原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
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八十神の求婚 |
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故茲 神之女。 |
かれここに 神の女、 |
ここに 神の女むすめ、 |
名 伊豆志 袁登賣神坐也。 |
名は 伊豆志袁登賣 いづしをとめの神います。 |
イヅシ 孃子という神がありました。 |
故八十神。 | かれ八十神、 | 多くの神が |
雖欲得是 伊豆志袁登賣。 |
この伊豆志袁登賣を 得むとすれども、 |
このイヅシ孃子を 得ようとしましたが |
皆不得婚。 | みなえ婚よばはず。 | 得られませんでした。 |
秋山と春山 |
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於是有二神。 | ここに二柱の神あり。 | ここに |
兄號 秋山之下氷壯夫。 |
兄の名を 秋山の下氷壯夫したびをとこ三、 |
秋山の下氷壯夫したひおとこ・ |
弟名 春山之霞壯夫。 |
弟の名は 春山の霞壯夫かすみをとこなり。 |
春山の霞壯夫かすみおとこという 兄弟の神があります。 |
故其兄謂其弟。 | かれその兄、その弟に謂ひて、 | その兄が弟に言いますには、 |
吾雖乞 伊豆志袁登賣。 |
「吾、伊豆志袁登賣を 乞へども、 |
「わたしはイヅシ孃子を 得ようと思いますけれども |
不得婚。 | え婚はず。 | 得られません。 |
汝得此孃子乎。 |
汝いましこの孃子を得むや」 といひしかば |
お前はこの孃子を得られるか」 と言いましたから、 |
答曰易得也。 |
答へて曰はく、 「易く得む」といひき。 |
「たやすいことです」 と言いました。 |
爾其兄曰。 | ここにその兄の曰はく、 | そこでその兄の言いますには、 |
若汝有得此孃子者。 | 「もし汝、この孃子を得ることあらば、 | 「もしお前がこの孃子を得たなら、 |
避上下衣服。 | 上下の衣服きものを避さり、 | 上下の衣服をゆずり、 |
量身高而釀甕酒。 |
身の高たけを量りて 甕みかに酒を釀かみ、 |
身の丈たけほどに 甕かめに酒を造り、 |
亦山河之物。 | また山河の物を | また山河の産物を |
悉備設。 | 悉に備へ設けて、 | 悉く備えて |
爲宇禮豆玖云爾 〈自宇至玖以音。下效此〉 |
うれづくをせむ」 といふ。 |
御馳走をしよう」 と言いました。 |
其母=御祖=天照 |
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爾其弟。 | ここにその弟、 | そこでその弟が |
如兄言 具白其母。 |
兄のいへる如、 つぶさにその母に白ししかば、 |
兄の言つた通りに 詳しく母親に申しましたから、 |
即其母。 | すなはちその母、 | その母親が |
取布遲葛而。 〈布遲二字以音〉 |
ふぢ葛かづらを取りて、 | 藤の蔓を取つて、 |
一宿之間。 | 一夜の間ほどに、 | 一夜のほどに |
織縫。 衣褌。 及襪沓。 |
衣きぬ、褌はかま、 また襪したぐつ、 沓くつを織り縫ひ、 |
衣ころも・褌はかま・ 襪くつした・ 沓くつまで織り縫い、 |
亦作弓矢。 | また弓矢を作りて、 | また弓矢を作つて、 |
令服其衣褌等。 | その衣褌等を服しめ、 | 衣裝を著せ |
令取其弓矢。 | その弓矢を取らしめて、 | その弓矢を持たせて、 |
遣其孃子之家者。 | その孃子の家に遣りしかば、 | その孃子の家に遣りましたら、 |
其衣服及弓矢。 | その衣服も弓矢も | その衣裝も弓矢も |
悉成藤花。 | 悉に藤の花になりき。 | 悉く藤の花になりました。 |
於是其春山之霞壯夫。 | ここにその春山の霞壯夫、 | そこでその春山の霞壯夫が |
以其弓矢。 | その弓矢を | 弓矢ゆみやを |
繋孃子之厠。 | 孃子の厠に繋けたるを、 | 孃子の厠に懸けましたのを、 |
爾伊豆志袁登賣。 | ここに伊豆志袁登賣、 | イヅシ孃子が |
思異其花。 | その花を異あやしと思ひて、 | その花を不思議に思つて、 |
將來之時。 | 持ち來る時に、 | 持つて來る時に、 |
立其孃子之後。 | その孃子の後に立ちて、 | その孃子のうしろに立つて、 |
入其屋 即婚。 |
その屋に入りて、 すなはち婚まぐはひしつ九。 |
その部屋にはいつて 結婚をして、 |
故生一子也。 | かれ一人の子を生みき。 | 一人の子を生みました。 |
爾白其兄曰。 | ここにその兄に白して曰はく、 | そこでその兄に |
吾者。 得伊豆志袁登賣。 |
「吾あは 伊豆志袁登賣を得つ」といふ。 |
「わたしは イヅシ孃子を得ました」と言う。 |
於是其兄。 | ここにその兄、 | しかるに兄は |
慷愾弟之婚以。 | 弟の婚ひつることを慨うれたみて、 | 弟の結婚したことを憤つて、 |
不償其宇禮豆玖之物。 | そのうれづくの物を償はざりき。 | その賭けた物を償いませんでした。 |
爾愁白其母之時。 | ここにその母に愁へ白す時に、 | 依つてその母に訴えました。 |