大和物語89段:修理の君に、右馬の頭すみける時

紀の国 大和物語
第三部
89段
網代の氷魚
あだのふし

登場人物

 
 ♪♪♪♀修理の君=おなじ女
 ♪♪♪♪♪右馬の頭

原文

 
 
 修理の君に、
 右馬の頭すみける時、
 「方のふたがりければ、
 方たがへにまかるとてなむ、えまゐり来ぬ」
 といへりければ、
 

♪126
  これならぬ ことをもおほく たがふれば
  恨みむ方も なくぞわびしき

 

 かくて、右馬の頭いかずなりにけるころ、
 よみておこせたりける。
 

♪127
  いかでなほ 網代の氷魚に こととはむ
  何によりてか われを問はぬと

 
 といへりければ、

 返し、
 

♪128
  網代より ほかには氷魚の よるものか
  知らずは宇治の 人に問へかし

 

 また、おなじ女に通ひける時、
 つとめてよんだりける。
 

♪129
  あけぬとて 急ぎもぞする 逢坂の
  きり立ちぬとも 人に聞かすな

 

 男、
 はじめごとよんだりける。
 

♪130
  いかにして われは消えなむ 白露の
  かへりてのちの ものは思はじ

 

 返し、
 

♪131
  垣ほなる 君が朝顔 見てしかな
  かへりてのちは ものや思ふと

 

 おなじ女に、
 けぢかくものなどいひて、
 かへりてのちによみてやりける。
 

♪132
  心をし 君にとどめて 来にしかば
  もの思ふことは われにやあるらむ

 

 修理が返し、
 

♪133
  たましひは をかしきことも なかりけり
  よろづの物は からにぞありける

 
 

紀の国 大和物語
第三部
89段
網代の氷魚
あだのふし