大和物語126段:筑紫にありける檜垣の御

壬生忠岑 大和物語
第五部
126段
檜垣の御
鹿の音

登場人物

 
 ♪♀檜垣の御
 野大弐(小野好古)

原文

 
 
 筑紫にありける、檜垣の御といひけるは、
 いとらうあり、をかしくて世を経たる者になむありける。
 

 年月かくてありわたりけるを、純友がさわぎにあひて、
 家も焼けほろび、物の具もみなとられはてて、いみじうなりにけり。
 

 かかりとも知らで、
 野大弐、討手の使に下り給ひて、それが家のありしわたりをたづねて、
 「檜垣の御といひけむ人に、いかであはむ。いづくにかすむらむ」
 と宣へば、
 「このわたりになむすみはべりし」
 など、ともなる人もいひけり。
 

 「あはれ、かかるさわぎに、いかになりにけむ。たづねてしかな」
 と宣ひけるほどに、
 かしら白きおうなの、水くめるなむ、前よりあやしきやうなる家に入りける。
 

 ある人ありて、
 「これなむ檜垣の御」といひけり。
 

 いみじうあはれがり給ひて、よばすれど、
 恥ぢて来で、かくなむいへりける。
 

♪202
  むばたまの わが黒髪は 白川の
  みづはくむまで なりにけるかな

 

 とよみたりければ、
 あはれがりて、着たりける衵ひとかさねぬぎてなむやりける。
 
 

壬生忠岑 大和物語
第五部
126段
檜垣の御
鹿の音