原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
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自其國越 科野國 |
その國より 科野しなのの國に越えまして、 |
かくてその國から 信濃の國にお越えになつて、 |
乃言向 科野之坂神而。 |
科野の坂の神を言向けて、 |
そこで 信濃の坂の神を平らげ、 |
還來尾張國。 | 尾張の國に還り來まして、 | 尾張の國に還つておいでになつて、 |
入坐 先日所期 美夜受比賣之許。 |
先の日に期ちぎりおかしし 美夜受みやず比賣のもとに 入りましき。 |
先に約束しておかれた ミヤズ姫のもとに おはいりになりました。 |
於是獻 大御食之時。 |
ここに大御食おほみけ 獻る時に、 |
ここで御馳走を 獻る時に、 |
其美夜受比賣。 | その美夜受みやず比賣、 | ミヤズ姫が |
捧大御酒盞以獻。 | 大御酒盞さかづきを捧げて獻りき。 | お酒盃を捧げて獻りました。 |
爾美夜受比賣。 | ここに美夜受みやず比賣、 | しかるにミヤズ姫の |
於意須比之襴 〈意須比三字以音〉 著月經。 |
その襲おすひの襴すそに 月經さはりのもの著きたり。 |
打掛うちかけの裾に 月の物がついておりました。 |
故見其月經 御歌曰。 |
かれその月經を見そなはして、 御歌よみしたまひしく、 |
それを御覽になつて お詠み遊ばされた歌は、 |
比佐迦多能。 | ひさかたの | 仰あおぎ見る |
阿米能迦具夜麻。 | 天あめの香山かぐやま | 天あめの香具山かぐやま |
斗迦麻邇。 | 利鎌とかまに | 鋭するどい鎌のように |
佐和多流久毘。 | さ渡る鵠くび、 | 横ぎる白鳥はくちよう。 |
比波煩曾。 | 弱細ひはぼそ | そのようなたおやかな |
多和夜賀比那袁。 | 手弱たわや腕かひなを | 弱腕よわうでを |
麻迦牟登波 阿禮波須禮杼 | 枕まかむとは 吾あれはすれど | 抱だこうとは わたしはするが、 |
佐泥牟登波 阿禮波意母閇杼 | さ寢ねむとは 吾あれは思おもへど | 寢ねようとは わたしは思うが |
那賀祁勢流。 | 汝なが著けせる | あなたの著きている |
意須比能須蘇爾。 | 襲おすひの襴すそに | 打掛うちかけの裾に |
都紀多知邇祁理。 | 月立ちにけり。 | 月つきが出ているよ。 |
爾美夜受比賣。 | ここに美夜受みやず比賣、 | そこでミヤズ姫が、 |
答御歌曰。 |
御歌に答へて 歌よみして曰ひしく、 |
お歌にお答えして お歌いなさいました。 |
多迦比迦流。 | 高光る | 照り輝く |
比能美古。 | 日の御子 | 日のような御子みこ樣 |
夜須美斯志。 | やすみしし | 御威光すぐれた |
和賀意富岐美。 | 吾わが大君、 | わたしの大君樣。 |
阿良多麻能 登斯賀岐布禮婆 | あら玉の 年が來經きふれば、 | 新しい年が來て過ぎて行けば、 |
阿良多麻能 都紀波岐閇由久 | あら玉の 月は來經往きへゆく。 | 新しい月は來て過ぎて行きます。 |
宇倍那宇倍那。 | うべなうべな | ほんとうにまあ |
岐美麻知賀多爾。 | 君待ちがたに、 | あなた樣をお待ちいたしかねて |
和賀祁勢流。 | 吾わが著けせる | わたくしのきております |
意須比能須蘇爾。 | 襲おすひの裾すそに | 打掛の裾に |
都紀多多那牟余。 | 月立たなむよ。 | 月も出るでございましようよ。 |
故爾御合而。 | かれここに御合ひしたまひて、 | そこで御結婚遊ばされて、 |
以其御刀之 草那藝劔置 其美夜受比賣之許而。 |
その御刀みはかしの 草薙の劒たちを、 その美夜受みやず比賣のもとに置きて、 |
その佩びておいでになつた 草薙の劒を ミヤズ姫のもとに置いて、 |
取伊服岐能山之神 幸行。 |
伊服岐いぶきの山の神を 取りに幸でましき。 |
イブキの山の神を 撃ちにおいでになりました。 |