大和物語142段:御息所の御姉、おほいこに

思はぬ山 大和物語
第五部
142段
御息所の御姉
在次君

登場人物

 
 ♪♪♪♀御息所の御姉おほいこ
 ♀おとうとたち御息所
 ♀女親
 ♀まま母
 親

原文

 
 
 御息所の御姉、おほいこにあたり給ひけるなむ、
 いとらうらうじく、歌詠み給ふことも、
 おとうとたち御息所よりもまさりてなむ、いますかりける。
 

 わかき時に、女親は失せ給ひにけり。
 まま母の手にいますかりければ、心に、もののかなはぬ時もあり。
 

 さて詠み給ひける。
 

♪227
  ありはてぬ 命待つまの ほどばかり
  憂きことしげく 嘆かずもがな

 
 となむ詠み給ひける。
 

 梅の花を折りてまた、
 

♪228
  かかる香の 秋もはからず にほひせば
  春恋してふ ながめせましや

 
 と詠み給へりける。
 
 いとよしづきて、をかしくいますかりければ、
 よばふ人もいとおほかりけれど、返りごともせざりけり。
 
 「女といふもの、つひにかくて果て給ふべきにもあらず。
 ときどきは返りごとし給へ」
 と、親もまま母もいひければ、
 せめられて、かくなむいひやりける。
 

♪229
  思へども かひなかるべみ しのぶれば
  つれなきともや 人の見るらむ

 
 とばかりいひやりて、ものもいはざりけり。
 
 かくいひける心ばへは、
 親など、「男あはせむ」といひけれど、
 「一生に男せでやみなむ」といふことを、
 よとともにいひけるもしるく、
 男もせで二十九にてなむ、失せ給ひにける。
 
 

思はぬ山 大和物語
第五部
142段
御息所の御姉
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