亭子の帝(宇多天皇)
国の司
近江守
♪黒主
亭子の帝、石山につねにまうで給ひけり。
国の司、
「民疲れ、国ほろびぬべし」
となむわぶると聞こし召して、こと国々の御庄などにおほせごと給ひければ、
もてはこびて、御まうけをつかうまつりて、まうで給ひけり。
近江守、
「いかに聞こし召したるにかあらむ」
と、嘆きおそれて、
また、
「むげに、さてすぐし奉りてむや」
とて、かへらせ給ふ打出の浜に、世のつねならずめでたき仮屋どもを作りて、
菊の花のおもしろきを植ゑて、御まうけをつかうまつれりけり。
国の守も、おぢおそれて、ほかにかくれをりて、
ただ黒主をなむ、すゑおきたりける。
おはしましすぐるほどに、
殿上人、
「黒主はなどて、さてはさぶらふぞ」
と問ひけり。
院も御車おさへさせ給ひて、
「なにしに、ここにはあるぞ」
と問はせ給ひければ、
人々、問ひけるに申しける。
♪291
ささら浪 まもなく岸を 洗ふめり
なぎさ清くは 君とまれとか
とよめりければ、
これにめで給うてなむとまりて、
人々に物給ひて、かへらせ給ひける。