大和物語65段:南院の五郎、三河守にてありける

忘らるな 大和物語
第三部
65段
死ねとてや
いなおほせ鳥

登場人物

 
 ♪♪♪♪南院の五郎・三河守
 (旧体系:不明
  全集:光孝皇子是忠五男・今扶
  全訳注:源宗于:三十六歌仙:百人一首28歌人は三河守だが非五男。今扶は記録により六男)
 ♀承香殿にありける伊予の御(未詳)

原文

 
 
 南院の五郎、三河守にてありける、
 承香殿にありける伊予の御を懸想しけり。
 
 「来む」といひければ、
 「御息所の御もとに、内へなむまゐる」
 といひおこせたりければ、
 

♪91
  玉だれの 内とかくるは いとどしく
  かげを見せじと 思ふなりけり

 
 といへりけり。

 また、
 

♪92
  嘆きのみ しげきみ山の ほととぎす
  木がくれゐても 音をのみぞなく

 
 などいひけり。
 

 かくて来たりけるを、
 「いまはかへりね」とやらひければ、
 

♪93
  死ねとてや とりもあへずは やらはるる
  いといきがたき 心地こそすれ

 
 返し、
 をかしかりけれど、え聞かず。
 

 また、雪の降る夜来たりけるを、ものはいひて、
 「夜ふけぬ。かへり給ひね」
 といひければ、
 かへりけるほどに、
 雪のいみじき降りければ、えいかでかへりけるほどに、
 戸をさしてあけざりければ、
 

♪94
  われはさは 雪降る空に 消えねとや
  たちかへれども あけぬ板戸は

 
 となむいひてゐたりける。
 

 「かく歌もよみ、あはれにいひゐたれば、
 いかにせましと思ひて、のぞきて見れば、
 顔こそなほ、いとにくげなりしか」
 となむ語りしとか。
 
 

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