♪♀檜垣の御
野大弐(小野好古)
筑紫にありける、檜垣の御といひけるは、
いとらうあり、をかしくて世を経たる者になむありける。
年月かくてありわたりけるを、純友がさわぎにあひて、
家も焼けほろび、物の具もみなとられはてて、いみじうなりにけり。
かかりとも知らで、
野大弐、討手の使に下り給ひて、それが家のありしわたりをたづねて、
「檜垣の御といひけむ人に、いかであはむ。いづくにかすむらむ」
と宣へば、
「このわたりになむすみはべりし」
など、ともなる人もいひけり。
「あはれ、かかるさわぎに、いかになりにけむ。たづねてしかな」
と宣ひけるほどに、
かしら白きおうなの、水くめるなむ、前よりあやしきやうなる家に入りける。
ある人ありて、
「これなむ檜垣の御」といひけり。
いみじうあはれがり給ひて、よばすれど、
恥ぢて来で、かくなむいへりける。
♪202
むばたまの わが黒髪は 白川の
みづはくむまで なりにけるかな
とよみたりければ、
あはれがりて、着たりける衵ひとかさねぬぎてなむやりける。