原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
---|---|---|
此時。 熊野之 高倉下。 〈此者人名〉 |
この時に 熊野の 高倉下たかくらじ、 |
この時 熊野の タカクラジという者が |
齎一横刀。 | 一横刀たちをもちて、 | 一つの大刀をもつて |
到於 天神御子之伏地而。 獻之時。 |
天つ神の御子の 伏こやせる地ところに 到りて獻る時に、 |
天の神の御子の 臥しておいでになる處に 來て奉る時に、 |
天神御子 即寤起。 |
天つ神の御子、 すなはち寤さめ起ちて、 |
お寤さめになつて、 |
詔長寢乎。 |
「長寢ながいしつるかも」 と詔りたまひき。 |
「隨分寢たことだつた」 と仰せられました。 |
故受取 其横刀之時。 |
かれその横刀たちを 受け取りたまふ時に、 |
その大刀を お受け取りなさいました時に、 |
其熊野山之荒神。 |
その熊野の山の 荒あらぶる神 |
熊野の山の 惡い神たちが |
自皆爲切仆。 | おのづからみな切り仆たふさえき。 | 自然に皆切り仆されて、 |
爾其惑伏御軍。 悉寤起之。 |
ここにそのをえ伏せる御軍 悉に寤め起ちき。 |
かの正氣を失つた軍隊が 悉く寤さめました。 |
故天神御子。 | かれ天つ神の御子、 | そこで天の神の御子が |
問獲 其横刀之所由。 |
その横刀たちを獲つる ゆゑを問ひたまひしかば、 |
その大刀を獲た 仔細をお尋ねになりましたから、 |
高倉下答曰。 | 高倉下じ答へまをさく、 | タカクラジがお答え申し上げるには、 |
己夢云。 | 「おのが夢に、 | 「わたくしの夢に、 |
天照大神。 高木神。 二柱神之命以。 |
天照らす大神 高木の神 二柱の神の命もちて、 |
天照らす大神と 高木の神の お二方の御命令で、 |
召建御雷神 而詔。 |
建御雷たけみかづちの神を召よびて 詔りたまはく、 |
タケミカヅチの神を召して、 |
葦原中國者。 伊多玖 佐夜藝帝阿理那理。 〈此十一字以音〉 |
葦原の中つ國は いたく 騷さやぎてありなり。 |
葦原の中心の國は ひどく 騷いでいる。 |
我之御子等。 不平坐良志。 〈此二字以音〉 |
我が御子たち 不平やくさみますらし。 |
わたしの御子みこたちは 困つていらつしやるらしい。 |
其葦原中國者。 | その葦原の中つ國は、 | あの葦原の中心の國は |
專汝所 言向之國故。 |
もはら汝いましが 言向ことむけつる國なり。 |
もつぱらあなたが 平定した國である。 |
汝建御雷神 可降。 |
かれ汝 建御雷の神降あもらさね」 とのりたまひき。 |
だからお前 タケミカヅチの神、 降つて行けと仰せになりました。 |
爾答曰。 | ここに答へまをさく、 |
そこでタケミカヅチの神が お答え申し上げるには、 |
僕雖不降。 | 「僕やつこ降らずとも、 | わたくしが降りませんでも、 |
專有 平其國之横刀。 |
もはら その國を平ことむけし横刀あれば、 |
その時に國を平定した大刀が ありますから、 |
可降是刀。 | この刀たちを降さむ。 | これを降しましよう。 |
〈此刀名。 云佐士布都神。 亦名云甕布都神。 亦名云布都御魂。 此刀者。 坐石上神宮也〉 |
(この刀の名は 佐士布都の神といふ。 またの名は甕布都の神といふ、 またの名は布都の御魂。 この刀は 石上の神宮に坐す) |
この大刀の名は サジフツの神、 またの名はミカフツの神、 またの名はフツノミタマと言います。 今石上いそのかみ神宮にあります。 |
降此刀状者。 | この刀を降さむ状は、 | この大刀を降す方法は、 |
穿高倉下之 倉頂。 |
高倉下が 倉の頂むねを穿ちて、 |
タカクラジの 倉の屋根に穴をあけて |
自其墮入。 |
そこより墮し入れむ とまをしたまひき。 |
其處から墮し入れましよう と申しました。 |
「故 建御雷神教曰。 |
||
穿汝之倉頂。 | ||
以此刀堕入」 | ||
故 阿佐 米余玖 〈自阿下五字以音〉 |
かれ 朝 目吉よく |
そこでわたくしに、 お前は朝 目が寤さめたら、 |
汝取持。 | 汝取り持ちて | この大刀を取つて |
獻天神御子。 |
天つ神の御子に獻れと、 のりたまひき。 |
天の神の御子に奉れと お教えなさいました。 |
故如夢教而。 | かれ夢の教のまにま、 | そこで夢の教えのままに、 |
旦見己倉者。 | 旦あしたにおのが倉を見しかば、 | 朝早く倉を見ますと |
信有横刀。 | 信まことに横刀たちありき。 | ほんとうに大刀がありました。 |
故以是 横刀而獻耳。 |
かれこの横刀をもちて獻らくのみ」 とまをしき。 |
依つてこの大刀を奉るのです」 と申しました。 |