大和物語61段:亭子院に、御息所たちあまた

身をやく時 大和物語
第三部
61段
藤の花
宿世

登場人物

 
 亭子院(宇多天皇と居所)
 ♪♀御息所たち(不明)
 ♀京極の御息所(藤原褒子)
 ♪殿上人=男ども

原文

 
 
 亭子院に、御息所たちあまた御曹司してすみ給ふに、
 年ごろありて、河原院のいとおもしろくつくられたりけるに、
 京極の御息所、ひと所の御曹司をのみしてわたらせ給ひにけり。
 春のことなりけり。
 
 とまり給へる御曹司ども、
 いと思ひのほかに、さうざうしきことをおもほしけり。
 
 殿上人など通ひまゐりて、
 藤の花いとおもしろきを、これかれ、「さかりをだに御覧ぜで」などいひて見歩くに、
 文をなむ結びつけたりける。
 

 あけてみれば、
 

♪85
  世の中の あさき瀬に のみなりゆけば
  昨日のふぢの 花とこそ見れ

 
 とありければ、
 人々見て、かぎりなくめであはればりけれど、
 たが御曹司のし給へるとも、え知らざりける。
 

 男どものいひける
 

♪86
  藤の花 色のあさくも 見ゆるかな
  うつろひにける 名残なるべし

 
 

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藤の花
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