大和物語58段:おなじ兼盛、陸奥国にて

平の中興がむすめ 大和物語
第二部
58段
黒塚
うさ

登場人物

 
 ♪♪兼盛(平兼盛:三十六歌仙)
 ♀閑院の三のみこの御むすこ=むすめ(争いあり。[源重之(全集)or源兼信(全訳注)]の娘)
 ♀黒塚のあるじ=恒忠の君の妻(未詳)

原文

 
 
 おなじ兼盛、
 陸奥国にて、閑院の三のみこの御むすこにありける人、黒塚といふ所にすみけり、
 そのむすめどもに、おこせたりける。
 

♪78
  みちのくの 安達が原の 黒塚に
  鬼こもれりと 聞くはまことか

 
 といひたりけり。
 
 かくて、
 「そのむすめをえむ」といひければ、
 親、
 「まだいと若くなむある。
 いまさるべからむをりにを」
 といひければ、
 
 京にいくとて、山吹につけて、
 

♪79
  花ざかり すぎもやすると かはづなく
  井手の山吹 うしろめたしも

 
 といひけり。
 

 かくて、名取の御湯といふことを、
 恒忠の君の妻、詠みたりけるといふなむ、
 この黒塚のあるじなりける。
 

♪80
  大空の 雲のかよひ路 見てしかな
  とりのみゆけば あとはかもなし

 
 となむよみたりけるを
 
 兼盛のおほきみ聞きて、おなじ所を、
 

♪81
  塩竃の 浦にはあまや 絶えにけむ
  などすなどりの 見ゆる時なき

 
 となむよみける。
 

 さて、この心かけしむすめ、
 こと男して、京にのぼりたりければ、
 
 聞きて、兼盛、
 「のぼりものし給ふなるを告げ給はせで」
 といひたりければ、
 「井手の山吹うしろめたしも」といへりける文を、
 「これなむ陸奥国のつと」とておこせたりければ、
 

 男、
 

♪82
  年を経て ぬれわたりつる 衣手を
  今日の涙に くちやしぬらむ

 
 といへりける。
 
 

平の中興がむすめ 大和物語
第二部
58段
黒塚
うさ