原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
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宮(輕之境岡宮・かるのさかいおかの宮) |
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大倭 日子鉏友命。 |
大倭日子鉏友 おほやまと ひこすきともの命、 |
オホヤマト彦 スキトモの命 (懿徳天皇)、 |
坐 輕之境岡宮。 |
輕かるの 境岡さかひをかの宮に ましまして、 |
大和の輕かるの 境岡さかいおかの宮に おいでになつて |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
后妃・皇子女 |
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此天皇。娶 師木縣主之祖。 賦登麻和訶比賣命。 亦名 飯日比賣命。 |
この天皇、 師木の縣主の祖、 賦登麻和訶ふとまわか比賣の命、 またの名は 飯日いひひ比賣の命に娶ひて、 |
この天皇は シキの縣主あがたぬしの祖先 フトマワカ姫の命、 またの名は イヒヒ姫の命と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は、 |
御眞津日子 訶惠志泥命。 〈自訶下四字以音〉 |
御眞津日子訶惠志泥 みまつひこかゑしねの命、 |
ミマツ彦 カヱシネの命と |
次 多藝志比古命。 〈二柱〉 |
次に 多藝志比古 たぎしひこの命 二柱。 |
タギシ彦の命と お二方です。 |
御眞津日子訶惠志泥命(孝昭天皇) |
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故 御眞津日子 訶惠志泥命者。 |
かれ御眞津日子訶惠志泥 みまつひこ かゑしねの命は、 |
この ミマツ彦 カヱシネの命は |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
傍系の系譜 |
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次 當藝志比古命者。 |
次に 當藝志比古の命は、 |
次にタギシ彦の命は、 |
〈血沼之別。 多遲麻之竹別。 葦井之 稻置之祖〉 |
血沼の別、 多遲麻の竹の別、 葦井の 稻置が祖なり。 |
血沼ちぬの別わけ・ 多遲麻たじまの竹の別・ 葦井あしいの 稻置いなきの祖先です。 |
陵(畝火山之眞名子谷上・うねびやまのまなごだにの上) |
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天皇。 御年肆拾伍歳。 |
天皇、 御年四十五歳よそぢあまりいつつ、 |
天皇は御年 四十五歳、 |
御陵在 畝火山之 眞名子谷上也。 |
御陵は 畝火山の眞名子谷 まなごだにの上にあり。 |
御陵は 畝傍山の マナゴ谷の上にあります。 |