よしいゑといひける宰相のはらから=大和の掾
♀もとの妻
♪♪♪♪♀今の妻=筑紫の妻
よしいゑといひける宰相のはらから、
大和の掾といひてありけり。
これがもとの妻のもとに、
筑紫より女を率て来てすゑたりけり。
もとの妻も、心いとよく、
今の妻もにくき心なく、いとよく語らひてゐたりけり。
かくてこの男は、ここかしこ人の国がちにのみ歩きければ、
ふたりのみなむ、ゐたりける。
この筑紫の妻、しのびて男したりける。
それを、人のとかくいひければ、よみたりける。
♪223
夜はにいでて 月だに見ずは あふことを
知らずがほにも いはましものを
となむ。
かかるわざをすれど、
もとの妻、
いと心よき人なれば、男にもいはでのみありわたりけれども、
ほかのたよりより、「かく男すなり」と聞きて、
この男思ひたりけれど、心にもいれで、
たださるものにて、おきたりけり。
さて、この男、
「女、こと人にものいふ」と聞きて、
「その人とわれと、いづれをか思ふ」と問ひければ、
女、
♪224
花すすき 君がかたにぞ なびくめる
思はぬ山の 風はふけども
となむいひける。
よばふ男もありけり。
「世の中心憂し。なほ男せじ」
など、いひけるものなむ、
この男の返りごとなど、してやりて、
このもとの妻のもとに
文をなむ、ひき結びておこせたりける。
見ればかく書けり。
♪225
身を憂しと 思ふ心の こりねばや
人をあはれと 思ひそむらむ
となむ、
こりずまによみたりける。
かくて、心のへだてもなくあはれなれば、いとあはれと思ふほどに、男は心かはりにければ、
ありしごともあらねば、かの筑紫に親はらからなどありければ、いきけるを、
男も心かはりにければ、とどめでなむ、やりける。
もとの妻なむ、もろともに、ありならひにければ、
かくていくことを、いと悲しと思ひける。
山崎にもろともにいきてなむ、舟に乗せなどしける。
男も来たりけり。
この、うはなり、こなみ、
ひと日ひと夜、よろづのことをいひ語らひて、
つとめて、舟に乗りぬ。
いまは、男もとの妻は帰りなむ、とて車に乗りぬ。
これもかれも、いと悲しと思ふほどに、
舟に乗り給ひぬる人の文をなむ、もて来たる。
かくのみなむ、ありける。
♪226
ふたり来し 道とも見えぬ 浪の上を
思ひかけでも かへすめるかな
といへりければ、
男も、もとの妻も、いといたうあはれがりて泣きけり。
漕ぎいでていぬれば、え返りごともせず。
車は舟のゆくを見てえいかず、
舟に乗りたる人は、車を見るとておもてをさしいでて、漕ぎゆけば、
遠くなるままに、顔はいとちひさくなるまで見おこせければ、
いと悲しかりけり。