原文
としこが、志賀にまうでたりけるに、
増喜君といふ法師ありけり。
それは比叡に住む、院の殿上もする法師になむありける。
それ、このとしこまうでたる日、志賀にまうであひにけり。
橋殿に局をしてゐて、よろづのことをいひかはしけり。
いまは、としこ、かへりなむとしけり。
それに、増喜のもとより、
♪195
あひ見ては わかるることの なかりせば
かつがつものは 思はざらまし
返し、としこ、
♪196
いかなれば かつがつものを 思ふらむ
なごりもなくぞ われは悲しき
となむありける。
ことばも、いとおほくなむありける。