大和物語64段:平中、にくからず思ふ若き女を

峰の嵐 大和物語
第三部
64段
忘らるな
死ねとてや

登場人物

 
 平中(平貞文)
 ♪♀若き女(不明)
 ♀妻

原文

 
 
 平中、
 にくからず思ふ若き女を、妻のもとに率て来ておきたりけり。
 

 にくげなることどもをいひて、妻つひに追ひ出だしけり。
 この妻にしたがふにやありけむ、
 らうたしと思ひながらえとどめず。
 

 いちはやくいひければ、ちかくだに寄らで、
 四尺の屏風に寄りかかりて立てりていひける、
 「世の中の、かく思ひのほかにあること。
 世界にものし給ふとも、忘れで消息し給へ。
 おのれも、さなむ思ふ」
 といひけり。
 

 この女、
 つつみに物などつつみて、車とりにやりて待つほどなり。
 いとあはれと思ひけり。
 

 さて女いにけり。
 とばかりありておこせたりける。
 

♪90
  忘らるな 忘れやしぬる 春がすみ
  今朝たちながら 契りつること

 
 

峰の嵐 大和物語
第三部
64段
忘らるな
死ねとてや