大和物語70段:おなじ人に、監の命婦

狩ごろも 大和物語
第三部
70段
山もも
山ざくら

登場人物

 
 ♪おなじ人=大七(藤原忠文の息子。未詳)
 ♪♪♀監の命婦(諸説あり)

原文

 
 
 おなじ人に、
 監の命婦、山ももをやりたりければ、
 

♪100
  みちのくの 安達の山も もろともに
  こえばわかれの 悲しからじを

 
 となむいひける。
 

 さて、堤なる家になむすみける。
 さて鮎をなむとりてやりける。
 

♪101
  賀茂川の 瀬にふす鮎の いをとりて
  寝でこそあかせ 夢に見えつや

 

 かくて、この男、
 陸奥国へ下りけるたよりにつけて、あはれなる文どもを書きおこせけるを、
 「道にて病してなむ死にける」と聞きて、
 女いとあはれとなむ思ひける。
 

 かく聞きてのち、篠塚の駅といふ所より、
 たよりにつけて、あはれなることどもを書きたる文をなむ、もて来たりける。
 いと悲しくて、これを「いつのぞ」と問ひければ、
 使の久しくなりて、もて来たるになむありける。
 

 女、
 

♪102
  篠塚の うまやうまやと 待ちわびし
  君はむなしく なりぞしにける

 
 とよみてなむ泣きける。
 

 童にて殿上して、大七といひけるを、
 かうぶりして、蔵人所にをりて、金の使かけて、
 やがて親のともにいくになむありける。
 
 

狩ごろも 大和物語
第三部
70段
山もも
山ざくら