたつうみと 人や見るらむ あふことの
なみだをふさに 泣きつめつれば
また、箕輪の里といふ駅にて、
♪232
いつはとは わかねどたえて 秋の夜ぞ
身のわびしさは 知りまさりける
とよみて書きつけたりける。
かくて、人の国歩きありきて、
甲斐の国にいたりてすみけるほどに、病して死ぬとて
よみたりける。
♪233
かりそめの ゆきひぢとぞ 思ひしを
いまはかぎりの 門出なりける
とよみてなむ死にける。
この在次君のひと所に具して知りたりける人、
三河国よりのぼるとて、この駅どもに宿りて、
この歌どもを見て、手は見知りたりければ見つけて、
いとあはれと思ひけり。