原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
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又昔。 | また昔 | また |
有新羅國主之子。 | 新羅しらぎの國主こにきしの子、 | 新羅しらぎの國王の子の |
名謂天之日矛。 | 名は天あめの日矛ひぼこといふあり。 | 天あめの日矛ひほこという者がありました。 |
是人參渡來也。 | この人まゐ渡り來つ。 | この人が渡つて參りました。 |
新羅のアグ沼 |
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所以參渡來者。 | まゐ渡り來つる故は、 | その渡つて來た故は、 |
新羅國有一沼。 | 新羅の國に一つの沼あり、 | 新羅の國に一つの沼がありまして、 |
名謂 阿具奴摩 〈自阿下四字以音〉 |
名を 阿具沼 あぐぬまといふ。 |
アグ沼といいます。 |
此沼之邊。 | この沼の邊に、 | この沼の邊で |
一賎女晝寢。 | ある賤の女晝寢したり。 | 或る賤の女が晝寢(ひるね)をしました。 |
於是日耀 如虹指 其陰上。 |
ここに日の耀ひかり 虹のじのごと、 その陰上ほとに指したるを、 |
其處に日の光が 虹のように その女にさしましたのを、 |
亦有一賤夫。 | またある賤の男、 | 或る賤の男が |
思異其状。 | その状を異あやしと思ひて、 | その有樣を怪しいと思つて、 |
恒伺其女人之行。 | 恆にその女人をみなの行を伺ひき。 | その女の状を伺いました。 |
故是女人。 | かれこの女人、 | しかるにその女は |
自其晝寢時妊身。 | その晝寢したりし時より、姙みて、 | その晝寢をした時から姙んで、 |
生赤玉。 | 赤玉を生みぬ。 | 赤い玉を生みました。 |
アグ沼の赤玉 |
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爾其所伺賤夫。 | ここにその伺へる賤の男、 | その伺つていた賤の男が |
乞取其玉。 | その玉を乞ひ取りて、 | その玉を乞い取つて、 |
恒裹着腰。 | 恆に裹つつみて腰に著けたり。 | 常に包つつんで腰につけておりました。 |
此人 營田於山谷之間故。 |
この人、 山谷たにの間に田を作りければ、 |
この人は 山谷の間で田を作つておりましたから、 |
耕人等之飮食。 | 耕人たひとどもの飮食をしものを | 耕作する人たちの飮食物を |
負一牛而。 | 牛に負せて、 | 牛に負わせて |
入山谷之中。 | 山谷たにの中に入るに、 | 山谷の中にはいりましたところ、 |
遇逢。 其國主之子 天之日矛。 |
その國主こにきしの子 天あめの日矛ひぼこに 遇ひき。 |
國王の子の 天の日矛が 遇いました。 |
爾問其人。 | ここにその人に問ひて曰はく、 | そこでその男に言うには、 |
曰何汝 飮食負牛。 |
「何なぞ汝いまし 飮食を牛に負せて |
「お前はなぜ 飮食物を牛に背負わせて |
入山谷。 | 山谷たにの中に入る。 | 山谷にはいるのか。 |
汝必殺 食是牛。 |
汝いましかならず この牛を殺して食ふならむ」といひて、 |
きつと この牛を殺して食うのだろう」と言つて、 |
即捕其人。 | すなはちその人を捕へて、 | その男を捕えて |
將入獄囚。 | 獄内ひとやに入れむとしければ、 | 牢に入れようとしましたから、 |
其人答。 | その人答へて曰はく、 | その男が答えて言うには、 |
曰吾非殺牛。 | 「吾、牛を殺さむとにはあらず、 | 「わたくしは牛を殺そうとは致しません。 |
唯送田人之食耳。 |
ただ田人の食を送りつらくのみ」 といふ。 |
ただ農夫の食物を送るのです」 と言いました。 |
然猶不赦。 |
然れどもなほ 赦さざりければ、 |
それでも 赦しませんでしたから、 |
爾解其腰之玉。 | ここにその腰なる玉を解きて、 | 腰につけていた玉を解いて |
幣其國主之子。 | その國主こにきしの子に幣まひしつ。 | その國王の子に贈りました。 |
故赦其賤夫。 | かれその賤の夫を赦して、 | 依つてその男を赦して、 |
將來其玉。 | その玉を持ち來て、 | 玉を持つて來て |
置於床邊。 | 床の邊べに置きしかば、 | 床の邊に置きましたら、 |
即化美麗孃子。 | すなはち顏美き孃子になりぬ。 | 美しい孃子になり、 |
仍婚 爲嫡妻。 |
仍よりて婚まぐはひして 嫡妻むかひめとす。 |
遂に婚姻して 本妻としました。 |