大和物語144段:この在次君、在中将の東に

在次君 大和物語
第五部
144段
甲斐の国
浜千鳥

登場人物

 
 ♪♪♪在次君

原文

 
 
 この在次君、
 在中将の東にいきたりけるけにやあらむ、
 この子どもも、人の国に通ひをなむ、ときどきしける。
 
 心あるものにて、人の国のあはれに
 心ぼそきところどころにては、歌よみて書きつけなどなむしける。
 
 小総の駅といふ所は、海辺になむありける。
 それによみて書きつけたりける。
 

♪231
  わたつうみと 人や見るらむ あふことの
  なみだをふさに 泣きつめつれば

 

 また、箕輪の里といふ駅にて、
 

♪232
  いつはとは わかねどたえて 秋の夜ぞ
  身のわびしさは 知りまさりける

 
 とよみて書きつけたりける。
 

 かくて、人の国歩きありきて、
 甲斐の国にいたりてすみけるほどに、病して死ぬとて
 よみたりける。
 

♪233
  かりそめの ゆきひぢとぞ 思ひしを
  いまはかぎりの 門出なりける

 
 とよみてなむ死にける。
 

 この在次君のひと所に具して知りたりける人、
 三河国よりのぼるとて、この駅どもに宿りて、
 この歌どもを見て、手は見知りたりければ見つけて、
 いとあはれと思ひけり。
 
 

在次君 大和物語
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