大和物語16段:陽成院のすけの御

玉の歌よみ 大和物語
第一部
16段
忘れ草
継父の少将

登場人物

 
 ♪♀陽成院のすけの御(未詳)
 ♪継父の少将(未詳:旧大系・新全集・全訳注。小野絃風・小野春風・藤原忠文、等諸説あり。全訳注上89p)

原文

 
 
 陽成院のすけの御、
 継父の少将の許に、
 

♪23
  春の野は はるけながらも 忘れ草
  生ふるは見ゆる ものにぞありける

 
 少将、返し、
 

♪24
  春の野に 生ひじとぞ思ふ 忘れ草
  つらき心の 種しなければ

 
 

継父の意義

 

 本段の解釈につき、学説(旧大系、新全集、講談社文庫全訳注)は全て行儀の良い丁寧調に訳し、全訳注が伊勢物語21段の忘れ草との呼応を指摘するにとどまる(ただし伊勢21段は男女の恋歌であること「あだに契りて」には触れない)。しかし具体的解釈として「継父」という本段特有の表現が出て、それが物語総体前後の文脈から、明らかに男女の懸想であるところにこそ本段特有の意義がある。つまり大和11段で源大納言が30歳以上年下の女子を祖父帝(祖父の年の男同士で許し合って)公認で妻にしたように、それをして良いのか的な暗黙の告発的内容。そもそも初段の弘徽殿への落書きからそういう筋の話(しかし著者は捨てられる伊勢の御側)だが、学説はそこから認められない。

 

 皇室周辺でこういう乱れが公然とされている(業平が兄行平の娘つまり姪と密通して孕ませその子が親王と噂されたという伊勢79段)から当時は何も破廉恥ではなかったのだろうという、古文学説おなじみのとぼけた循環論法は成り立たない。それが通るなら公然何とか罪の存在意義はなくなる。それで本段は呼称をモザイク調にぼかしたと見るべきもの(ちなみに伊勢79段も、「けぢめ見せぬ心」の「在五」の伊勢63段以来一貫して無節操さを非難する内容だが、これを分け隔てせず愛する心だ感心感心とまさにけじめを見せず驚天動地で真逆に曲げるのが大系全集等、通説の正気の沙汰ではない言語感覚。在五も素朴に蔑称でしかありえない)。

 そしてこういう親子的な年齢差の男女関係は、女性は大方激しく嫌うところと思われ、著者が女性ならそういう視点で見ないと見ることは無理と思う。女性から送っているから年齢差がないと見るのも、素朴な表現を曲げた循環論法で不適当。著者は「すけの御」本人ではないし、そういう根拠も作品中にはない。

 また本物語で上げられる天皇や貴族達は総じて、記録に残るだけでも十人、二十人、三十人、四十人という子供を数えきれない女性に生ませているが、そういう行動様式・思考様式をどう思われるか素朴に考えてほしく(自由にしてもハメを外さず節度を自ら保てるのが大人と思う)、11段もその女性側の視点を描いており、それを女性目線に立つ男性著者の描写と見立てることは、この国の伝統一般的認識から類型的に極めて困難。

 

 男性支配的学説は御用学者として最大スポンサーの貴族皇族を悉く美化正当化する使命を負った歴史から、こうしたセンシティブな内容は一様に骨抜きされた解説になるが、それは衆生に向け何とか無難に穏当に見せることが当該職域の暗黙の了解、というより面子と生活がかかった死活問題。それに反する滑稽な指摘は立場的に断固受け入れられない(隣国の書記の横でメモを取る人達と立場的に同じで強い意識が無意識化する)。
 そういう世界とかかわりない読者は(ここまで見る人でそういう人は少数かもしれないが)、学者は宙に浮いた無色中立ではなくそのような言及はタブーとされる強固な社会的バイアスある立場、伝統社会の一員として生活していることを踏まえて見るべきと思う。しかしタブーだから説明していないのではなく、そういう発想をしないようにしているので微妙な文脈を認識できていないと思う。

 

 なお表記は、まゝちゝ(旧大系)、まま父(新全集)、継父(全訳注)。ここでは直感的読解に資する継父にした。他段のように誰それというのでなく継父。言い換えると、誰であるかは著者にとってどうでもいい属性。

 

 そうして最後の「種しなければ」も以上の文脈で見ることが文脈に即す。つまり下品な下ネタ。138段の「下草みがくれて」「下草は長からじ」も同様だが、こちらでも学説は歌的に下の毛の暗喩と解せず、即物的に男の背丈が低くて草に隠れて悲しいと奇天烈な解釈を大真面目に展開している。そういう免疫がないのは大人の教養としても問題で、一度十分満たされた上で当たり前のこととして節度を保つ過程が大事と思う。満たされないとないことにしたり、延々その機会を欲し続ける。私は著者(としこ。独自)の記述の仕方から満たされていたと思う(13段:子どもあまた出で来て、思ひてすみけるほどに)。学科より男女の作法教育の方が大人にも子供にも需要あるのではないか。

 

玉の歌よみ 大和物語
第一部
16段
忘れ草
継父の少将