大和物語2段:帝、おりゐ給ひてまたの年の秋

弘徽殿の壁 大和物語
第一部
2段
橘良利
としこ

登場人物

 
 帝(宇多天皇)
 ♪橘良利=良利大徳=寛蓮大徳

原文

 
 
 帝、おりゐ給ひて
 またの年の秋、御髪おろし給ひて、
 ところどころ山ぶみし給ひて行ひ給ひけり。
 

 備前の掾にて橘良利といひける人、
 内裏におはしましける時、殿上に候ひける、
 御髪おろし給ひければ、やがて御ともに、かしらおろししてけり。
 

 人にも知られ給はで、ありき給うける御供に、これなむ遅れ奉らで候ひける。
 「かかる御ありきし給ふ、いとあしきことなる」
 とて、内裏より、
 「少将、中将、これかれ、候へ」
 とて奉れ給ひけれど、
 たがひつつありき給ふ。
 

 和泉の国に至り給うて、日根といふ所におはします夜あり。
 いと心細う、かすかにておはしますことを思ひつつ、
 いと悲しかりけり。
 

 さて、
 「日根といふことを歌によめ」
 と仰せごとありければ、
 

 この良利大徳、
 

♪3
  ふるさとの 旅寝の夢に 見えつるは
  うらみやすらむ またととはねば

 
 とありけるに、
 みな人泣きて、えよまずなりにけり。
 

 その名をなむ、寛蓮大徳といひて、のちまで候ひける。
 
 

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橘良利
としこ