原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
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此天皇。 | この天皇、 | この天皇、 |
以沙本毘賣 爲后之時。 |
沙本さほ毘賣を 后としたまひし時に、 |
サホ姫を皇后になさいました時に、 |
沙本毘賣命之兄。 | 沙本さほ毘賣の命の兄いろせ、 | サホ姫の命の兄の |
沙本毘古王。 | 沙本毘古さほびこの王、 | サホ彦の王が |
問其伊呂妹曰。 | その同母妹いろもに問ひて曰はく、 | 妹に向つて |
孰愛 夫與兄歟。 |
「夫せと兄いろせとは いづれか愛はしき」 と問ひしかば、 |
「夫と兄とは どちらが大事であるか」 と問いましたから、 |
答曰 愛兄。 |
答へて曰はく 「兄を愛しとおもふ」 と答へたまひき。 |
「兄が大事です」 とお答えになりました。 |
爾沙本毘古王 謀曰。 |
ここに沙本毘古さほびこの王、 謀りて曰はく、 |
そこでサホ彦の王が 謀をたくらんで、 |
汝寔思愛我者。 |
「汝みましまことに 我あれを愛しと思ほさば、 |
「あなたがほんとうに わたしを大事にお思いになるなら、 |
將吾與汝治天下 而。 |
吾と汝と天の下治らさむとす」 といひて、 |
あなたとわたしとで天下を治めよう」 と言つて、 |
即作 八鹽折之 紐小刀。 |
すなはち八鹽折やしほりの 紐小刀ひもがたなを作りて、 |
色濃く染めた 紐のついている小刀を 作つて、 |
授其妹曰。 |
その妹いろもに授けて 曰はく、 |
その妹に授けて、 |
以此小刀 刺殺 天皇之寢。 |
「この小刀もちて、 天皇の寢みねしたまふを 刺し殺しせまつれ」といふ。 |
「この刀で 天皇の眠つておいでになるところを お刺し申せ」と言いました。 |
サホ彦が持っていた「八鹽折之紐小刀」の「八鹽折」とは、出雲でスサノオが退治した八俣大蛇で出てきた形容詞である(八鹽折之酒)。だからその小刀を振るわれた天皇の夢に小蛇が出てきたのであり、スサノオ同様に幼稚なホムチワケ(情況からサホ彦の子)が出雲大神に行って何やらしゃべり出し、蛇の娘と一夜を共にするのである。
そしてここでの情況は、天照とスサノオを反転させたものと言える。だからサホ姫は、サホ彦に面前なので逆らえなかったといいつつ、その指示にはすんでの所で従わないのだろう。